第98話『痩せ我慢』
──また場面は戻り、迅鋭とヴィンクルムの戦いへと移る。
フードコートへと投げ出される迅鋭にヴィンクルムはチャクラムを投げつける。
それを『羽衣』で防ぎながら着地──瞬間を狙ってヴィンクルムが接近戦を仕掛けてきた。
チャクラムを握ったままの徒手空拳。超接近戦の打撃技と混ぜて使用される斬撃に迅鋭はギリギリで対応しつつ回避していた。
「しっっ──!」
アッパー気味に放たれたチャクラムによる打撃を回避。大きな隙を晒したヴィンクルムに斬りかかる。
──手を出していた。アッパーを放った右手の下に左手を広げている。
理由も分からず『先の点』が発動。迅鋭がバックステップで離れようと──後ろ。チャクラムが持ち主のヴィンクルムの手へと帰還しようとしていた。
身体を捻って回避。迅鋭の横腹を薄皮一枚切り裂いてチャクラムは回帰した。
(これも避けるか……)
近くにあった椅子を掴んでヴィンクルムへと投げつける。雰囲気を出すための木製の椅子は蹴りによって軽く粉々になった。
壊れて散らばる破片──狭まる視界を利用して、迅鋭が回り込み、斬撃を放つ。
これはチャクラムで防御。もう片方のチャクラムで反撃するが上半身を逸らして避けられる。
フックとして放った攻撃も見切られ、顎への掌底を喰らう。
「っ──!?」
瞬時に背中側へと回り込み、ヴィンクルムの首を掴んで──背負い投げの要領で顔面から地面に叩きつけた。
幻水流『巌流落とし』。本来なら相手の頸椎をへし折り、行動不能とする技なのだが──。
「ぶっ──ぐ──ぅ!!」
ヴィンクルムは地面に指を食い込ませ、そのまま迅鋭を蹴り飛ばした。
──刀で防御するも衝撃までは抑えきれずに蹴り飛ばされる。
「いっ……!!」
防がれた脛に赤い切り込み線が一本。血の水滴がホロホロと下へ流れ落ちた。
(前評判通りの腕前……こっちの攻撃テンポに無理やり入ってくる。厄介だな……)
ほんのりと痺れる手を動かし、刀を持ち直す迅鋭。──まだ勝負はこれから、と言ったところだろうか。
そんな迅鋭にヴィンクルムは笑いながら話しかける。
「期待通りの期待はずれですね。まさかコレが全力ですか?」
「困ったの……これでも頑張ってるんじゃが」
下手に長期戦になると厄介。後のために奥の手は取っておかなければならない。どうせなら能力も使いたくなかったが──仕方ない。
チャクラムを振り上げて力を溜め込む。
何かの構えか、と警戒する迅鋭だったが──すぐに違うことに気がついた。
「これ以上、僕を悲しませないでくださいよ。幻水さん──」
──地面に叩きつけられるチャクラム。銀色の輪は火花を散らしながら高速回転し、地面を砕き切り裂きながら迅鋭へと走ってきた。
「なっ──!?」
横に飛んで回避。チャクラムは地面を砕きながら壁に衝突。そのまま壁を登り、天井を切り裂く。
回避の隙を狙ってチャクラムを握った拳での打撃を──止める。フェイントにつられそうになるも、迅鋭は防御しそうになった刀を止めた。
ヴィンクルムが回転。チャクラムによる斬撃を混ぜた裏拳を──これも止める。
しかし『先の点』によりフェイントを感知した迅鋭。次の攻撃は来ないと察した迅鋭は刀を止めることなく振り下ろした。
──右の鎖骨へと刀が滑り込む。
「──ふっ」
断ち切れない。筋肉によって斬撃は止められてしまった。
ヴィンクルムが動き出す。
「──」
何かが──おかしい。すぐさま刀を引き抜き、迅鋭は椅子をヴィンクルムに投げつけた──。
──衝撃。椅子は砕け散り、防御した刀に拳が突き刺さる。
「ぅぇ──っ!?」
──机を壊し、座椅子を吹き飛ばし、隣のゲームセンターまで殴り飛ばされる。
呼吸が止まるほどの圧迫感を受けながらクレーンゲームへと衝突。ガラスを突破って停止した。
「か……」
モフモフの『デット・デックス』主人公のぬいぐるみが衝撃を吸収してくれたようだ。身体中が痛いが、どこも折れてはいない。壁がなかったのが幸いだったか。
「ふ、ふぅ……イヴが好きそうじゃな」
ぬいぐるみを放り投げて地面へ降りる。
拳を防いだ刀は折れてこそいないが、少し欠けてしまった様子。まだ使えはするだろう。
もう一本の刀は『水斬甘雨』があるが、普通の鋼の刀なので、未来世界においては信頼性があまりない。
後でエンテイと戦闘になる可能性が十分にある。まだ刀は温存しておかなくては。
「温存しつつ、倒せるか……?」
眼光を血走らせながらやってくるヴィンクルムを見ながら迅鋭はそう呟いた──。
* * *
──ヴィンクルムの拳がクレーンゲームに突き刺さる。あまりの威力にクレーンゲームは爆散。砕けながらぶっ飛んだ。
そこから腕を無理やり振り、チャクラムを投げ飛ばす。
並べられた数々のクレーンゲームを切り裂きながらやってくるチャクラムを回避──そこへ斬撃のフックがやってくる。
これを回避して反撃の横薙ぎ。また回避して低空からのハイキックが放たれた。
「っ──」
柄頭でガードするが数メートル蹴り飛ばされる。転がりながら体勢を立て直し、立ち上がろうとする──ところへチャクラムの拳がやってきた。
縦に大きな一線とヒビを入れながら停止。そのまま避けた迅鋭へと薙ぎ払い、チャクラムを投げた。
地面を切り裂きながらやってくるチャクラムを避けた──ところへヴィンクルムの飛び蹴りが放たれた。
刀で防御する迅鋭を睨みながら、先程投げたチャクラムをキャッチ。顔面にチャクラムを振り下ろす。
「ち──っ」
飛び散る鮮血。迅鋭の顔面に赤い一本線が刻まれた。
追撃で振るわれるチャクラムを握った拳でのフック。飛び出る血で視界が遮られながらも回避──止まっていた。
またもやフェイント。フックの体勢のまま止まっていたヴィンクルムはニヤリと笑い──チャクラムをカーブさせるように投げ飛ばす。
クレーンゲームを軽く切り裂きながらチャクラムは二人の周りを一周。ヴィンクルムは迅鋭を蹴り飛ばし、チャクラムの円周上へと叩き入れた。
ギリギリ『羽衣』を使用してチャクラムを弾──けない。
「なっ──!?」
起動は逸れたが弾ききれずに直撃。胸板を横一線切り裂かれる。
吹き出る血飛沫の中、ヴィンクルムが接近。持ち主の元へ帰ってきたチャクラムを振りかぶる。溜め込んだ力を解放して振り下ろした──。
──それはまるで水のように。幻水流奥義『幻水』。紙一重よりも薄いタイミングで回避することにより相手に攻撃が当たったと錯覚させる技。
ヴィンクルムはまんまと引っかかり、既に避けている迅鋭に攻撃を振り抜き、地面を叩き砕いた。
「──!?」
グルりと回転。超接近により刃先での攻撃は厳しい。よって狙うは最短距離。
回転しながら逆手に持ち替え、柄頭をヴィンクルムのこめかみへと叩きつけた。
──幻水流『濁潮』。相手に柄頭の打撃を与えて行動不能にする非殺傷技である。
打撃は的確に当てることに成功。しかしスーツの影響でダメージは微妙。一瞬だけ平衡感覚を失うが、すぐに取り戻してチャクラムを振りかぶる。
──それよりも早く。迅鋭は刀の峰を蹴り上げる。
「──っぁ!?」
高威力、高速。滝が逆さに流れるが如き技。幻水流『逆滝流れ』はヴィンクルムの左脇腹から右肩までを切り裂いた。
──完全には断ち切れない。だが大ダメージを与えることに成功したようだ。
なんでもないかのようにバックステップして回転していたチャクラムをキャッチ。痛みによる脂汗をかきながら、両手に回帰した円盤をお手玉のように回す。
「……ぜ、全然ですね」
「無理するなよ」




