第97話『唯一王』
「素晴らしい景色だな」
──エンテイ。そして直属の幹部であるオブスキュラとヴィンクルムは東京タワーの頂点で荒れ狂う街を眺めていた。
至る所で燃え上がる赤い炎。空を包む黒煙。オーケストラのように響き渡る人々の叫び声──。
あらゆる人間が死に、価値のある建物も壊れてゆく。素晴らしく美しい世界だ。
「そうですね……こんな景色をもっと早く見たかった……」
「僕もです……エンテイ様。心からの感謝を」
「いいよ。この達成感に免じて許してやる。ま、やろうと思えばいつでもやれてたけど」
ガハハ、と昭和オヤジのように笑うエンテイ。二人も釣られるようにして笑い出す。
「それじゃ、作戦が開始されたことだし。行くか──連邦本部へ」
* * *
「お前っ、エンテイか──」
気がついた警備員の頭を一刀両断。刃に付着した血を弾き飛ばし、オブスキュラのアームは中へと収納される。
「ザル警備……って訳でも無さそうですね」
「腐っても日本の中枢だからな。まぁ本来なら俺一人で連邦本部くらい潰せるが」
「ではなぜ僕たちを連れてきたのですか?」
エンテイは横断歩道を歩くかのように堂々と普通に歩いている。
そんなエンテイを見つけては警備員が襲いかかってくるが、オブスキュラのアーム、ヴィンクルムのチャクラムによって、ことごとく防がれ、惨殺される。
エンテイの進む道は血で赤く染まり。彼の悪逆を称えるレッドカーペットのようになっていた。
「流石に内閣総理大臣を潰しにかかればイオ・シュタインがやってくる」
「なるほど。防衛軍最大戦力……かの有名な『豪焔』ですか」
「若い頃ならまだしも、今の状態では勝てるかどうか五分五分……いや、九割九部は負けるな。仮に勝てたとしても漁夫の利を狙って反乱軍かアフターグロウあたりが来るかもしれん。そうなれば終わりだ」
「では私たち二人の役目は……」
「肉壁だ。どうせ戦ってもお前らは役立たずだろう。俺が無理そうなら肉壁にでもなって時間を稼げ」
「──さすがはエンテイ様! 非常に聡明であられる!」
「ふふ、この命を貴方様に捧げられる理由ができて良かったです。欲を言えば、私はエンテイ様に殺されたかったですが」
平然と『肉壁になれ』と言われたのにも関わらず、二人は反発するどころか、嬉しさのあまり絶頂しそうになっている。
その姿は狂信者そのもの。恍惚とした表情のまま向かってくる警備員を殺し続ける。
この異常集団に警備員は恐怖。職務を捨てて逃げようとするが──逃げる間もなく首を切られる。
足先に転がってきた頭をエンテイは跨いで、さらに先へと足を進めた。
「……」
「どうされました? エンテイ様?」
「……変なのが来たな」
「変なの──?」
──三人の背後から黄金の稲妻が走ってくる。龍のように螺旋を描きながら向かってきた雷は、オブスキュラが展開した防御壁によって防がれた。
「防御壁が溶けた……!?」
溶ける防御壁を変形させながら三人はやってきた者に目を向ける。
──イヴだ。白髪と剣に電流を走らせながら、影から姿を現す。
「──」
──この時。イヴは初めてエンテイを視認した。
オブスキュラもヴィンクルムも個性的な見た目だ。六本のアームを持った女とチャクラムを装備した男など、特徴的ですぐに記憶に残るだろう。
しかしそれよりも。二人よりも奥に立っていた大男──エンテイに目が集中した。
年老いた長い白髪。仁王像のような筋骨。傷ついた手は祖父のような優しさなど感じられず、鬼のような恐ろしさを隠すことなく放出している。
普通なら美しく感じられるはずの青い瞳はエンテイが持つと一転。単なる恐怖の一端へと成り下がっていた。
そんな悪魔の瞳とも言える眼光がイヴへと向けられる。まだ殺意じゃなく興味程度の目付きであったが、イヴはその瞳で見られた瞬間に言葉にできない威圧感を身に受けた。
「……え、誰?」
「さぁ、私は知りません。ヴィンクルムは?」
「僕も知らないよ。あ、でも綺麗な白髪……もしかして『シュタイン家』の人?」
「なるほど。そう言われるとイオ・シュタインに似ているな。──そこの娘。お前はシュタイン家の娘か? まさかイオ・シュタインの姉妹だったり?」
イヴの緊張とは裏腹に、三人はとても軽く質問する。なんの駆け引きも感じない。本当にただの疑問だ。
純粋な疑問を投げかけるエンテイにイヴは少し震える口調で答える。
「シュタイン……家。知らない。私には関係ない」
──エンテイの圧にガクガクと震えだす膝を拳で叩き、振動を止める。気合いを入れ直した。イヴは精一杯の睨みを効かせて叫ぶ。
「──私はフライヤーが戦闘員『イヴ・カミリン』!! 千華街の親愛なる隣人として、貴方達の暴挙を止めに来た!!」
* * *
口上を言い放って剣を向けるイヴに──エンテイは大きく笑う。
「あ、あっははは!! すげぇ勇敢な子だなぁ!! そ、そそ、尊敬するよォ!!」
しかし幹部二人は笑うことなくイヴを睨みつけていた。特にオブスキュラは殺意にも似た眼差しをイヴに向けている。
「フライヤー……ね」
「なら、オブスキュラは会ったことがあるんじゃない?」
「さぁね。覚えてないわ。ま、スーツもなしで役たたずだったでしょうし」
「オブスキュラはそれよりも幻水迅鋭の方にお熱だったもんね」
「うるさい」
アームを展開するオブスキュラ。チャクラムを両手に構えるヴィンクルム。
「あー、面白い面白い!! 笑えるわぁ、ほんっと!! ははは!!」
強い警戒と敵意を出す二人に対し、二人を従えているエンテイはまだ手を叩いて笑っている。
余裕からか、単なる煽りか。どちらが混ざっているかは不明。だからこそイヴは笑われた『怒り』ではなく『警戒』を出し続けていた。
「はは、はぁ……久しぶりだなぁここまで笑うの。長生きはしてみるもんだな」
やっと笑い終えたエンテイ。荒くなった呼吸を楽しみながらイヴへ顔を向ける。
「お前。名前は?」
「……イヴ・カミリン。今さっき、言った」
「あれ、そうだっけ? ごめん何も聞いてなかったわ。あはは!」
エンテイが嫌われている理由がよく分かる。シンプルに人間性が最悪なのだ。しかも数多くの人間を不幸にしているときた。もはや嫌われるべくして嫌われた存在だろう。
自然と剣を握る手に力が入る。顔を抱えて笑うエンテイ。またこちらから目を逸らした。
──攻撃するなら今だ。
即座にオーバーボルトモードを展開。地面を蹴り飛ばしてエンテイの前に瞬間移動レベルの速度で移動する。
まだ側近の二人はイヴが移動したことに気がついていない。これはチャンスだ。
雷撃を剣に集中。稲妻が落ちるかの如きパワーの一撃をエンテイに振り下ろした──。
──攻撃は届いた。その余波は近くにいたオブスキュラとヴィンクルムをも後退させるほどだった。
しかし肝心のエンテイは──無傷。ノーガードで額に剣を受けておきながら、青アザ一つすらできていない。
「ぇ──」
「なるほどねぇ……予想通り、そんなだったか」
唖然とするイヴ──そこに槍へと変形したアームとチャクラムが襲いかかる。
背中と肩にかすり傷を負いながらも回避。エンテイから大きく離れた。
「な……んで……」
「驚いてるな。慄いてるな。お前はその強さを手に入れるのにどれだけ苦労した? どれだけ修羅場を乗り越えた?」
エンテイが大きく口端を上げて笑う。
「──残念。俺の方が修羅場を乗り越えてるんだよ。お前の努力は俺の前じゃ、無駄なんだよ!! はははは!!」
『怒り』なんてものは湧かない。イヴの中に生まれたのは『絶望』であった。
渾身の一撃はノーダメージ。堪えてる様子も見当たらない。それどころか煽る余裕すらあった。
その煽りも何一つとして言い返せない正論。──エンテイ相手に勝ち目などない。そう悟るのに時間などかからなかった。
「ははは! すぅ──はぁ。オブスキュラ。遊んでやれ」
「私が……ですか?」
「そうだ。それとヴィンクルム。フライヤーの……名前忘れた。そこの餓鬼が来てるってことは、他のフライヤーの面々も来てるはずだ。全員探して殺してこい」
「え? もちろん喜んでお受けしますが……なぜ? エンテイ様にとっては取るに足らない存在だと思うのですが」
「変に邪魔してきそうだし。時間稼がれたら俺としても困るんだよ。それに──」
エンテイはイヴを蔑むように、軽んじるような笑顔を向ける。
「──自分のせいで仲間が死ぬんだ。死にたくなるほど後悔してくれるだろ?」
──悪辣な笑顔に固まるイヴに背を向け、エンテイは歩き出した。
「本当は俺が直々に行きたいけどな。時間もねぇし。さっさと終わらせて来いよ」
「承知しました」
「仰せのままに」
エンテイが奥へと消えると同時にヴィンクルムは窓ガラスを突き破って外へと飛び出た。
イヴは止めようとするが──オブスキュラのアームが食い止める。
「つれない子ねぇ。せっかくエンテイ様からお許しが出たんだから……私と遊びましょう」
「っ……邪魔するなら──」
「──殺す、って? その次の言葉は『エンテイの所へ行く』かしら?」
アームは次々と変形。攻撃性と残虐性を兼ね備えた武器がイヴへと矛先を向ける。
「ふふ、可愛い子ね。エンテイ様とのかけ離れた実力差が分かっていても尚、戦おうとする。──馬鹿な子ほど可愛い、とはよく言ったものね」
「うちの迅鋭に負けた女が大きく吠えるね。そのエンテイ様の前にどの面下げて帰ったの? 負け犬って名前の方が似合うんじゃない?」
「負け犬との戦いにもついていけなかった役立たずはどこの誰だったかしら? ごめんなさいねぇ、ファーブル社の時の貴女、全然記憶になくて」
──互いの煽りは効果抜群。イヴの雷撃とオブスキュラのアームが衝突するのに、そう時間はかからなかった。




