第91話『虚飾の雷が鳴り響く』
──時間はテロの起きる少し前。
イヴは後にテロの現場となるショッピングモール『アバロン』へと友人のミコと共にやってきていた。
「いやぁ、付き合わせちゃってごめんねイヴちゃん」
「別にいいよ」
一通り買い物を終えた二人はモール内にある中華料理店『我家』にて夕食を取っていた。
イヴはあんかけたっぷりの天津飯。ミコは真っ赤に染まった麻婆豆腐──にデザートの杏仁豆腐をぶっかけたものだ。
「……ねぇミコ。その偏食は直した方がいい気がするんだけど」
「? でも美味しいよ?」
「あ、はい……」
こりゃ会話が通じない。すぐにイヴは矯正を諦めた。
「でもなんで急に買い物誘ってきたの? 最近は物騒だからロアに小言を言われるんだけど」
「よく考えてみてよイヴちゃん。治安が悪くなってる今。外に出る人は少なくなるはずでしょ。つまりだよ──店の商品が安くなる」
「ふぅん──」
──窓の外にはたくさんの人が歩いている。子連れにカップル、寂しそうなおひとり様とよりどりみどりだ。
「人。いっぱいいるけど。それに服も安くなってなかったでしょ」
「ふふふ──私と同じ考えの人が多かったようね」
ドヤ顔のミコに呆れながら、イヴは天津飯を口に運ぶのだった。
* * *
──その時。突然、大音量でショッピングモール内に放送が響き渡った。
『──マイクテスト、マイクテスト』
野太い男の声だ。
基本的にアナウンスの声は社内で選別されているらしく、圧のない優しげな声の人が選ばれる。──前にカレンがそんな雑学を自慢げに話していたのを思い出した。
それが本当ならば明らかにおかしい。放送の男の声には強い圧がある。恐ろしさがある。
店の中にいる子供がおびえているのがその証拠だ。
異常に感じたイヴとミコは警戒し、次の言葉に耳を傾ける。
『──我々は『碧愛会』。エンテイ率いる真なる支配者である。このショッピングモールは我々が占拠した。ここから出ようとした者は即刻殺害する。外へ連絡をしても殺害する。死にたくなければ全員中央広場へ向かえ』
──ある意味で想像通り。この異常は感覚ではなく確実となった。
店の中だけでも同様の波が広がる。あまりにも非現実的な言葉。イヴは『恐怖』よりも『困惑』の色が強かった。
周りも同じなようで、客だけでなく働いているコックやバイトも外へと出ているようであった。
「イ、イヴちゃん。どうする?」
「……」
イタズラ──とは思えない。インフォメーションは個人情報が多いので特に部外者には厳しい。だからイタズラみたいな軽い気持ちでは入ることはできないだろう。
つまりこれは──。
「──本当に占拠されてる、ってことか」
「イヴちゃん……?」
──外から大きな悲鳴と怒号が聞こえてきた。
気になった二人はすぐに外に出て音の場所を確認する。
「いやぁ! やめてぇぇ!」
「言ったはずだ! 外に出ようとすれば──殺すと」
噴水のように流れる血。どうやら襲われたのは若いカップルの男だったようだ。
泣き叫ぶ女性に息も絶え絶えな男性。それに銃を向ける──強面の男。その頬には特徴的な赤い紋章が描かれていた。
──今にも人が殺されようとしている。警備兵も近くにはいない。ならば今ここで動けるのは自分だけだ。
「ミコは動かないで隠れてて!」
「え、イヴちゃ──!」
──太ももから黒い柄を射出。手の振りと同時に刀身が飛び出てくる。
「|リミッターラインリリース《絶縁壁解放》!」
イヴのふくらはぎに電流の蛇が纏わりつく。踏み込みと同時に電撃は地面へと這いずり回る。
「セット──」
目的地までの百メートルを数秒で詰め、手すりに飛び乗り大ジャンプ。
銃を持った男がイヴに気がつくよりも早く。イヴは剣を振りかぶり──。
「──オーバーボルトモード」
──雷撃を纏った一撃を脳天に叩き込んだ。
「──」
砕け散る地面に埋め込まれる顔面。ド派手な攻撃に助けられたカップルは襲ってきた男の時よりも大きく驚いていた。
──騒ぎを聞きつけた男の仲間がやってくる。数は三人。
イヴに気がついた男たちは瞬時に銃を向けた。引き金に指を入れて強く引く──。
「──イナヅマ」
──男たちが撃つよりも速く接近。真正面にいた男の腹部に剣を叩きつけた。
まだ男たちはイヴの高速移動に反応できていない。その隙にイヴは剣を持ち直し──。
──右の男に剣を振り抜く。
ここで男はイヴが二人を倒したことを確認。すぐに銃を向けるが──時すでに遅し。
イヴの剣は男の顎を的確に打ち抜き、その意識を完全に消し飛ばした。
「ふぅぅ……」
オーバーボルトモードを解除。同時に軽い気分の悪さと脚の痛みがイヴに襲いかかってきた。
「……」
周りを見渡す。
通路の中央にあった噴水に隠れてる人。椅子に隠れている人。マネキンに隠れている人。……隠れている人ばっかりだ。
そんな人たちの視線が自分に集まっていることに気がついた。
──どこか高揚感に似た気持ちがイヴの中に産まれる。
「わ、私が──私が助けます! だから安心して隠れていてください!」
助けられる。みんなを守れる。
もう──あの時のような。無力な自分じゃない。今度こそ自分の価値を証明するのだ。
イヴは剣を握りしめて走り出すのだった。
* * *
「現状はどうなってます?」
「厳しいな……まだ人質の数を正確に把握できていない。下手に刺激すれば多数の死者が出てしまう」
──ショッピングモールの正面玄関。そこにはダイマと四十代ほどの男性が立っていた。
「敵の数は?」
「最低でも五十。俺は百を超えるくらいだと思う」
「多いですね……」
「人間やアンドロイド以外にも面倒なヤツもいるしな……ショッピングモールを完全に占拠してんだ。これくらい警戒してる方が普通だ」
ダイマは拳を強く握りしめる。
「クソっ……なんて歯がゆい……」
「ここが正念場だ。入れるチャンスを地道に待つしか──」
──。ダイマと男が停止する。
「……?」
「今……幻水先生が通りませんでしたか?」
「俺もなにか通った気がしたんだが……」
周りには警団連の隊員だけ。自分たちの横を通った人間はどこにもいない。
「気のせいか……」
「……なんだったんだろう」
* * *
「──侵入成功」
──迅鋭がロアの背中から降りる。
ショッピングモールの中はまるで無人かと思えるほどに静かに。そして誰もいなかった。
「イヴは見つけられたか?」
『──ダメ。人の数が多すぎて見つけらんない』
「顔認証システムは? 使ったの?」
『それが使えないの。物理的に』
「物理的に?」
モール内を走りながらカレンの言葉に耳を傾ける。
『モール内の人は全員中央広場に集められてるの。そこを囲むように碧愛会の奴らが警戒してる。人間にアンドロイド、迎撃ドローンに──『エレファント』』
「エレファント?」
「新型防衛ロボット『エレファント』よ。軍事用に開発されたロボットで、今後も戦争に使えるって期待されてたらしいんだけど……」
『なんでコイツらが持ってるの……まぁ十中八九エンテイの仕業だけどね』
となると目的地は決まった。目指すべきは中央広場。そこにいるイヴ、ついでに人質を解放する。
「迅鋭。私からの命令よ」
「どうした」
「──敵は殲滅して。躊躇なんてしなくていい」
「了解」
相手はテロリスト。しかもエンテイに従っているような奴らだ。
弱い人々を追い詰め、脅している。──わざわざ生かしておく価値もない。だからこそロアはそう命令した。
「カレン。私はここに何度も来てるからマッピングは要らない。今回は迅鋭に付いてて」
『分かった。仕事で二人っきりになるのは初めてだね』
「頼りにしてるぞカレン」
『なんだと!? お兄ちゃんそんな危ないこと許しません!』
『さっさとお兄ちゃんは車停められる場所を探して』
「おーおー、怖い兄ちゃんだな」
トップスピードを維持したまま、二人は目線も合わせずに分かれた。
迅鋭のやるべきことは掃討。ロアはイヴを見つけ、人質が安全に逃げられる道筋を探す。
目的が決まった二人は向かうべき場所へ走っていった──。




