第87話『リザルト前編』
「終わった……か」
頭を下げて感謝する親子に対応しながら、迅鋭は肩の力を大きく抜いた。
そこへ走ってくる影が二人──警団連のマキアとマナであった。
「幻水先生!? なんでここに!?」
「社長に新製品発表会? というのに誘われてたんじゃ。それで見てたら変な女が出てきて」
「……もしかして、それで交戦したんですか?」
「おう。なんじゃ見てたのか?」
「やっぱり……さっき落下してたのは幻水先生でしたか……」
六本のアームを持ってる人間と袴を着て刀を持っている人間が落下していたら、そりゃ目立つだろうな。
なんて思いながら笑う迅鋭を見てマキアは頭を押さえる。
「笑い事じゃないですよ! もしかしたら死んでたかもなんですよ!?」
「死んでなかったからよかろう。それに儂があの女を止めてなかったら、死人はさらに増えていたはずじゃ」
「それはそうですが……!」
反論しようとするマキアをマナが静止する。
「まぁまぁ。幻水先生がわざわざ戦うってことは、それだけ事情が困窮してたんでしょ? とりあえず話を聞こうよ。ね?」
「……分かったわよ。幻水先生、お話を聞いてもいいでしょうか? 重要参考人としてですが」
「あー……」
「重要参考人ってなんじゃ?」
「すごく怪しいから話を聞きたい人って意味」
「ふぅん──え、ちょっと待て。儂、怪しまれとるのか!? 儂かなり頑張ってアイツ押さえたんじゃぞ!?」
納得いかないとその場で抗議する迅鋭。
「形式上です。幻水先生は立場上、一般市民となります。『一般市民が武器を手に取り相手に危害を加えた』となると色々と問題がありまして」
「だからぁ! 儂が動かなければもっと人は死んでたんじゃって! だいたい儂があの女の仲間なら、お主らを斬り倒して逃げとるじゃろ!?」
「その言葉は聞き捨てなりませんが、話は最後まで聞いてください。幻水先生が犯罪を犯すような人ではないことは知っています。だから言った通り、形式上、重要参考人として扱うってだけで話を聞くんです」
「む、むぅ……」
まだ納得はしていない様子。だがゴネても仕方ない。それに二人は迅鋭のことを信頼している。
別に捕まるわけではないだろう。迅鋭は二人について行くように歩き出す──その時。
「──迅鋭!!」
ヴォッシュの怒鳴り声が響いた。
「? どうした──」
──有無を言わさず迅鋭に掴みかかる。
「なんでオブスキュラを斬らなかった!! お前が斬っていれば、オブスキュラを捕まえられてただろ!!」
「お主も見てたじゃろ。あの女は照明を落として親子を殺そうとしていた。儂が行かねば死んでいた」
「それでもだ! お前はあの時にオブスキュラを斬るべきだった! お前が斬ってれば、オブスキュラを捕まえられて、エンテイにも近づけたはず──」
「──おい」
ヴォッシュの手首を掴み、迅鋭は睨む。
「お前、今何を言ってるのか分かっとるのか。お前は『あの親子を見捨てろ』と。『見殺しにしろ』と言っとるんじゃぞ」
「……そうだよ。お前は知らないだろうが、エンテイは他人の命を犠牲にしてでも追い詰めるべき人間なんだよ」
「そんなわけがあるか。お前は目先の復讐に囚われとるだけじゃ」
「このっ──」
殴りかかろうとするヴォッシュだったが、マナに止められる。
「落ち着いてください。私たちの前で暴力は許しませんよ」
二人になだめられながら迅鋭とヴォッシュは引き剥がされた。
「……マキア。話を聞きたいんじゃろ。連れてけ」
「いいんですか?」
「連れてけ」
「……はい」
後の対応をマナに頼み、迅鋭はヴォッシュの横を通り過ぎる。
「頭を冷やせヴォッシュ」
「っ! うるせぇ!」
怒りで椅子を蹴り飛ばすヴォッシュを背中に迅鋭はマナと歩いていくのだった。
* * *
「──幻水さん!」
「先生!」
社内の会議室に招かれた迅鋭。そこに居たのは複数の関係者とマクレラン、そしてダイマであった。
「ダイマも来てたか」
「はい! 今さっきまで先生の話をいっぱい聞きましたよ!」
大型犬のように近寄ってくるダイマを鬱陶しがりながら座らせると──見知った顔を見つける。
「……カレンも無事じゃったか」
「やっぱり。迅鋭ならやってくれるって信じてたよ」
厳つい警団連の人にジュースをパシらせながら、そういうのだった。
「それじゃあ関係者も揃いましたし、情報を纏めましょう」
ホログラムのホワイトボードにマキアが一つ一つ情報を書いていく。
「襲撃者は『オブスキュラ』と名乗る女性。女性は新製品発表会に乱入し、ファーブル社が開発した『フューチャーザデイ』を着用。そのまま民間人を襲おうとしたところを幻水先生が応戦。その後、警団連の突入と同時に逃げてったと」
「儂の前にパッカーが戦っとる。あの人も敬ってやれ」
「今はそういう話ではないです。……まぁ考慮はしますが」
ホログラムにオブスキュラの顔が映し出される。
冷静に見るタイミングがなかったので気が付かなかったが……意外と可愛い顔をしている。
「わ、儂、こんな美人の顔を踏んでいたのか……」
「迅鋭ったらひどーい。こんな可愛い人を踏んで……あれ?」
煽るつもりで画面を見たカレンがピタリと止まる。
「……マクレランさん。この人を見たことはありませんか?」
「いい──え? あれ?」
「見たことがあるでしょう」
「……はい」
「なんじゃ? 知り合いじゃったのか?」
「いや、そうではない。こいつは──この子は有名人なんだ」
「有名人じゃと?」
──ホログラムにまた画像が重ねられる。
そこに写っているのは、無数の光に包まれて楽しそうに踊っているオブスキュラの姿であった。
フリフリで女性受けしそうな服装。水色の髪は変わらないが、ツインテールにしているので襲撃してきた時とはかなり印象が違う。
場所はライブ会場だろうか。これはそこで撮られた写真であった。
「この人は『カメラ・ルシダ』。一時期ブームを巻き起こした大人気アイドルです」
「やっぱり……なんか見たことあるなって思ってたんだよね」
「アイドル? とはなんじゃ?」
「歌って踊ってお金を稼ぐ人のことだよ」
「つまりは芸者か」
『オブスキュラ』と『カメラ・ルシダ』を見比べてみる。──どっからどう見ても同一人物だ。
だがこのアイドルをしてる人物がテロに加担するとはどうしても思えない。写真からでもそれが分かる。
「……この女が、あの襲撃者なのか」
「そうですが……一つ。カメラさんは五年ほど前から行方不明になっていたんです」
「行方不明?」
「当時一緒に暮らしていたご両親に『友人と遊びに行く』とだけ残して失踪。いくつか奇妙な点も見つかり、警団連が総動員をあげて探したのですが……」
結局見つからず、と言葉が繋がる。
「五年間も行方不明だった女性が急にテロ行為に加担する……怪しさしかないな」
「なぜ突然こんなことを……」
「──あの女は、こんなことを言ってたよ」
カレンが口を開いた。
「『我が愛しきエンテイ様の忠実な部下』って。ならこうは考えられない? ──エンテイがカメラを誘拐。洗脳した……ってね」
「……それは」
「警団連の人たちもその可能性くらいは考えてるでしょ? まさか調べてない、なんてことは無いんじゃない? もしかして裏でエンテイと繋がってたり──」
「カレン」
迅鋭が言葉を塞ぐ。
「……ごめん」
「逃げたあの女はどうなったんじゃ」
「現在捜索中です」
「そうか」
迅鋭は窓の外を眺める。街は何事も無かったかのように平和だ。
そんな平和があと少しでなくなる。迅鋭はなぜか悪い予感がしていた──。
* * *
薄暗い路地裏。灰色の地面に赤い血溜まりができる。
「がぁ、ぁぁ──ぁ」
オブスキュラは痛みに悶えていた。応急処置で埋めた傷口と強い痛みを伴う頭を強く押えながら地面に倒れる。
「はぁはぁ……幻水迅鋭め……。よくもここまで……っ!」
体内を走り回る痛覚に耐えながら、オブスキュラはホログラムを展開した。そこに書かれてある『主』という部分をタップする。
『──オブスキュラか』
「あぁ、エンテイ様……」
──オブスキュラは悶えていたのが嘘のように。また恍惚とした表情になった。
『襲撃は成功したか?』
「襲撃には成功しました。新開発のスーツも盗めましたし……ですが、少々重症を負ってしまいまして」
『警備員と警備ロボットは無力化してたはずだ。誰にやられた?』
「……幻水迅鋭です」
『幻水迅鋭……あぁ、マザーを殺したってやつか』
──オブスキュラは言い訳をするように早口で言葉を紡ぐ。
「で、ですが一般市民は何人も殺しました! 宣戦布告そのものは完全に成功しましたし──」
『……ま、それならいいか。とりあえずさっさと帰ってこい』
「……分かりました」
ホログラムはプツリと消えた。
──オブスキュラの横にある壁に大きなヒビが入った。握り拳の上に粉々となった瓦礫が落ちる。
「幻水迅鋭……次は……絶対に殺してやる……! この屈辱は忘れないぞ……!!」
黒い影の中にオブスキュラは消えていく。深い、深い闇の中に──。




