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第84話『ジェノサイド』

 イヴは展示品の土台をバーナーで炙りながら、先ほどの言葉を思い出していた。


 ヴォッシュと分かれ、ロアからこのバーナーを渡された時に言われた言葉。


『無理はしないでね』


 と。自分を心配してくれる言葉だった。

 だが──イヴの内心は複雑に渦巻いていた。


 今まで戦闘面ではずっと頼られてきた。フライヤーの戦闘員として、ずっと戦ってきた。

 なのに今はスーツがないと言うだけでお荷物、いたわられる存在になっている。


「……」


 そりゃ、みんなが自分を大切に思ってくれているのは分かってる。分かってるが──今までの自分を否定されたような。そんな感覚にイヴは陥っていた。


 迅鋭は武器もないのに今もオブスキュラと戦ってる。

 ロアだってスーツも無しに人々を落ち着かせた。

 ヴォッシュも知恵を出して状況を打開しようとしてくれた。

 カレンなんてバリアを解こうと今も頑張ってくれている。


 自分が……最年少だから。『傷ついたらダメだ』と。『死んだらダメだ』と。思われているのか。


「……私だって、できる」


 この歴史ブースには武器の他にもスーツが展示されている。スーツと武器さえあれば。──自分だって戦えることを、証明しなければ。



「──よし! 外れた!」


 ヴォッシュの助言通り、磁石となっている土台を加熱して武器を取り外すことに成功。

 選んだ武器は『マグナT99』というシンプルな刀。迅鋭は特殊能力を持つ武器より、こういう単純な物の方が使いやすいだろうという考えだ。


「あの、私はこの武器を迅鋭……幻水迅鋭に持っていきます。すぐに帰りますから、ここで待っていてください」


「分かりました」


 さっさと迅鋭に武器を渡しに──行く前に。イヴはスーツが展示されている場所へと目を向ける。


「……っ!」


 迅鋭が死ぬかもしれない。早く武器を持っていかなくてはならない。

 だというのに──イヴはスーツが展示されてる場所へと走った。


「え、なにを──」


 困惑する避難民のことも気にせず。自分の存在価値を証明するため。なんて、自分勝手な理由で。イヴはスーツへと手を伸ばす──。



* * *



 ──その瞬間。天井が崩れ、瓦礫の雨がイヴの上から降り注いだ。


「ぇ──」


 有無を言う暇も、疑問に思う暇もなく、イヴは無数の瓦礫に押し潰されてしまう。



「バカスカ壊しすぎじゃ!」


「それを止めるのが貴方の役目でしょ?」


 ──迅鋭とオブスキュラ。二人の戦いはさらに下へと場所が変わったようだ。


 周りを見渡す迅鋭。──ここは見覚えがある。ロアやパッカーとまわり、アイスと話をした歴史ブースだ。

 武器にスーツ、ファーブル社員が出資した映画で使われた小道具まで揃えられている。それら全部が自由に使えればいいが、現実はそう上手くいかない。


 状況は依然として変わらず。さらに迅鋭を劣勢にさせる要素がこの階にある──。


「──ひいっ!?」

「あ、あれ、さっきのやつじゃないか!?」

「なんでこんな場所に!?」


 ──ロアが誘導し、イヴがまとめていた一般市民がここには避難してきていた。


「なんでここに……!?」


「あら……」


 そんな一般市民にオブスキュラは優しく微笑みかけた。

 心が暖かくなる──そんなわけない。自分たちをこんな目に遭わせている張本人。そんな奴に笑いかけられ、人々の間に恐怖が伝達される。


「これは──私に有利な状況ね」


 ──オブスキュラは笑いながら、民間人の方へと移動する。


「──貴様!」


 突然の移動。その行動の真意に気がついた迅鋭も急いで追いかける。


 だが──長いアームを持つオブスキュラを素手で止めることなどできず。

 三本のアームは意志を持ったかのように、人々に襲いかかり始めた。


「いやぁ!」

「ひぃ!? やめてくれぇ!」

「死にたくない! 死にたくないぃ!」

「どけよ! 俺が先に逃げんだ!」

「坊や! 走りなさい!」


 人々の叫びが。悲鳴が響きわたる。


「──オブスキュラァ!!」


「ふ──ようやく名前を呼んでくれたわね」


 アームが民間人を掴み、迅鋭へと投げつける。

 逃げる──なんてことはできない。豪速で投げつけられる人を受け止め、迅鋭は後方へと押し飛ばされた。


「ぐ……がぁ──っ!」


 腰を強打しながらもすぐさま立ち上がり『波紋』を使って一気に距離を詰める。


「必死ねぇ──」


 アームは丸鋸と剣へ変形。二本のアームは物品を壊しながら迅鋭を殺しにかかる。

 ジャンプ、転がりを駆使してそれらを避けながら、接近したオブスキュラに殴り掛かる──。


 ──目の前に差し出される若い女性。


「──」


 殴れない──拳を躊躇った瞬間、死角から大きな針へと形を変えたアームが迅鋭を突き刺してきた。


 針は迅鋭の腹部に突き刺さる──かの思った。オブスキュラの視界からは、迅鋭が水になったかのような錯覚が視界に映る。

 針を回避した迅鋭は追撃してくる他のアームを避けながら展示品の後ろへと隠れた。


「また……妙な技を使うわね」


「いやぁ! 死にたくない! 誰か、誰か助けて! 殺さないで──」


「静かに。考え事をしています」


 ──女性の体に刃が突き刺さった。そのままアームは首を振り、女性をゴミのように地面へ捨てた。


「くっそ……!」


「早く私を倒さなければ犠牲者はもっと増えるわよ? ほらほら、かかってきなさい」


 展示品の影からオブスキュラを覗き込む──と、同時にアームが隠れている迅鋭ごと展示品を切り裂こうとする。


「おわっ──!?」


 ──また死角からの一撃。展示品の影からやってきていた丸鋸に変形しているアームが迅鋭の首筋を──通り抜ける。

 またもや水。液体となった迅鋭を丸鋸が通り抜けた。


「──なるほど」


 逃げようとする民間人。唯一の逃げ道である廊下へと人々は流れ込む──が、オブスキュラはアームど通路部分の天井を壊し、逃げ道を塞いだ。


「私が攻撃したのは──残像ね」


「……」



 幻水流奥義『幻水』。迅鋭が水になったという幻覚を見ていたのはこの技が原因であった。


 理屈としては簡単。相手の攻撃が触れると同時に回避する。瞬間的な移動で生まれる残像を相手は切断。さらに『触れる瞬間に回避』なので相手は斬ったという感触も生まれる。

 よって相手は避けられたことに気が付かず攻撃を振り抜くが、回避の完了している使用者は攻撃がすぐに可能。隙だらけの敵を叩ける──といった技だ。


 弱点としてはタイミング。一手遅ければ攻撃は直撃し、一手早ければただの回避となる。神がかり的なタイミングが必要となるまさに神業。

 だが迅鋭、そして歴代幻水流継承者たちはこれを確実なものとするために『先の点』を使用していた。

 『先の点』という擬似的な未来予知を使用することによって成功率を大幅にあげる。これにより後手でありながら優位に立つということを可能としていたのだった。



 本来はカウンターとして使う技だが、アームの極長射程により反撃は困難。迅鋭は窮地に立たされていた。


「想像以上……貴方をここで殺さないとエンテイ様の壁になるわね」


「エンテイ……言っていたな、そんなこと」


 オブスキュラの後ろで怯える人々。何人も殺され、いたぶられ、怪我人も出ている。

 そんな中で横を通って逃げる勇気は──ない。


 迅鋭もそれが分かってる。分かってるからこそ動けなかった。

 何とかオブスキュラを民間人から引き剥がそうと、何度も距離を取ろうとしたが、それが分かっているかのようにオブスキュラは場所を離れない。

 このまま人質を取られ続ければ迅鋭は何もできない。それ以上に──被害者が増え続けてしまう。それだけは避けなければ。


「エンテイは何が目的だ。なぜこんなことをする」


「んふふ。理由は私、知ってるわよ。──でも教えてあげなぁい」


 迅鋭が選んだ選択は──時間稼ぎ。

 このまま会話をしてカレンが操作権限を取り戻すまでの時間を稼ぐ。


「あの人はね。子供なの。実際に子供ってわけじゃないのよ。子供のように純粋で。それでいて美しいの。あの人の考える美しい世界に……私は行きたいのよ」


「革命を起こすことが美しい世界? 笑わせるな」


「テロ、って言いなさいよ。まぁ、あの人の考えることを理解するなんて普通の人にはできないでしょうね」


「理解などしたくもないわ。……そういえば、エンテイという男は日本中から嫌われとると聞いたの」


 迅鋭の言葉にオブスキュラはピクリと反応する。


「そこまで嫌われとるということは……誰も理解しないのではなく、理解したくないのではないか?」


「……」


「む? 返せぬか? 図星をついてしまったかの──それはすまぬことをしたの。歳をとると、つい口が過ぎてしまう」


 ──迅鋭の煽りはクリティカルヒット。オブスキュラの額に青筋が走る。


「死にたいようね……!」


「そんなわけがなかろう。『死にたい』なんていう者は、一回死んでみてから、その言葉を言うべきだと思うんじゃが──」


 とりあえず時間稼ぎは終了。まだバリアも剥がれておらず、ハッキングも終えてはいない。

 だが迅鋭の煽りによってオブスキュラは『民間人を殺す』ことよりも『迅鋭を殺す』ことを優先した。民間人の殺害はあくまでも副産物。優先されるようなことではないらしい。


 そして時間稼ぎをやめた理由はもう一つ。──本領を発揮できる状況になろうとしていたからであった。

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