第80話『雪月花』
小綺麗な廊下を走るマクレランとカレン。いつもは仕事に追われている人でごった返してるはずだが、今は人のいる気配すらない。
「新製品発表会の時は下っ端の従業員も見にこさせてるからね」
「意外と……厳しいね……」
「だ、大丈夫か?」
もうヒィヒィ息切れしているカレン。ただでさえ運動不足なのに加え、行動を補助してくれるスーツも着ていない。
となれば、ちょっと走るだけで酸素を取り込めなくなるのは当然のことだ。
「ちょっと……休憩……」
柱に寄りかかって小休止。グルグルと回る肺の中を整える。
「エレベーターは……?」
「使えなくなってるようだ」
「なぁんで全部集中させちゃったの……」
中央管理室はこの場所から二階ほど登った場所にある。ヘナチョコ体力のカレンには少々厳しい距離だ。
「……今思ったんだけど、さ。内部からハッキングしてるってことは、中央管理室に敵がいるんじゃないの?」
「そこは安心したまえ」
「なにか生きてる防衛システムでもあるの?」
マクレランが内ポケットから取り出したのは──拳銃。装飾の入ったリボルバーであった。
「こんな時のために忍ばせておいたんだ。敵がいたらこいつでズドン、ってな」
「……」
カッコイイにはカッコイイが……なんだか不安になってきた。レーザーやビームが普通の時代にリボルバーとは。そもそも銃刀法違反じゃないか。
まぁとやかく言っても仕方ない。今の状況じゃ何も無いよりはマシだろう。
「昔『ガススリンガー』ってヒーローがいてな。幼き頃の私はデススリンガーに憧れて赤いマントを買ったり──」
「はいはいカッコイイ。早く行かないと」
「む、つれないな」
呼吸も肺も整った。二人は目的地に向かって走り出す──。
「──!!」
──瞬間、後方から青白いレーザーが。ギリギリでマクレランがカレンを押しのけて回避に成功する。
「しゃ、ちょう……!」
「逃げてください!」
傀儡のように操られる警備兵が銃口を二人へと向ける。
「やばいやばい……!」
「ちょ、銃あるでしょ! 撃ってよ!」
「社員を撃てるか! 会社にとって社員は宝だ!」
「そこで優しさ見せなくていいから! どうせスーツ着てるから致命傷にはならないでしょ!?」
光り出す銃身。銃口は変わらず二人へと向けられている。
「ちくしょう、逃げるぞ!」
背中から走ってくるビームを避けながらダッシュ。壁にできたビームの穴を見て背筋がゾワリ。さっきまでの疲労も命の危機とあっては無効化される。
廊下を通り抜け、曲がり角をレーサーのように急カーブ。広めの階段を二段飛ばしで駆け上がる。
どちらも小さい体に鞭を打ち、バッタのように押し上げながら走り抜け──。
「嘘でしょ……!」
──目的の階。そこには三体のドローンが待ち構えていた。
ドローンに搭載されているのは警備兵以上の性能を誇るアトミックガン。当たれば原子すら焼き切るほどの高威力のビームを放つことが可能だ。
ドローンはゆっくりと赤いレンズを二人へと向け──『発見した』と言わんばかりに十字の光を点滅させた。
「あ、あれこそ撃てるでしょ! 当たり所が悪くても死なないし!」
「いやでもあれ結構高かった気が……」
「言っとる場合か!? 早く撃ってよ!」
即座にリボルバーを取り出し、狙いを一瞬で付けて発砲。昔ながらの火薬の音と共に鉛の玉は発射された。
──ガキン、と。銃弾はドローンに命中。
他の二体にも速射。こちらも見事命中。ドローンへのダメージは微妙だが、接着時の衝撃により、少しだけ機動力を失ってしまう。
「今のうちだ!」
その隙に二人は猛ダッシュ。ドローンの隙間を通り抜けて奥の廊下へと走った。
「どうだ? 火薬の銃もまだまだ捨てたものではないだろう?」
「レーザー銃の方が軽いし良くない?」
「リボルバーの良さが分からんとは……やはり男と女は一生分かり合えないな」
「はいはい──ほら次も来たよ!」
次は二体。音に反応したのか、敵に操られているのか。
二体のドローンは高速移動でこちらへと接近してくる。
「ほいほい!」
格好つけながら三連速射。火薬の甘い香りを鼻に取り入れながら、また再加速をして走る。
「カレンさんよ! いいニュースと悪いニュースどっちが聞きたい?」
「え、急だね。……じゃ、いいニュースから」
「この角を曲がれば、もうすぐ中央管理室だ」
「……悪いニュースは?」
「リボルバーは弾切れだ。あと変な打ち方をして手首がイカれたかもしれない」
「──っバカぁ!?」
曲がり角をドリフトするようにカーブ。筋繊維の痛みに耐えながら前を見ると──その先には中央管理室が──の前には警備ロボットが待ち構えていた。
「やっばいじゃん!? どうするの!?」
「これは……大ピンチというやつか!」
警備ロボットがこちらに気がついた。とりあえず逃げようと──後ろには復活して追いかけてきたドローンが追いついてきている。
前には敵。後ろにも敵。唯一の反撃手段は弾切れで使用不可。それ以外に武器は持っておらず、二人とも戦闘技術などない。
これは──相当ヤバい状況なのではないか。せめて一人くらい援護に連れてくるべきだった。
警備ロボットにドローン。両者の銃口が光り輝く。同士討ちでもしてくれれば希望はあるだろうが、それは希望的観測というものだ。
どうするか。どうやって切り抜けるか。思考回路を突っ走らせるが、どう足掻いてもデットエンドの結末しか思い浮かばない。
「……カレンさん。これが中央管理室のカードキーだ」
「え?」
マクレランが冷や汗を震わせながらカレンにカードキーを渡す。
「ビームは誤射を防ぐために連射式じゃなく単発式を採用している。つまり蜂の巣にされても、逃げられる可能性は高い」
「……囮になる、とか言わないでよ」
「頭のいい子は理解が早くて助かる」
銃口に溜まる光弾。十秒、いやそれよりも早く、光の弾丸は二人を撃ち抜くだろう。
「私も既に殲滅対象に入ってる。私だけを逃がすなんてできないでしょ」
「……ここのロボットは自動的に危険度を判断し、危険度が高い対象を優先的に排除しようとする」
マクレランはそう言うと──弾の入っていないリボルバーを高らかと持ち上げた。
──二人に向けられていた銃口は一人に集約された。
「ヘイトは集まったな……頼んだぞ」
「待って、死ぬ気!?」
「二人死ぬか、一人死ぬか。どちらを選んだ方がいいかは子供でも分かるだろう?」
残り三秒。三秒先に避けられない死がやってくる。
恐怖だ。恐ろしい。ギリギリのプライドで漏らしてないだけで、脚が震えるほどの恐怖が襲ってくる。
だが──このまま二人とも死んでしまえば、この会社にいる全員が死ぬ。そしてあの女の思い通りになってしまう。
それだけは避けなければならない。カレンさえ行かせることができれば、小さじ一杯くらいの希望はあるはず。
「……後は頼んだ」
会社を。そしてパッカーを。全部託すと言うかのような目線をカレンへと向ける。
「……あんまり重荷背負わせないでよ」
──カレンも覚悟を決めた。
次のビームが再装填されるまでにロボットを通り抜け、中央管理室へと入り込む。
鍵を閉めさえすれば時間はできるだろう。その間に──あ、でも中に敵がいる可能性があるし。だけどそうなると──。
「──えぇい! 考えすぎるな!」
なるようになるし、なるようにする。できなければ死ぬ。死にたくないから、全力で頑張る。──今はただ、それだけだ。
残り一秒。静寂と冷気に包まれる空間。
カレンはただ入口を見つめ。マクレランは半泣きで両手を広げている。
そして残り──ゼロ。光弾は発射前の最後の輝きを出した。
同時にカレンは走り出し、マクレランは強く目を瞑る。閃光は廊下を包み込み、命を刈り取る光線が発射された──。
* * *
──凍りついた。
「……え」
表現そのまま。ドローンと警備ロボットを巻き込み、廊下は氷の世界に包まれていた。
「……は?」
なにか、起きたのか。カレンもマクレランも、周りと同じように固まっていた時──凍りついたドローンを破壊しながら、歩いてくる者を発見した。
──その髪は氷のように透き通っている。
──その目は氷のように煌めいている。
彼女の吐く白い息は空間に掻き消え、氷によって密室となった空間に彼女の足音が反響していた。
「貴女は……」
「迅鋭の隣に居た──」
彼女の名は──アイシクル・アヴァランチ。アイスは唖然とする二人を見つめながらこう言った。
「時間がないのでしょう。行きますよ」




