第79話『悪魔の片腕』
『あらそう。随分といい未来を考えてるのね』
──閃光と高熱が体に降りかかる。
「──え」
「なんじゃ!?」
突如として鳴り響く轟音。瓦礫と砂の雨が床へと落ち、膨張する空気が意志を持ったかのように肌を通り抜けた。
──何が起きたのか。
この場にいる誰もが考える。そして一部の人間はこう考えを繋げた。
──爆心地は壇上。マクレランはどうなった、と。
「マクレラン──!?」
こびりついた粉を振り払いながら、迅鋭はマクレランがいたであろう場所へと顔を向けた。
「──でも、貴方の考える未来には欠陥があるわ」
──瓦礫の上を女が歩いている。
女の歩みとともに、瓦礫に半ば埋もれたマクレランが目に入った。腰を抜かし、見るからに怯えきっている。
水色の髪を揺らし、女はマクレラン──ではなく、金色のスーツ『フューチャーザデイ』の前へと立った。
「おまっ、お前……な、な、なんなんだ!?」
「私……ふふ」
女はスーツを手に取り、静かに胸に押し当てた。
「そい、ッ何をしてる!? そんなことしたって無駄だ! そのスーツには自動識別装着が付いて──」
──スーツは女の体にフィット。ナノマシンが自然と女の体に纏われてゆく。
マクレランは目を丸くして驚いていた。
自動識別装着。これはスーツの所有者を識別する装置であり、社長のマクレランと一部の最高幹部にしか適用されていないはずだった。
適用されていない人間が着ようとすれば電流が流れ、警報が鳴り響くはずなのだが──。
「──ん。最高の気分」
拒否反応は起こらず。スーツは女の奴隷になったかのように、自然と装着されていた。
「な、なぜ……!?」
「不条理。不合理。それを正すのがスーパーヒーローだとしたら──私は悪役、ってところね」
──背中から六本のアームが勢いよく飛び出してきた。
アームは八岐大蛇、ヒドラの如く、それぞれが独立した生物のようにアームを動かしながら女の周りを漂う。
「なるほど。ファーブル社の技術はやはり素晴らしいわ。初見の私でも難なく動かせる」
「な、何が……何が目的だ!」
「目的ね……まぁそうね。自己紹介すれば、自ずと察せられるでしょう」
女が一歩前へ。マクレランはそれに合わせて腰を引きずりながら数メートルは離れた。
緊急事態を察知してやってくる警備兵。そして警備ロボット、対人破壊ドローン。並大抵の人間ならものの数秒で肉片にできる火力を持った警備が駆けつけてきている。
だと言うのに──女は一切臆することなく。怯むことなく。会場の全員に向かって、こう言った。
「私の名はオブスキュラ。我が愛しきエンテイ様の忠実な部下であり──この日本を、支配する王の片翼となる女よ」
* * *
オブスキュラに警備兵の銃口が向けられる。
「動くな!」
必死な怒号に震える銃口。言われた本人はニヤけた顔のまま、煽るようにアームをカチカチと鳴らしている。
「撃ちなさい。撃てるのならね」
「な、なに……!?」
オブスキュラは両手と全てのアームを広げる。銃口は全て向けられているのにも関わらず、だ。
防御は間に合わない。一斉射撃が始まれば、オブスキュラはすぐに死亡するだろう。
警備兵、警備ロボットが引き金に指を入れる。相手は一応人間。撃つのにも躊躇いはあるが──危険分子は排除しなくてはならない。
向けられた銃口はオブスキュラに向かって──。
──なんと、近くの民間人へと発砲された。
「──え」
一人じゃない。そして一体でもない。
警備兵、警備ロボットの全員が銃をオブスキュラにではなく、その場にいた民間人へと発砲していたのだ。
「きゃぁぁぁ!?」
「な、何するんだァ!?」
「いたい……いたいぃ……」
混乱する会場に響く高笑い。──オブスキュラは、地獄のような惨状を見て高笑いしていた。
「あらあら、酷い人たちだわぁ。民間人に発砲するなんて。これじゃあ私たちが日本を支配した方が、幾分かマシなんじゃない?」
「ねぇ、貴方もそう思うでしょ? マクレランさ──」
──丸鋸のように回転しながら向かってくる影。オブスキュラはそれをアームで受け止める。
影の主はパッカーである。膝丈のスカートにタイツというかしこまった服装でありながら、ダイナミックな攻撃だ。
攻撃を防がれたパッカーはアームを足蹴にしてマクレランの元へ。
「社長。お逃げ下さい」
「パッカー! お前はどうする気だ!?」
「私はアガリビト。スーツがなくても、多少ならやりあえます」
アガリビトとは獣と人間のハーフ。両者のいいとこ取りをした人造種族だ。
パッカーはウサギのハーフである。つまり脚力に優れている。今の人外じみた動きもスーツ無しでやってのけた。
だが──相手とて、それは同じこと。
スーツは人間を人外のレベルにまで到達させるもの。もっといえばオブスキュラのスーツは最新型。あらゆる機能を持っている高性能なものだ。
そして、それはパッカーもよく知っている。
「十分です。十分を過ぎれば、貴方が逃げてなくても私は逃げます」
「……そこは『私の命に変えてでも守る』と言ってくれよ」
「私が死んで嬉しいのですか?」
「はいはい──頼んだ」
「了解」
パッカーはオブスキュラを睨みつけたまま動かない。後ろで逃げようとしているマクレランを気にしてないのではない。『信頼』しているからこそ、眼前の脅威から目を逸らさないようにしているのだ。
「……追いかけないのですか?」
「急いでやることは終わったもの。後はゆっくりと……楽しむだけだから」
「警備兵とロボットになにか細工をしましたね。ですが無駄です。すぐに警団連が来て貴女を──」
「──なによ。秘書のくせに意外と頭は悪いようね」
──アームの先端が変化。鋭い剣へと形を変える。
「答え合わせは十分後ね。ほら、さっさと来なさい」
「──」
パッカーの地面が砕け、オブスキュラの刃が走る。二人の攻撃が交差するのに一秒もかからなかった──。
* * *
警備兵の銃口は依然として民間人へと向けられていた。
「いやぁ!? やめてぇ!」
「か、体が動かないっ、な、んで……!?」
「逃げてくれぇ! 逃げてくれぇ!」
警備兵だけじゃない。やってきた警備ロボットは淡々と逃げ惑う民間人に刃と銃口を向けている。
上空を漂うドローンは的確に逃げる民間人の背中を銃弾で射抜いていた。
──女が転んだ。
「きゃっ──!」
高級なハイヒール。履きなれていても、立ち上がるのには時間がかかる。
そんな女に向けられる警備ロボットの銃口──の前に男の子が立ち塞がった。
「ママ!」
「ロウ! ダメェ──!!」
相手が子供でも容赦などない。一切の迷いなく引き金は引かれ、両者を庇う親子に銃弾レーザーは発射された──。
──レーザーは間一髪で親子から外れる。
「シッッ──」
迅鋭が銃口と警備ロボットの顎を掌底で弾く。少し浮いた足をすかさず足払い。
体勢を崩したロボットの後頭部を地面に叩きつけた。
ロボットは見事機能停止。溜まっていたレーザーも消散していった。
「早く逃げろ」
「あ、ありがとうございました!」
女とその息子はすぐにその場を離れていった。
青いレーザーと悲鳴が飛び交う中、ロアやイヴが迅鋭の場所まで走ってくる。
「迅鋭!」
「先に逃げろ。儂は警団連が来るまで時間稼ぎを──」
「──それがまずいことになってるの」
息切れしながら走ってきたヴォッシュとカレン。
「やっぱりだめぇ……会社の外に……なんか……バリア貼られてる……はぁはぁ」
「バリア? なんでそんなもんが」
「ここのファイアーウォールは私でも突破は不可能なくらいに高性能なの。だから外部からの攻撃はまずありえない。おそらく……内部からハッキングされてる」
こちらに襲いかかってきたロボットと警備兵を数秒で叩きのめし、話を続けさせる。
「外のバリアは対軍電子防御壁『パラセノイヤ』ってやつだ。外部からの攻撃をシャットアウトする代わりに、内部の人間も閉じ込められるっていうやつ」
「ということは──この会社から出られないってこと!?」
「そういうことだ」
問答無用で襲ってくる警備兵に警備ロボット。外部からの援軍は望むことはできず。スーツどころか、武器すらないという状況。
まさに絶望。このままでは民間人もフライヤーも全員が殺されてしまう。
「どうする……どうしよう……」
「──内部からハッキングされてるってことは、同じところからハッキングすればバリアを解除することができるんじゃない?」
──思わぬ妙案。カレンが手を叩いて同調する。
「いい案だねロア! それならバリアを解除できるかも! でもどこからハッキングしたかは……」
「──中央管理室だ!」
横から声を出したのは──マクレランだ。すす汚れた肩を払いながら、走ってくる。
「パラセノイヤは中央管理室で管理してる。というより、この会社の全ての電子操作は中央管理室でやってるんだ」
「じゃあ警備兵とか警備ロボットが暴れてるのは……」
「そこを狙われたからってことか」
色々と言いたいことはあるが、今はとりあえず飲み込む。やるべき事と行くべき場所は決まった。
「……このバリアを解除することは可能か?」
「操作さえさせてもらえれば」
──数秒の見つめ合い。真偽や信頼を考えてる暇ではない。
「私が案内しよう。着いてきてくれ」
両者覚悟を決めたように頷く。
「それじゃあマクレランさんとカレンは中央管理室へ。ヴォッシュとイヴ、私は皆の避難誘導を。迅鋭は……」
言葉に詰まるロア。
武器もない、スーツもない。しかしこの場においての最大戦力は迅鋭だ。
その迅鋭に戦って兵士やロボットを足止めしてもらいたいのだが……この数の差。『戦え』と命令するのは『死ね』と言っているようなものだ。
「ロア殿」
「じ、迅鋭……」
「──倒してもいいんじゃろ。全員」
そう言って指を鳴らす迅鋭。──ロアはフッと笑う。
「迅鋭──暴れて」
「よし来た!」
数はおおよそ──どうでもいい。この場にいる兵士を全員沈めればいいだけのことだ。
迅鋭が前に出ようとした時。イヴも横へと並び立った。
「私も──」
「ダメだ。スーツのないお前じゃ足でまといじゃ」
「ぅ……」
躊躇うイヴに迅鋭は軽く微笑みかける。
「分かった。ならお前は武器を探してこい。儂も素手じゃこの数はキツい」
「──うん」
イヴを安心させるために与える役割。まだイヴは躊躇いながらも、ロアたちと一緒に動き始めた。
また前へと歩こうとした時。今度はマクレランが叫んだ。
「幻水さん! その……もし余裕があれば……」
マクレランの見つめる先にはオブスキュラと交戦しているパッカーが。
軽口を叩きながらも、なんだかんだ心配なんだろう。
「任せろマクレラン。儂は[ラストサムライ]じゃぞ。お主はお主の役目をまっとうしろ」
「──はい!」
走り去る五人を見送り、迅鋭は前を向き直す。
まだ民間人は残っている。彼らを助け、すぐにパッカーの援護に行く。それが迅鋭のやるべきこと。
「──かかってこい」
前髪をかきあげながら、迅鋭は警備兵に飛び蹴りを叩きつけるのであった。




