第78話『あの日見た未来』
──広い会場には、既に隙間なく人が集められていた。
ブラッドバトルとは違う、静かな熱気。ド派手にはしゃぐでも、暴れ回るのでもなく、皆が淡々とその時を待っている。
迅鋭ら五人はギュウギュウの座席を体を細くして通り抜けながら、所定の席へと座った。
「人多いのぉ……」
「『ムラスタン』の社長に『蹴球団』の会長……大物ばっかりね」
量より質でもなく、質より量でもなく。質も量も一級品の空間。庶民でも分かるビップ層の数々にロアは萎縮していた。
「居心地悪いわね……大丈夫? 私、格落ちしてる感じとかしない?」
「大丈夫。ロアは可愛いよ」
「嬉しいけど、今は関係なくない……?」
確かに可愛さならば埋もれないレベルに達している。迅鋭はそう頷きながら、舞台の方を見た。
暗闇に包まれている壇上。近未来的な白い造形に好奇心がくすぐられる。これからどんな発表がおこなわれるのだろうか。
そして今度は、そのままの流れで隣の席へと目を泳がせた。
水色の髪。宝石のような瞳。……なんか見たことがある。
「……」
「? どうされまし──」
隣に座っていた女性──アイスも迅鋭に気がついたようだ。
「……」
「……」
目をゆっくりと逸らすアイス。迅鋭は固まったままジッとアイスを見つめていた。
「……? どうしたの迅鋭? その人知り合い?」
「知り合い……まぁ、そうじゃな。一応知り合いじゃ」
「……あー」
あれだけミステリアスな雰囲気を出して。なんかかっこいいことを言って消えたのに。割とすぐに再開してしまった。
これはなんとも──気まずい。言った本人のアイスもそうだが、言われた迅鋭側も妙にムズムズする。
こうなってしまっては迅鋭も口ごもるしかない。アイスは低く唸りながら──。
「──答えは見つけましたか?」
「早いわ」
「ですよね……」
即答され、赤面するのだった。
* * *
「違うんですよ。私だって、もうちょっと後に登場したかったんですよ。でも発表会に呼ばれたんだから、ちゃんと見ないと失礼ですし……」
「いいから。別に気にしとらんわ」
「あれだけミステリアスな雰囲気を出しといて、こんなにアッサリ再開するなんて私も思ってませんでしたよ。だいたい、私の方が先に座ってたんだから、後から来た貴方が離れるべきで──」
「あぁもううるさいのぉ! 気にしとらんと言っとろうが!」
ブツクサ言葉を紡ぐアイスにキレる迅鋭。
何も知らない他四名は、その奇妙な会話にハテナマークを浮かべていた。
「ま、まぁ二人とも落ち着いて。ほら。もう発表会が始まるわよ」
会場の明かりが徐々に消えていく。ザワついていた会場も静まり、その時がやってくるのを肌身で感じた。
興奮していたアイスと迅鋭も雰囲気に包まれて静寂に入る。そして──壇上へと視線が集まった。
──大きく映し出されるホログラム。
そこに映っているのは──金色のスーツだった。
ごちゃごちゃとした装飾もなく、奇抜な模様もない。えらくシンプルなスーツだそんなスーツをオシャレな音楽と共に多角的に投影している。
「……? 普通のスーツじゃない。これほんとに新作?」
「まぁ落ち着きなロア。興奮する気持ちも分かるが、もうちょっと見てろって」
「興奮はしてないけど……」
鼻息を荒くして食い入るように見つめるヴォッシュに釣られ、ロアもまたホログラムに視線を戻す。
やっぱり何の変哲もないスーツだ。性別問わず、体格差問わずに着れるような伸縮自在の金属スーツ。
背中部分も特に何もなく。知識のない人が見れば金色の全身タイツにも見えるような──。
──なんて思った瞬間。金色のスーツの背中から、六本の触手が飛び出してきた。
「──へ?」
金色とは対象的な銀色の金属アーム。しかしながら、金属感を感じさせない液体のような軟体。水銀……と表現するのも少し違う柔らかさが画面越しでも分かる。
アームの先端は無機質な四本指のような形になっている。そして中心には更に小さなアームが。これならば細かい作業だってできるはず。
六本のアームはそれぞれ独立して動いている。そして更に──アームは取り外しが可能だそうだ。
スライムのようにスーツから離れたアームは蛇のように地面を高速移動。一通り動き回った後、またスーツへと自動的に装着された。
会場では感嘆の声が湧き上がっていた。
このようなスーツはまさに『ありそうでなかった』ものだ。
新しく腕を作る、というのは単純そうで実は難しい。二本腕が構造の基本である人間は多数の腕を操ることになるとパニックを起こしてしまう。
産まれた瞬間から多数の腕を持ってるならともかく。人間一人が多腕を操ることは困難なのだ。
──しかしこのスーツは違う。最新型行動多岐分裂ツール『ファリス』を搭載し、脳の同時並行思考を強化することに成功。
こうすることによって、多腕に人間の脳を適合させることに成功したのだ。
「──どうだ! 凄いだろ!?」
「別にお兄ちゃんは凄くない」
「うるさいよヴォッシュ。周りのお客さんの迷惑になるから静かにしなさい」
「みんな俺に冷たい……」
ヨヨヨ、と昔の美人みたいな泣き方をするヴォッシュを無視し、映像は佳境に差し掛かる。
アームの先端は変幻自在。手の形だけでなく、チェンソーや磁石、切断用レーザーにハンマーと、あらゆる状況を想定したであろう器具に変形が可能なのだ。
──しかもそれらはあくまで定められた『簡易モード』である。
先端部分はナノマシン方式となっており、使用者の思うがまま、望むがままに変形することが可能。もちろんそれだと脳のリソースが増えるので、通常時は『簡易モード』、状況によって『変形モード』と瞬時に切り替えることができる。
高温高圧、放射線や毒ガス、電磁波への耐性は当たり前のようにあり、無酸素空間に放り込まれても自動的に酸素を作り出せる。
理論上は太陽にすら着地することが可能なのだ。
「太陽とは……さすがは未来じゃな」
「本当に折り立てるのかしら。ね、どうなのヴォッシュ」
「……」
先程の言葉がよほど効いているのか。子供のように拗ねている。
「女々しいぞヴォッシュ。今何歳じゃお前」
「……いいし。別に」
「もー。不貞腐れないの。夜ご飯はお寿司に連れてってあげるから。ね?」
「……分かった」
「ガキかお前は」
なんて言ってる間に映像は終盤へ。
一通りの機能を見せたアームはロケットエンジンへと変形。そのまま轟音を立てながら、上へとフェードアウトする。
正真正銘、真っ白になった空間。そこに映し出されたのは──。
『フューチャーザディ』
これから世間を揺るがすこととなる、スーツの名前であった──。
* * *
映像が終わると同時に会場は拍手で包まれた。
技術の結晶。羨ましさや、妬ましさを持つものも少なからずいるが、それらを上回る『尊敬』の結果がこの拍手である。
『あっはは! 盛大な拍手をありがとう!』
この自尊心に満ち溢れた声はマクレランの物。社長直々に商品を説明する気だ──。
──と、天井からマクレランが飛び降りてきた。
「──ぬん!」
そしてスーパーヒーロー着地。床には小さなヒビが入っていた。
「すみません、これ一回でいいからやってみたかったんですよね」
ド派手な登場に親近感の湧く言葉。マクレランはこの一連の流れだけで会場全体の心を掴んでいた。
伊達に社長をやってるのではない。そんな冷静な思考すらできないほど、フライヤーの面々もマクレランに心を掴まれていた。
「私は小さい頃、スーパーヒーローに憧れていました。海外の漫画に出てくる『オクトパスマン』というやつです。漫画は金にものを言わせて揃えましたし、アニメや映画だって見ました」
「だけどまぁ……見ての通り私はチビでデブだ。おまけにハゲときた。スーパーヒーローには相応しくない」
至る所で苦笑が響く。侮辱してるかのようだが、本人はそれが狙いなようだ。
「歳をとって知見を広め、私はファーブル社の社長になるに至りました。それ相応の地位にいるためには社員たちに背中を見せなくちゃいけない。いつまでも漫画にふける子供でいてはなりません」
この空間には共感する人も大勢いるようで。初老の男性から、堅物そうな女性まで。マクレランの意見に頷く人が多くいた。
ちなみにロアも頷いている。
「ですが──憧れを止めることは誰にもできません」
「誰だってヒーローは憧れます。表に出さなくなっただけなのです。私の見た目はヒーローには相応しくない。それでも私は憧れました。『こんなヒーローになりたい』と心の底から思いました」
マクレランが指を鳴らす。
──それに呼応するように、上からスーツが降りてきた。
「──成れます。このスーツを着れば、誰だってスーパーヒーローになれます。必要なのは勇気だけ。それさえあれば、誰だってヒーローになれる」
会場はライブのように盛り上がる。ガッシリと掴んだ心を震わせ、声を上げさせる。
それはフライヤー、そしてアイスとて例外ではなく。彼らの目には、もはやマクレランしか視界に入っていない。
──最高だ。最高の出だしだ。マクレランは望んでいた。こうなることを願っていた。
夢にまで見たヒーローを元にしたスーツ。これを作れることを。これを売り出せることを。これを──みんなに着せられることを。
「それが私の望んだ未来──」
高らかに。そして歓喜に満ちた表情で。マクレランは宣言する。
「──我々が作る未来です!」




