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第77話『嵐を呼ぶモーレツ!』

「──んまい!」


 ホロホロに崩れそうなビーフから溢れる旨み。顎が溶けるような感覚を味わい尽くしながら、ヴォッシュは声を上げた。


「最高だこのビーフシチュー!」


「こっちのオムライスも美味しいよ!」


「ロア。このカルボナーラすごい。家でも作って」


「……確かに美味しいわね。レシピ教えてくれますか?」


「企業秘密です」


 時間はちょうどお昼時。外部の人間もやってくる社員食堂は大きな賑わいを見せていた。

 迅鋭たちはランチタイムの直前に食事にありつけたので良かったが、もう少し遅かったら蛇のような大行列に並ぶ羽目になってただろう。


 窓から見える景色は絶景。そんな絶景を見ながら美味い料理を食べる。これが毎日できる社員が羨ましくなってきた。


「歴史ブースは楽しかった?」


「もうっ最っ高! 端から端までパソコンだったんだよ!? 興奮しないハッカーはこの世に居ないって断言できちゃうね!」


「あのスーツの並びといったらもう……俺はあそこに行けるなら、毎日だって金を払うね」


「デット・デックスが神ってことを再確認できた」


「みんな満足そうだねぇ」


「我が社としては、嬉しい限りです」


 三人は興奮しながら、見てきたコーナーの話をしている。まさに熱弁。好きな物を話す時は饒舌になるのがオタクというものだ。

 それを聞くロアの姿はまさに母親。時折、吹き出しながらも三人の話を聞いている。


 ただ──迅鋭の顔は未だに浮かない。

 頼んだきつねうどんにもろくに手をつけず、ただボケっと外を眺めていた。


「……どうしたの?」


 熱く語りすぎてクールダウン中のイヴ。心ここに在らずな迅鋭が気になり話しかけた。


「……なんでもない。ちょっと体調が悪くなってな」


「えぇ!? 大丈夫?」


「あぁ、少し気分が良くないだけじゃ。気にしなくてよい」


「そう?」


「気おつけろよ迅鋭。後ちょっとで新製品発表会なのに」


「はは、悪いの。心配させてしまって」


 ヴォッシュとカレンは空返事で誤魔化せたようだが、ロアとイヴはそうはいかない。

 この感じは……気分が悪いのではない。迅鋭の身に何かが起こったのだ。


 思い浮かぶのはロアが外した、あの時間。あの時間に何かがあったのだ。

 それを聞くため、ロアが身を上げる──。



 ──その時。


「──幻水さん! 幻水迅鋭さん!」


 迅鋭の後ろから嬉々とした声が迫ってきた。


「貴方が幻水さん! 幻水さんだ! [ラストサムライ]!」


 その男は……小太りで、チビで、禿げてて、なんか金色の高そうなスーツを着ていた。

 よく見る典型的な成金野郎。あまりにも在り来りな見た目すぎて迅鋭は困惑。イヴは吹き出した。


「社長。仕事はどうなされたんですか?」


「抜け出してきた! あの役員共から隠れるのは大変だったぞ? まさにミッションインポッシブル! あ、幻水さんは映画とか好きかね?」


「はぇ? その……わ、儂はあまり俗なものは見なくて……」


「──その喋り方グッド! 言葉使いもグッド! あの伝説の一夜が数秒前のように思い出せる……もちろん全部幻水さんに賭けましたぞ? その額、なんと三百億! 貢いだ分のチェキくらいは撮ってくれませんかねぇ?」


「は、はぁ……?」


「社長。気持ち悪いです。幻水様が困っております」


「君。私一応社長だからね? 君の上司どころか、最高位の人間だからね?」


「今どき流行りませんよ。アガリビト差別なんて」


「差別要素どこ!? してないですけど!?」


 激しいボケに激しいツッコミ。流れる罵倒と流れる指摘にフライヤーは苦笑いをしている。


「あぁ、紹介が遅れましたね。この御方がファーブル社の現社長『マクレラン・ファーブル』にございます。目線を合わせると疲れると思いますので、どうぞ見下ろしてください」


「きみぃ!? これでもコンプレックスだからね身長は! 触れられると私は悲しいぞ!」


「先日、私のコンプレックスの尻尾を触ったのはどなたでしょうか」


「だからあれは事故だ! 私がセクハラに敏感に敏感なのは君がよく知ってるだろ?」


「幼い頃、ニヤニヤしながら私の胸に飛び込んできたのは?」


「あれは……子供にはそういう時期だってあるだろう。──って、それコンプレックスとは関係なくないか!? ただ私を辱めたいだけではないか!?」


「……チッ」


「舌打ちした!? この秘書舌打ちしたよ!?」


「あ、あはは……」


 仲がいいのか悪いのか。とても社長と秘書とは思えない会話だ。口ぶりからして二人の付き合いは長そうだ。



「えーおほん。気を取り直して──二度目になるが、自己紹介をさせていただこう。私の名前はマクレラン・ファーブル。ファーブル社の現社長だ。よろしく頼むよ」


「……幻水迅鋭。こちらこそ、よろしく頼む」


 前に手を出され、自然と握手をする。


「グランドフィナーレで君を見かけてね。あの『戦の母』を倒した一戦で見事ファンになってしまった。あの戦いは後世に語り継がれるべきだと私は思ってるんだがね」


「それは……気持ちは嬉しいが、どれだけ言い繕っても人殺しじゃからな。外に公表しすぎるのは控えてくれると助かる」


「そ、そうか。それもそうだな。分かった。幻水さん本人が言うのなら、やめておこう」


 思ってたより話の分かる人だ。てっきり金でなんでも解決できると思っている性格カスな奴かと──後ろで見ているイヴは思っていた。

 気がついたのは視線か。それとも偏見の思考か。マクレランはイヴにも笑顔で寄ってくる。


「君も来てたのか! イヴ・カミリンちゃん! 幻水さんはもちろん好きだが、私は君のことも好きなんだぞ? パルムとの試合は男心をくすぐる激戦! 柄にもなく声を上げてしまった!」


「ぁ……そ、そうで、すか」


 いきなり迫られて困惑の表情をイヴは見せていた。パーソナルスペースガン無視の行動に保護者のロアは少しムッとする。


「──初めまして。保護者のロア・カミリンと申します」


「あぁ! 君がロアさんか!」


 今度はロアの方へ。開放されたイヴは安堵の表情を見せた。


「今日はよく来てくれたね。楽しんでくれてるかい?」


「それはもう存分に。わざわざ招いてもらい、ありがとうございます」


「いえいえそんな!」


 美形のロアにマクレランもタジタジ。差し出された手を握られて顔も緩みまくっている。

 ──その様子をジト目で見つめるパッカー。


「……節操なし」


「そこ! 陰口は聞こえてるからね!」


「美女にデレデレしすぎです社長。あと子供相手に迫らないでください。ロア様がお怒りです」


「面と向かっても言い過ぎだ! ……え、怒ってる?」


「怒ってませんよ」


 笑顔は崩れていない。男性の頬を緩ませる美形の顔は健在だ。

 しかし……どことなく圧が漂っていた。「イヴに謝れ」という圧が。


「わ、悪かったなイヴちゃん……興奮しすぎて礼儀を忘れてしまっていたようだ。申し訳ない」


「そんな、大丈夫ですよ……」


 絵にしたくなるほど美しい謝罪。これでもファーブル社のトップ。素直に謝ることはできるようだ。それが人として普通だが。



「社長。社長が阿呆やってる間に発表会の時間が迫ってますよ」


「阿呆やってるとはなんだ──ってホントじゃないか!? なんでもっと早く言ってくれない!?」


「忘れてました」


「それ秘書としてどうかと思うぞ!?」


 発表会の準備に行かなくてはならない。でも迅鋭ともっと話したい。二つの欲望の狭間で揺れるマクレラン。

 ──だがここは社長。さすがに仕事を選んだようだった。


「じゃあまた後で! 発表会もぜひ楽しんでいってくれ!」


 昭和のアニメのように脚をバタバタさせながら離脱。人混みを糸のように縫いながらエレベーターの方へと走っていった。


「私も業務がありますので、一旦ここで失礼させていただきます。発表会までは自由に見学していってください。──では、また発表会の時に」


 優雅な歩法にてパッカーも離脱。モーセのように人を割りながらマクレランを追いかけていった。



 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。なんとも人騒がせな社長であった。


「むしろ、ああいうのがトップだから栄えてるのかも……」


「ロアもあんな感じになってみたら?」


「あれは……嫌よ。どうせならイケイケの女社長がいいわね。猫を撫でながら高いハイヒールとか履いちゃったりして」


「ロアがハイヒール履いてたら脚が傷だらけになりそう」


「そんなバランス感覚悪くないわよ」


 一応これでもロアは社長。威厳を見せるために猫を飼うくらいはアリかも……なんて思うのだった。



「……はは」


 ──アイスの言葉はまだ胸に刺さっている。過去の記憶も、まだ体を後ろへと追いやろうとしている。

 だが……今は今だ。迅鋭は今を生きている。過去を教訓にし、今を生きていく。

 やはりアイスの意見は受け入れることはできない。再度そう決心した。


「さて──うどんを食べるか」


「? 気分は良くなったの?」


「おう! 疲れたら腹が減ってしまった!」


 迅鋭は伸びてしまった麺をすするのだった。

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