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第72話『ファーブル社からのお誘い』

「ただいまー」


 警団連からの事情聴取を終えて帰宅。家の扉を開けた時──違和感を感じた。

 それは匂い。あともうひとつは見知らぬ靴である。


 依頼人だろうか。気になる感情の赴くままに応接間へ向かう──ドンピシャ。そこにはロアともう一人。見知らぬ男が座っていた。


「あ、迅鋭おかえり。ちょうどいいタイミングで来たわね」


「──貴方が迅鋭様ですか」


 手招きされるままロアの横へと座る。机を挟んだ先に座っている男は迅鋭を欣快(きんかい)な表情で眺めていた。


 茶髪の髪をオールバックにした四十を少し過ぎたくらいの年代。光沢のある紳士な服装から見て大手の会社員、それも重役なのは簡単に見て取れる。

 こうなると結論は一つ。──かなり大きい依頼。金を一気に稼げるような仕事だ。


「お初にお目にかかります。私、こういう者でして」


 差し出された名刺を片手で受け取る。

 そこには『株式会社ファーブル』と『ヴァイス・サキアニス』という文字が書いてあった。


 株式会社ファーブル。スーツ開発の最前線を往く会社であり、毎年様々な種類のスーツを開発し、販売している超大手の企業だ。

 予想通りの超大手。むしろ予想以上だ。ファーブル社は未来に来て日が浅い迅鋭でも聞いたことのあるほどメジャーな会社。こりゃ大きな依頼を期待してもいいだろう。


「ふむ……ヴァイスか。話の途中で入ってすまんの。腰を折らせてしもうたか?」


「いえいえ、とんでもない。ぜひ迅鋭様もお話を聞いていただけると嬉しいのですが」


「よいか? ロア殿」


「『いいわよ』っていうか、迅鋭がメインなんだし」


「儂がメイン?」


 迅鋭が向くとヴァイスは満足そうに頷いた。ロアの言葉に同調するように。


「儂個人への依頼か? 悪いが世間に疎い儂じゃ役に立たんと思うぞ。それこそフライヤーへの依頼にしてくれた方がまだ──」


「あ、今回は仕事の依頼で来たわけではないんです」


「? じゃあ何が目的じゃ?」


「──こちらを」



 机の上に出されたのはホログラムのパンフレットだった。

 書かれてあるのは『ファーブル社新商品発表』という文字。下には日程やら発表されるスーツの種類などが書いてある。


「新製品発表とな?」


「はい、フライヤー様には是非、我が社の新製品発表会へと来て欲しいんです」


 そう言うと、ヴァイスは裏があるような笑みを浮かべた。


 正直、かなりそそられる依頼?だ。ファーブル社の発表会に出席できる機会など滅多にない。『来て欲しい』と言われるならばなおのこと。

 しかし疑問点がいくつかある。ロアも同じようで、迅鋭が来るまで渋っていたようだった。


「嬉しい提案じゃな。それはそれとして理由(わけ)を聞かせてくれぬか? フライヤーを招待する理由を」


 迅鋭の言葉にヴァイスは考える様子も見せずに答える。


「フライヤー様のご活躍は()()ね耳にさせてもらっています。なにやら反乱軍の基地を爆破させたとか」


「あー……噂ですよ噂。そんなことウチみたいな小さい組織が出来るわけないじゃないですか」


 バレると困るのは考えなくとも分かること。だからそこはかとなく誤魔化した。


「特に幻水様の噂は我が社でも有名でして。どうやら『グランドフィナーレ』にて地下闘技場の新チャンピオンになったとか」


「まぁ……そうじゃな」


「どうやら幻水様の戦いを社長も拝見していたようでして。『是非とも幻水様をお呼びしたい!』とのことです」


「しゃ、社長さんが……」


 ファーブル社の現社長『マクレラン・ファーブル』。ファーブル財閥の御曹司であり、スーツ開発の第一人者でもある。

 迅鋭も写真越しで顔は見たことがあったが、あの人だかりじゃあ見つけられるはずもない。


「こういうのは本人が来るものなんじゃないのか?」


「社長も行きたがってはいたのですが、発表会の準備が忙しいそうで……ちょうど手が空いていた私が抜擢されちゃいました」


 社長は椅子に座ってパイプを吹かしているだけの仕事でもない。特に研究者の一面を持つマクレランならば。こればっかりは仕方ない。



「どうするロア殿。儂は行ってもいいと思うが」


「うーん……でもねぇ」


 発表会に一般人が招待されるというのは滅多にないことだ。こんな機会はそうそう無い。……のだが、ロアはかなり渋っている様子だった。


「心配でもあるのか?」


「だってテレビ局も沢山来るんでしょ? 私たち有名にはなりたいんだけどテレビに出るのはちょっとね……普通に犯罪レベルのことしてるし」


「その点についてはご安心ください。テレビ局の方にはきちんとその旨をお伝えして、フライヤー様を映さないようにしますから」


 それでもまだロアは悩んでいるようだ。顎に手を置き、どこかの彫刻みたいに思慮をしている。


「なーんか嫌な予感がするのよね……」


「嫌な予感?」


「そう。何かが起こりそうな悪い予感がする」


 曖昧なものではあるが、心配性なロアにとっては判断材料の一つ。長いことアングラな仕事をして身についた本能みたいなものなので信憑性は結構ある。

 だが──ヴァイスは社長直々に仕事を受けていた。それが『無理でした』じゃ、後の昇進にも影響が出てくる。


「──こちらを」


 ならば持つのは相手を誘うための手札。事前にロアの情報を調べ、手に入れたカードのひとつを提示する。



 ──ホログラムに映し出されたのは数々の美味しそうな料理。和洋中、古今東西のあらゆる料理が並べられていた。

 普段じゃ絶対に食べられないようなものばかり。迅鋭とロアの喉が鳴るのにそう時間はかからなかった。


「これは我が社の食堂です。普段は会社の人間しか使えませんが、発表会の時は別。来場者にはこの食堂での食事は──無料にさせてもらっています」


「むりょ、無料!?」


 ──無料。タダ。これほど怖い文字はないだろうが、これほどそそられる文字も他にはない。家計をやりくりしているロアならば特に。


「それに加えて──こちらも用意させていただきました」


 差し出されたのは──なんと五万円分の商品券。これに食いつかない主婦はいない。


「こ、こんなにも……」


「これは前金でございます」


「……前、金……!?」


「来て下さるなら──これの二倍。十万円分の商品券をプレゼント致しましょう」


 ちなみにであるが、この商品券はヴァイスの自腹である。

 まぁそんなことはつゆ知らず。ロアは顔を赤くしながら立ち上がり、ヴァイスの手を握る。


「──行かせてもらいます! 行かせてください!」


「その返事をお待ちしておりました」


 完全勝利。長年の経験と地道な努力を積んだヴァイスの勝利である。ロアは完全に篭絡されてしまったようだ。

 握られた手を強く握り返しながら、ロアのテンションに押されている迅鋭に笑顔を向ける。


「では、発表会の日に。お待ちしております──フライヤー様」




 ──時は夕食。晩飯を喰らいながらロアは経緯を話していた。


「そんなわけで。来週の土曜日はみんな空けておいてね」


「ファーブル社か……かなり大手の誘いが来たもんだな」


 メインの骨無しアナゴを食べながら、ヴォッシュは渡されたパンフレットを眺めている。


「依頼の方も迅鋭のおかげで増えてきてたし、ほんと迅鋭さまさまだねぇ」


「そう褒めるでない。年甲斐もなくはしゃいでしまうじゃろう」


「こーら。調子に乗らないの。危ないことしたのと、悪い人たちと絡んでたのは許してないんだから」


 料理に入っているナスを迅鋭の皿に移そうとしているイヴ。その頬を引っ張りながら迅鋭への説教をする。

 なんというマルチタスク。これぞ主婦である。


「新作のスーツ……ってのはどういう系統?」


「劣悪作業用って言ってたわね。高温高圧、そして放射線が蔓延している場所でもなんの支障もなく動くことができるスーツらしいわ」


「そりゃ興味深い。ファーブル社のスーツって軍事用のやつが多かったからな」


 ヴォッシュの言う通りだ。

 ファーブル社の開発するスーツは軍事用のものが多い。野外で長時間戦闘ができるようにされたものや、暗所や視界不良の時でもフルに動けるものなど、その性能は多岐にわたる。

 その中で軍事用ではなく、作業用のスーツときた。同じ開発に携わる者としてヴォッシュも興味を持たざるおえない。


「軍事用……」


「どうした迅鋭?」


「いや、前に相手したヤクザが『ファーブル社のスーツ』とか言っとったから、それを思い出しての」


「あー、迅鋭がこっちに来て初めての依頼のやつね」


 夜の倉庫。ペンダント奪還の依頼にて交戦することとなったレオが言っていたことだ。

 もうあの戦いから数ヶ月。時が経つのも早いものである。


「ファーブル社のは汎用性が高いからね。自衛隊はもちろん、安価だからヤクザとか半グレにもよく使われてるんだよ」


「迷惑じゃなぁ」


「そうそう。そのせいでスーツに制限がかけられてるんだもん。一般市民からしたらたまったもんじゃないよ」


 机に肘を置き、行儀の悪い姿勢で愚痴をこぼす。


「まぁボヤくのも程々にして──手に入れた十五万で何を食べに行くか考えときましょう!」


「ロア、テンション上がりすぎじゃない?」


「だって十五万よ十五万! これで叙々苑にでも行きましょう!」


 まだ今日の夕食も食べきっていないというのに、もう来週の食事を想像して興奮している。この場で一番テンションが高くなっているのはロアだ。

 トップが興奮してれば収めるのが部下の仕事。酒も飲んでないのに酔っ払っているかのようにはしゃいでいたロアを、他の面々はなだめていたのだった。


 ──ラジオ感覚で流していたテレビ。そこに『テレビ局に脅迫状が!犯人は唯一王?』という文字が流れていることも知らずに。

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