第7話『初めての依頼』
「……落ち着いた?」
「あぁ」
椅子に座ってうなだれている迅鋭に水を差し出す。少し警戒した後、一気に飲み干した。
「水は変わらんな」
「それだけは何年経っても変わらないのよ」
「そうか……それ以外は随分と変わったよなぁ……」
遠い目をしている。当然だ。異国の地だとしても不安でいっぱいだというのに、まさかまさかの未来にまでやってきていたとは。驚きすぎて脳が縮み上がっていたところだ。
「じゃあ本格的に儂、行く宛てがないじゃないか……」
「だーかーらー。ここに住めばいいでしょ?」
「……いいのか? 本当に?」
「いいに決まってるでしょ。仲間になったんだから、責任もって私が色々教えてあげるわよ」
「──はは」
実家のような安心感。それに──迅鋭の目にロアが──のように映った。
「……よろしく頼む」
「よーし! どうせ今日は依頼もないだろうし、街の紹介にでも──」
──そんなフラグを立ててしまっては折りたくなるのが人の性。ロアの思惑をへし折るように玄関のチャイムが鳴り響いた。
「……今日って依頼、あったっけ」
「あるよ。言ってなかったっけ?」
「な、なんじゃ!? 敵襲か!?」
「──ま、ちょうどいいや。迅鋭!」
初めて聞くチャイムの音を警戒していた迅鋭の肩を叩く。
「仕事よ! フライヤーがどんなものか見せてあげる!」
依頼人を客室まで案内。リビングと違って落ち着いた雰囲気のある客室に依頼人を座らせる。初めて見る西洋の部屋に迅鋭までソワソワしていた。
机の上に出されるお茶とお菓子。お茶はあんまり高くない。お菓子もそこら辺のスーパーで買えるような安いものだ。
しかしそれらを高そうなコップと皿に入れたり、盛り付けたりしているので、海外製のお茶っ葉や数千円もするお菓子のように見えた。
「美味そうじゃ……食べてもいいか?」
「ダメよ。後であげるから我慢して」
「チェ……茶の方は?」
「それもあげるから!」
不貞腐れている迅鋭を無視してロアが会話を始めた。
「ええっと……コホン。本日はどのような依頼で?」
「──父の形見を取り返してほしいんです」
「形見ですか……その時の状況を教えてくれませんか?」
「……つい先日のことです。私の家に黒馬組の奴らが強盗に入ってきて……それで父の形見を」
ロアは思わず「うげ」と声を出してしまう。
「……あれ? 形見だけですか?」
「はい。なぜか父が遺したペンダントだけを持っていったんです」
「へぇ……お父様のお仕事は」
「ジャーナリストでした」
「なるほど……ね」
何か納得した様子のロア。対して迅鋭はもう何がなにやら分からないといった様子だった。
「最後に──もう一度お聞きします。本当に取り返したいんですね」
「父は男手一つで私を育ててきてくれました。そんな父が唯一残した形見がペンダントなんです。どうしても取り返したいんです……!!」
「……分かりました。引き受けましょう」
「うむ……」
先程から黙りこくっていた迅鋭が口を開いた。
「女子よ……」
「は、はい?」
「良き乳をしとるの」
「……は?」
「ちょっ──!!」
迅鋭のみぞおちに見事なフックを叩き込む。
「がふ――なにすんじゃ!? ちょっとした挨拶じゃろうが!!」
「今の時代じゃセクハラになんのよ!! ダメなことなの!! すみません! ほんっとすみません!! このバカ侍にはキツく言っときますんで!!」
「だ、大丈夫ですよ。気にしてませんから」
また不貞腐れている迅鋭とペコペコ頭を下げるロア。そんな二人を見ながら依頼人の女性は苦笑いをしていた。
「さぁて──困ったわねぇ」
ソファでイヴに膝枕をされながらうなだれる。
「なーんか分からん単語が多かったんじゃが。説明してくれんかの?」
「黒馬組っていうのはここら辺を縄張りにしているヤクザでね。麻薬やら人身売買やらに手を染めてる最悪な奴らなの」
「ヤクザ……とは?」
「迅鋭に分かりやすく言うと『博徒』だね」
「博徒かぁ……何人か斬ったことがあるの。つまりその不届き者どもからペンダント? とやらを取り返せばいいんだな」
「それがそう単純にはいかないのよねぇ」
イヴに飴を食べさせてもらいながら話を続ける。
「黒馬組はあくまでも末端なの。だから下手に手を出せば面倒なことになるのよね」
「末端……大元がおるのか?」
「私もよく分かってないけどね。なんかとんでもなくヤバい組織がついてるらしいのよ」
「確かにそれは厄介じゃな。ああいう連中は一人斬れば十は仕返しをしに来るからの」
「分かってるじゃない」
イヴの太ももの上で寝返りを打つ。まるで赤ん坊みたいだ。
「今までヤクザとは関わりを避けてきたからねぇ……一回手を出すと面倒なのよアイツら」
「面倒なのは承知しとるが、博徒くらいなら何人でも斬り伏せればよいじゃろう。何を悩んでおる?」
「昔みたいにいかないの。迅鋭の思ってる何百倍は厄介な存在になってるはずよ」
「じゃったら辞めるのか?依頼を拒否するか?」
「──そんなわけない」
ムクっと起き上がる。
「唯一の形見をヤクザなんかに奪われるのは可哀想すぎる」
「ならやるべきことは一つじゃな。ヤクザをぶっ潰しに行こうぞ」
「そんな物騒なことはしないわよ。もっと穏便で優しいやり方をするのよ」