第67話『天職』
──次の日。迅鋭はまた気分転換に散歩をしていた。
「酷い目にあった……もうパンは見たくない……」
あれもダメ。これもダメ。できる仕事があるのだろうか。これでは自信がなくなってしまう。もうだいぶ無くなってるが。
「うぅ、やはりダメか。儂はダメな老人か。このままお荷物になって老いていくのか……せっかく若い体になったのに……」
妙に生々しい妄想をしながら街中を歩く。すれ違う人々はみんな忙しそうだ。暇なのは迅鋭だけ。それがなんとも居心地が悪くなる。
「どうしようか……」
メソメソしている迅鋭を哀れに思ってか。それともただの気まぐれか。はたまたイタズラか。
ともかく──この散歩によって、迅鋭の天職が見つかることとなる。
建物と建物の間。もう朝だというのに薄暗く、雲ひとつない快晴だというのにジメッとしてるような。
そんな路地裏の奥から。重たくて鈍い音がしてきた。それも複数。これは只事じゃない。
「……ほほう」
ちょうどストレスが溜まっていたところだ。人助けも兼ねれば誰も文句なんて言わないだろう。そんな邪な思いで迅鋭は路地裏へと入っていった。
──予想通り。人目につかない場所で、悪いことが行われていたようだ。
「調子に乗るなオラァ!!」
「この前はよくもやってくれたなぁ!」
「ぐっ……!」
うずくまる男の周りに四人。抵抗の意志を示してないのをいいことに、容赦なくストンピングやサッカーボールキックが放たれる。
こんなリンチの現場。普通の日本人なら無視するだろう。それか警察を呼ぶか。
──だがここにいるのは普通の日本人ではなく。昔を生きた侍である。仕事が決まらなくてムシャクシャもしている。
「──おいこらクソガキども。やめんか、寄ってたかって一人をいじめるなど。恥と思え」
「あぁ……!?」
ギロッとどす黒い感情の目が迅鋭にロックオンする。
「んだテメェ……」
「なんでわざわざこっち来たんだアァ!?」
「無視してれば何事も無かったのによォ」
相手は四人。そのうち二人は長物持ち。対してこちらは素手──何も問題はない。
「お、俺のことはいいですから、逃げてください!」
「……だ、そうだ。どうする? このまま逃げるなら見逃してやっても──」
──ポン、と。軽く相手の鼻先に裏拳を当てる。
「──」
してやったり。──なんて思ってやがるのだろう。男の激情に点火されるのに、そう時間はかからなかった。
男の右ストレート。格闘経験なんてない。見え見えの大ぶりを躱し──手首を掴んでひっくり返す。
体はダイナミックに回転。地面に背中から倒れる。見上げる顔面をついでに踏みつけた。
「なっ……てめぇ!!」
「ぶっ殺してやるよ!!」
方やバット。方や鉄パイプ。これで抵抗していない男を殴ろうとしていたのか。──最高だ。躊躇する理由も無くなった。
上から振り下ろされるバットの根元を掴んで引っ張り回す。力と合気によって回転させられた体は、もう一人の男が振り回してきた鉄パイプと衝突。
地面に落とし、怯んだもう一人の男の足を払いながら首を掴んで──地面へと叩き落とした。
「かっっ……!?」
残るは一人……だが。どうやら戦意喪失してしまったようだ。
「ひっ、ごめ、ごめんなさいぃ!」
失禁しながら走り去っていく。追いかけてもいいが、そんなことをするほど悪趣味でもない。
そんなわけで完全勝利。スーツを着ていようが、喧嘩もまともにしたことが無い人間が相手なら余裕で勝てる。
「『先の点』もちゃんと機能してくれたし、もう問題ないじゃろう」
肉体としても完璧。技だって全部思い出して自由に使えるようになった。
全盛期の肉体。
全盛期の精神。
全盛期の技術。
ここまで揃ってしまえば生前よりも強いと声を大にして言える。
「まぁ油断はできんがの。スーツ……着てみたかったのう」
倒れている男たちを端に寄せていた時──キラキラとした視線がこちらに向けられていることに気がついた。
襲われていた男だ。服は汚れているが、体に傷はほとんどない。本当にいいタイミングで来れたようだ。
「忘れとったわ。無事か?」
……反応なし。怖かったのだろうか。とりあえず服の汚れを落としてあげる。その姿はまるで父親のようだ。
「傷は……問題なさそうじゃな。目は見えとるか? 頭を蹴られてはおらんか?」
……また反応なし。もしかして迅鋭が来る前に頭にダメージを受けたのか。
毎日の散歩のおかげで、ここらへんの地図は頭の中に入っている。病院までは徒歩二分程度。背負っていける距離だ。
「まずいの……病院に連れて行くか──」
「──先生!」
──突然。迅鋭の手を握ってブンブンと振り回す。
「──先生になっていただけませんでしょうか!?」
「………………は?」
──三日後。ロアとイヴはとある場所へとやってきていた。
「迅鋭が『バイト見つけた』って騒いでたから来てみたら……」
「ここって……」
……警団署、であった。二〇二五年風にいうならば、警察署である。その敷地内にある体育館のような建物の中に迅鋭がいるらしい。
フライヤーははっきり言って悪いことをしている。悪人相手がほとんどとはいえ、この前のハクの屋敷だって不法侵入したうえ、備品を壊しまくった。
マークこそされてはいないが、いつ摘発されてもおかしくは無い。警団連にはかなり注意しなければならない……のだが。
「あいつ……もしかして警団になったとか?」
「そんなわけないでしょう。警団連って超エリートが成るやつよ? 物知らずの迅鋭が間違っても成れるような職業じゃないわ」
言い方が少しキツイかもだが、事実だ。国家公務員というのもあり、警団連になるには相応の努力と時間が必要になる。
時間をかければ迅鋭でもできるだろうが──まずバイトではないし、今の迅鋭じゃできないはず。
ならどうやって。なんの仕事を──それらを確かめるために。二人はこうやって来たのだ。
建物に入ると、早速出迎えがやってきた。──昨日、迅鋭が助けた男だ。
「──ロアさんとイヴさんですか?」
「は、はいそうです」
「どうもどうも! 先生からお話は聞いてます!」
「俺、ダイマっていいます! 昨日は先生にお世話になっちゃって。へへ、面目ない」
気のいい好青年だった。髪は赤色。体はなかなかゴツイが、顔は童顔で若く見える。目もキラキラしており、基準の高いロアから見ても『イケメン』と感じ取った。
「あの……迅鋭はなにを……?」
「この前プライベートで捕まえた不良が逆襲してきてですね。不意打ちで頭をやられちゃって。抵抗できずにボコボコにされちゃう──って時に颯爽と現れてくれたのが先生なんです!」
「あの時の先生はすっごいかっこよくて……俺がこうやって倒れているところにシュバっとやってきてですね──」
その時の状況を全身を使ってダイナミックに説明してくれる。見た目通りの明るい性格。正直、ちょっと暑苦しすぎて二人は引いていた。
「──もうほんとにかっこよくて! それに強かった! あの人に武術を習えば、もっと悪い奴らを捕まえれるんじゃないかと思いましてね!」
「それで迅鋭をスカウトしたと?」
「はい! 外部コーチとして引き入れさせてもらいました!」
秩序を守る警団連がそんなガバガバな雇い方で大丈夫なのか。この国の将来が心配になってきた。
……ともあれ。迅鋭は職を手に入れたようで。どんなことをしているのか、フライヤーの社長として、それをロアは知っておく必要がある。
「ちょうど教えてる最中ですし、見ていきますか?」
「そのために来ましたから」
広い道場に男のむさ苦しい匂いと声が充満している。適度な柔らかさの地面は脚の負担を軽くしてくれた。
「ほら声を出すんじゃ声を……小さい! もっと大きい声で!」
「腰を使うんじゃ腰を。腕だけで人は倒せんぞ」
「こうやってだな。体の流れを読むイメージでやればやりやすいぞ」
「ほれほれ、もうへばったのか? 五十回だから頑張るんじゃ」
何人もの道着を着た男たち。投げて、投げられての組手に茶々を入れるかのように。迅鋭はアドバイスをしていた。
時には自分で動いて技を教える。やはり元は剣術道場の師範代をしていたからか、教えるのはかなり上手い。初心者のロアでもみるみる教えられている男の動きが良くなるのを感じた。
それと──道場の雰囲気はかなり良かった。こういう場所は殺伐としているかと思ったが、そんなことはない。
明るく楽しく。それでいて真剣に。迅鋭の軽口にも笑いながら返す。そんな暖かい場所だった。
「まだ三日目ですが、迅鋭さんのおかげでかなりレベルが上がっているのを感じるんです」
「……迅鋭も生き生きしてるわね」
「楽しそうに教えてくれて、こちらとしても嬉しい限りですよ」
その顔には『やりがい』を感じられ。その顔には『楽しさ』を感じられる。
「……ふふ」
ロアに気がついて手を振る迅鋭は子供のようで。笑顔になりながら、ロアも手を振り返すのだった──。
第3章幕間完結!細かいツッコミは無しでお願いします。
さて次は第4章!こっからです!ソウルイリュージョンはこっからが本番です!ぶっちゃけ今までのは、ほとんどプロローグみたいなもんです!一気にスケールも大きくなりますよ!
次の話はヴォッシュとカレンがメイン!二人の過去が明かされるかも……?




