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第65話『ネオタピオカの罠』

「──ということじゃ。ここで働かせてくれぬか?」


「これまた唐突ですねぇ」


 てなわけで。まず最初にやってきたのはネオタピオカ屋『メトロノーム』だ。

 前にロアとデートで来た場所。一人でもちょくちょくと来ており、店長のニャモとも交流を深めていた。


「ロアさんに相談したらどうですかぁ?」


「ロア殿には秘密にしたいんじゃ。『サプライズ』とやらにしようと思って」


「ははぁ、いい考えですねぇ」


 正直お金を稼ぐだけなら今の迅鋭でも簡単だ。ブラッドバトルに参加して適当に戦えば両手でも持ちきれないほどの札束を手に入れることはできる。

 しかしロアからは『危ないことは禁止!』と釘を刺されてある。禁を破ればまた説教……思い出すだけで迅鋭はブルった。


「迅鋭さんは顔がいいですしぃ。やってみるのもありかもしれませんねぇ」


「い、いいのか!?」


「まぁ本チャンで採用するかは置いといてぇ、一回お試しでやってみますかぁ?」


「是非もない! 必ずや役に立とう!」


「いい心構えですぅ」


 初めてのバイト。お試しではあるが、まずは第一歩を進めることができた。ここでお金を稼いでロアへの恩返しをする。──というのもあるが、初めてのバイトが楽しみというのも大きい様子だ。




「じゃまずは、接客から始めましょうぅ。迅鋭さんは接客をしたこととかありますぅ?」


「接客かぁ……目上の人に対してならあるぞ」


「つまり初めてってことですねぇ」


 予備のエプロンをもらい、カウンターへと立つ迅鋭。見える景色がいつもと違ってなんだか緊張する。


「とりあえず『いらっしゃいませ』と『ご注文はいかがなさいますか?』を覚えていたらいいよですぉ。あとは、お客様の注文を私に言ってみてくださぁい」


「わ、わかった」


 ──なんてしてる間にお客様第一号がやってきた。近くにある学校の制服を着た女子高生が二人。見た目がギャルっぽくて迅鋭の緊張が強まった。



「えっと……なんじゃったっけ」


「いらっしゃいませ、ですよぉ」


「そうじゃった──いらっしゃいませ」


「わぁ! ニャモちゃんアルバイト雇ったの?」


「すっごぉい! 超イケメンじゃん!」


 迅鋭の緊張とは裏腹に、女子高生2人はイケメンを見てテンションが爆上がりしているようだ。


「写真撮っていい!?」


「いいですか!?」


「いいよぉ。その代わり、店の宣伝してねぇ」


「お安い御用ですよぉ! ささ、お兄さん近づいて!」


「は、はぁ……?」


 手馴れた手つきで写真を一枚二枚三枚。二人に合わせるかのようにぎこちないVを指で作る。

 不満に思われたか──なんて考えは杞憂。むしろ初々しい感じが二人にすごく刺さったようだ。


「あーんもう! 家宝にします!」


「さ、されても困るのじゃが……」


「あぁんもうイケメン! ニャモちゃん! この人をお持ち帰りで!」


「だめだよぉ。この人は私のモノだからねぇ」


「いけずー!」


 可愛い女の子たちに取り合われる。男の子なら誰でも夢に見そうな状況だが、迅鋭は──『悪くないな』とニヤニヤしていた。


「両手に花……か」


「キャー! 花だって! 花だよ私たち!」


「受粉しちゃーう♡」


「「──とまぁここまでにしておいて」」


 急にピタリとピンクの声が止んだ。あまりにも急すぎて交通事故にでも会ったかのような感覚に陥る。


「冷静になるのが早いの……」


「私たちはネオタピ食べに来たからねー」


「それに私たちばっかり話してたらお店の迷惑になるかもだし? まぁ人全然いないけど」


「平日の昼間だからねぇ。今日は午前授業?」


「そう! 午後は休みなの!」


「だからタピりにきたのー!」


 後ろからキラキラのエフェクトが出てきたような……気がする。若々しさが眩しくて目が火傷しそうだ。


「じゃあ……ご注文をどうぞ?」


「はーい。私は『トロピカルビーチレモネード』!」


「私は『ソルトスプラッシュエメラルド』!」


「………………?」


 ──分からない。何を言っているのかが分からない。

 まるで聞いたこともないような単語の羅列が迅鋭の頭に命中。ものの見事に脳の回線をショートさせてきた。


「……なんて?」


「だから『トロピカルビーチレモネード』だよ!」


「『ソルトスプラッシュエメラルド』ね。あ、砂糖は多めで」


「……ふぇあ?」


 二度言われても分からない。違う国の言葉を喋っているのか。それとも自分の脳がおかしくなったのか。迅鋭ではそれを知る方法がない。


「えー、えー、え……トロ……トロ、なんじゃ?」


「『トロピカルビーチレモネード』」


「トロ……ピカル……トロ……ピ──抹茶じゃな」


「まてまて」


 一気にめんどくさくなったようだ。さっきまではチヤホヤしていた女子高生も低い声で抗議する。


「『トロピカルビーチレモネード』だよ! 誰も抹茶なんて頼んでないから!」


「トロピカル……あぁ面倒じゃの。なにをトロトロさせとるんじゃ」


「トロトロはさせてないし、してない!」


 これまた可愛くブンブンと手を振って抗議。


「そっちはなんじゃったっけ?」


「『ソルトスプラッシュエメラルド』だよー」


「ソルト……スプ……シュ──店長。抹茶二つだそうじゃ」


「かしこまりましたぁ」


「「待て待て待て!」」



 悪ふざけも程々に。次はメインイベント。調理の工程だ。

 と言っても大したことはしない。客の要望に合わせてボタンを押すだけ。こっちの方が簡単そうだ。


「じゃあ『トロピカルビーチレモネード』だねぇ。パイナップルとバナナとマンゴーのボタンを押してねぇ」


「了解したのじゃ」


 ボタンの上にはちゃんと文字が記載されてる。これなら間違える心配もないはずだ。


「まずはパイナップル……」


 ボタンをポチッとな。


「あ、ネオタピ入れるの忘れてたぁ」


「後からは入れられないのか?」


「後から入れると表面に浮いちゃうんですよぉ。見栄え悪くなりますぅ」


「大事なのは気持ちじゃ。見栄えが多少悪くとも、気持ちが込められていれば許してくれるぞ」


「さすが迅鋭さぁん。その作戦で行きましょうぅ」


「ねぇそういうの裏でやってくれないかな!?」


 女子高生のさらなる抗議もひとまずは無視。そこら辺の床に置いておいて──なんてしてる間にパイナップルジュースがプラスチックコップに並々と注がれていた。

 『トロピカルビーチレモネード』はパイナップル、バナナ、マンゴー、砂糖、レモネードを適切な比率に注いで混ぜて作るジュースだ。

 ということは──これは失敗。ただのパイナップルジュースになってしまった。


「あー。これじゃあ失敗だねぇ」


「砂糖を多めに混ぜたらどうじゃ?」


「いいねぇ。迅鋭さん頭いいぃ」


「良くないから!? 堂々と法律破っちゃダメでしょ!?」


 次に押したのはネオタピオカのボタン。蛇のような管から嘔吐するようにタピオカが排出される。外から見る分にはいいが……こうやって近くで見てみると食欲が減衰する。ニャモが仕事中にお腹が空かない理由が分かった。

 表面の黄色い波に黒い斑点が浮かび上がる。あとは上に半円のカップをつけ、ストローを刺せば──完成だ。


「トロ……トロトロジュースじゃ」


「『トロ』しか合ってないんだけど!?」


 さぁさぁ次だ。半泣きで受け取る女子高生を横目に。『ソルトスプラッシュエメラルド』へと手をつける。


「材料はなんじゃ?」


「メロンと紅茶、あとは塩だね」


「おー簡単じゃ。これなら失敗せん」


「よ、よくそんな自信が湧いてくるね」


 最初はタピオカ。これはもう学んだ。一度した失敗はしないのが幻水家の流儀。幻水迅鋭に失敗はない。

 トポトポと排出させて次は塩。近くにボタンがあったので迷わずに押した。


「あ、塩の近くに緊急ボタンがあるから気おつけてねぇ」


「なんじゃそれ?」


「タピオカが管に詰まった時に逆流させるためのものだよぉ。何も無い時に押しちゃったらタピオカがボーン! ってなるからねぇ」


「へぇ。ちなみに、どんなボタンじゃ?」


「今迅鋭さんが押してるようなやつぅ」


「そりゃ大変じゃなぁ」

「……へ?」


 ──時すでに遅し。仰天する女子高生二人と。変わらずのほほんとしているニャモ。状況が読み込めていなさそうな迅鋭。

 彼らの上からタピオカの雨が降ってくるまでの三秒間。何度も命の奪い合いをしてきた迅鋭であったが、これほど長い三秒間は今までになかった──と後に語った。

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