第64話『脱ニート大作戦!』
第3章の幕間です。実はほとんどニート状態の迅鋭君。彼は仕事を探せるのでしょうか
青い空。白い雲。眩い光。外はこんなにもいい天気。散歩をすれば気分は晴れやか。心も晴れやか。情報量の多い景色も一ヶ月以上経てば流石に慣れてくる。
「娑婆の空気は美味いのぉ」
祝賀会から一週間。傷も完璧に癒え、元のナイスフェイスが傷一つなく戻っている。
治るまでは絶対安静だったので外に出るのは久しぶりだ。なので気分転換がてら、迅鋭は散歩へと出かけていた。
「あ、迅鋭さん。おはようございます」
「おはよう。いい天気じゃな」
ちょうど橋の上に差しかかり、少し濁った川を見ていた時。迅鋭は後ろから声をかけられた。
「カティ……じゃったか?」
「名前覚えててくれたんですか!? 嬉しいです! お礼に電気でも食べに行きません?」
「ロア殿に昼飯の連絡もしてないんでな。せっかくじゃが遠慮させてもらう」
「えー残念ですぅ」
──長く伸びた桃色の髪。しっとりプルツヤ肌。海のような青い瞳。背丈は迅鋭と同じくらい。ふっくらとした胸に、人間のものとしか思えない脚。
どれをとっても人間。なのだが──目の前のカティという女は人間じゃない。
『人の心がない』『人間離れした身体能力』『獣みたいな食生活』とかそんなんじゃなく、文字そのままである。
人口独立生命体。自分の意思で動き、自分の思うように動き、自分がやろうとしたことをする。まさに生命体のような機械。それがアンドロイドだ。
「いつ見ても人間としか思えんのぉ……」
「ほとんど人間ですよ。体の構造が違うことと、エッチなことができないだけで」
そうは言いつつも胸を寄せあげアピールする。肌の質感も人間のソレと同じ。ならば胸の感触も同じだ。
「触ってもいいですよ?」
「興味はあるがやめておこう。確か『セクハラ』と言うんじゃろ? カレンから習っとるぞ」
「意外と堅牢。これは壊し甲斐がありますね」
ちなみに。アンドロイドにも一応の人権はある。セクハラをすればとっ捕まるし、殴れば最悪の場合は刑務所にぶち込まれる。
そのことを迅鋭は知らない。知らなくてもやらない。だからカティは迅鋭のことを気に入っていたのだ。
「お身体の方は? この前お会いした時は包帯をぐるぐる巻きにされていたようですが」
「このとおり。後遺症もなく復活じゃ」
手すりに登って回復宣言。バランス感覚には自信がある。──とはいえ。傍から見れば危険なことには変わりなく。カティに言われてすぐに地面へと降りた。
「どこでそんな傷を? やっぱりフライヤーの仕事ですか?」
「……そんなところじゃ」
間違ってはいない。フライヤーとしてのではなく、フライヤーの従業員としての仕事ではあった。だから間違ってはいない。
「名誉の負傷というやつじゃ。傷は治ったが、名誉の部分は消えておらん」
「チャンピオンの名誉、ですか?」
「……知っておったのか。人が悪いぞ」
「私の場合は機械が悪い、ですよ」
上手いことを言った、と言わんばかりに胸を張るカティを迅鋭はジト目で見つめた。
「もう有名も有名ですよ。隠された地下にある賭博場。そこで行われているとされている金をかけたタイマン勝負。長年君臨していたチャンピオンは一人の男によって倒された!! ……なんて」
「あの賭博場は有名なのか? ヴォッシュは『知る人ぞ知る』的な感じで言っとったが」
「仕事の関係上、そういうのがよく耳に入ってくるんですよ」
──そう言って。黒い影のようなものを顔に纏わせながらニヤリと笑った。
「仕事の……関係上……!?」
「ちょちょちょいっとね。草を売るんですよ。みんなが笑顔になるような草をね……へへへ」
「──お主の仕事場は八百屋じゃろ」
「あれ? 知ってました? 人が悪いなぁ」
──まぁそんな悪い仕事をしてる訳もなく。カティは普段八百屋を営んでいる。言わなくても分かるとは思うが、『草』は普通の野菜のことだ。
「実際のところ、盗み聞きしただけですよ。この街に似つかわしくない高そうなスーツを着た男二人組が歩いてましてね。遠隔聴音機能を使って盗聴……に近いことをしてました」
「それ良くないことなんじゃないか?」
「誰だって悪いことの一つや二つくらいはしますよ。迅鋭さんも悪いこと、ちょっとくらいはしてるでしょ?」
カティに迫られ──嫌な過去を思い出す。
「……否定はせん」
記憶を離すかのように、カティの顔をグイッと押しのけた。
「そういえば、お主はなんでここに? 八百屋の仕事はどうした?」
「定休日ですよ。アンドロイドだって休みが欲しいんですー」
「機械も疲れたりするのか?」
「疲れ? そんなものありませんよ。アンドロイドは人間の上位互換をコンセプトに作られたんです。人間が持つ欠点なんてあるわけないじゃないですか」
「ほう、欠点と言い切るか。『疲れる』というのも悪いものではないぞ?」
「例えば?」
「疲れるからこそ、寝る時が気持ちいい」
「アンドロイドは寝ませんからねー」
「疲れると飯が美味い」
「食料は必要ありません」
「疲れるとは成長している証拠じゃ」
「その理屈だと、疲れないアンドロイドは最初から完成された存在になりますよ?」
可愛い顔して腹が立つほど口が早い。迅鋭の言葉が終える頃には、既に反論の文章ができあがっている。
「ふっふっふ。やはりアンドロイドは人間の上位種。劣化版の人間は不要! これは人間VSアンドロイドの戦争待ったなしですね」
「人参とかネギとかを振り回して戦うのか?」
「私は攻撃力重視。パワータイプの大根でいかせてもらいます」
「じゃあ儂は刀で抵抗する」
「あ、それずるい! ……って、なんの話しでしたっけ?」
「定休日の話じゃ」
「そうだったそうだった」
機械相手に口喧嘩は勝てないな。そんなことを考えながら次の話題へと移行する。
「今日は月に一度のメンテナンスでして。電気効率も悪くなってきたし、ちょうどいいので回路を直してもらおうかと」
「ほほぅ……メンテナンスか。そこいらは人間とあまり変わらんのう」
「む。またディスカッションしますか? 戦いじゃ勝てませんが、口喧嘩なら最強の自負がありますよ」
「やめておこう。勝てない勝負はしないに限る」
不戦勝でカティの勝利。有名人に勝利したからか、嬉しそうに顔を緩めた。こう見ると本当に機械なのか疑問に思う。
「そーいう迅鋭さんは何をしてるんですか?」
「散歩じゃ。傷も治ったし。いい天気じゃし」
「ふーん……平日の昼間から散歩か……」
……なんだか視線が痛い。あと言い回しに悪意を感じる。否定はできないが。
「いいご身分ですねぇ……」
「……フ、フライヤーの仕事もしとるし」
「だけどロアさんやヴォッシュさん、カレンちゃんでさえも仕事してるんですよ? 一応の年長者がフラフラとしてていいんですか?」
ごもっとも。反論しようにも言葉が出てこない。
維新志士として人を斬り、明治になれば道場で剣を教える。迅鋭はそれで金を貰って生活をしていた。なので働いたことがない、というと嘘になる。
だがここは未来だ。昔とは価値観が違うのはこの一ヶ月で嫌になるほど学んだ。そんな場所で働け、というのは酷な話と言えるだろう。
「ロアさん言ってましたよ? 養う人が一人増えて大変だ……って」
「うっ……」
「働きに出かけるロアさんとヴォッシュさんを見てなにか思うところはなかったんですかぁ……?」
「ぐぅ……」
見ようによっては、命をかけて争っている時よりもダメージを受けている様子だった。
「確かに……そうじゃな」
──フライヤーにはお世話になっている。命を助けてもらい、あまつさえ住む場所まで提供してくれた。
だと言うのに、まだ一向に恩返しができていない。──じゃあこの時、このタイミングがチャンスなのではないか。
「決めたぞ──!!」
割とフライヤーのために働いている自覚がない迅鋭はこの場にて決心した。
「──儂、働く!!」
──半ニートからの脱却。そう宣言する迅鋭を手を叩きながら応援するカティなのであった。




