第63話『復讐は初恋のように』
「──ってことだ。朝に下降りてきてびっくりしたぞ。迅鋭はぐったりと倒れてて、イヴは半泣きでケツを押さえてて。おっもしろかったよ」
『──あっははははは!!』
ブラッドバトルでの戦いから一週間。フライヤーの面々はアンの家で予定通り、祝賀会を開いていた。
朝から始まったパーティは夜まで続き。飯は食べるわ、ゲームはするわでドッタンバッタン大騒ぎ。大人たちは酔っ払い、子供二人は羽目を外している大人を介護している。
実に楽しそうだ。迅鋭も珍しくはしゃいでおり、ワインの瓶を一気飲みしてぶっ倒れていた。
『戦の母には勝てても、実際のママには勝てなかったってことか!』
「そーいうこった」
さて。意外と酒が強いヴォッシュ。彼はバルコニーで一人涼んでいた。
中ではまだ迅鋭やロアたちが騒ぎ、その後始末をなんだかんだ楽しそうにやっているイヴとコアンがいる。
その姿を嬉しそうな目で見ながら話をしている相手は──ネズだ。
『──しっかし、お前には本当に感謝してるよ。お前が送ってきてくれた迅鋭のおかげで最高の試合を見ることができた』
「イヴは困り、お前も困ってた。俺は二人が最高にいい気分になる選択を取っただけだ」
『迅鋭は乗り気じゃなかったっぽいけど?』
「あいつは人権がないからな。色んな意味で」
『ははは! やっぱり面白いわ!』
比喩での人権がない。過去から来た人間なので割とマジで人権がない。この二つを掛けたブラックジョーク。……やっぱりヴォッシュも酔ってるのかも。
「そんなに迅鋭が良かったか?」
『あいつは最高だ! 裏なんかじゃなく、もっとビックになる! むしろ今まで名前すら聞いたことがないのにビックリだ!』
「『ビック』と『ビック、リ』をかけてんのか?」
『よく気がついたな!』
「うるせ」
電話の奥でもテンションが高い。ネズもお酒を飲んでるのだろうか。
「そんなに迅鋭が好きならパーティに来たら良かったのに。お前だって誘われただろう?」
『誘われたさ。俺も行きたかったよ。──だが俺の仕事に休みはないんだ。それにチャンピオンが変わったからか、ここ最近は試合の数が多くなってる。俺が捌かなくて誰が仕事をやるってんだよ』
気合いが入ってる。言葉の強さでそれが分かった。そしてネズはネズなりに誇りを持っていることも。
「せいぜい体は壊すなよ」
『そっちこそな。また一緒にギャンブルでもしようぜ』
「金は貸さねぇぞ」
『こっちのセリフだ。もう帰りのバス代をせびるのも勘弁してくれよ』
「俺が勝ったら考えといてやる」
軽口の応酬。昔からの顔なじみならではの会話だ。ヴォッシュも楽しそうに。ネズも名残惜しそうに。電話を切る──。
──のはまだ早い。というよりヴォッシュの目的はネズとの会話ではない。もちろんそっちも楽しみにしていたが、ヴォッシュにとってはもっと重要なことがある。
「ふぅ──じゃあ本題に移ろうか」
『……オーケーだ』
さっきとは打って変わって、真剣な目に。人を殺すような覚悟をしたような目へと変わる。
『お前は俺に『迅鋭』って言うプレゼントをくれたからな。俺もそれなりのプレゼントを持ってきたぜ』
「ならさっさと答えてくれ」
『せっかちだな。俺とお前の仲じゃないか。……まぁそうだな。焦らすのはこれくらいにしておいてやる』
イライラし始めてきたのか。貧乏ゆすりをし出す。音が電話の奥からでも聞こえてきたのか、ネズはプレゼントを開けた。
『──エンテイがこの街にやってきている』
ネズの言葉を聞いた瞬間。ヴォッシュは血が滲み出るほど拳を握りしめた。
「根拠は」
『まず碧愛会の奴らが頻繁にグランドフィナーレを出入りし始めた。ほんで仲のいい奴に話を聞いてみたら──ドンピシャ。エンテイがこっちに来てるとさ』
「……ふぅ」
普通では考えられないほど目を血走らせ、歯を噛み締める。
「エンテイ……!!」
相当の恨みがあるようで。その理由までも知っているネズは淡々と情報を告げていく。
『理由は不明。目的も不明。だがこの街にいることは確実だ』
「どこにいる」
『悪いがそこまでは分からん。ラジアーナ通りらへんってのは調べが着いてるんだが。俺の情報網でも引っかからないのは流石ってところだな』
「ちっ……!」
舌打ちをして手すりをぶん殴る。重たい音と振動で手首に痛みが走るが……ヴォッシュはそんなことどうでもいいようだ。
『調べてやったのにその言い草はないだろ』
「あ、す、すまん……」
勢い任せの行動だったようで、ネズの悪態を聞いてすぐに頭が冷める。
『……いいさ。そうなるのも仕方ない。だってエンテイはお前ら兄妹の……仇だからな』
「──あぁ」
──頭に蘇るのは忌まわしき過去の光景。
壊れきった施設の跡地でまだ幼いカレンを守るかのように抱きしめていた。土砂降りの雨の中。目の前には──まだ若い女性と白髪の混じった老人だった。
女性は二人の前に立ち塞がるように。血塗れでボロボロの姿になっても二人を守ろうとしていた。
そんな女性を嘲り笑いながら──老人は無慈悲にも女性を袈裟斬りにする。
「憎め。俺を憎め。そして俺に刃を突き立ててみろ。──その刃をへし折ってやる。それが俺の楽しみなんだ」
このことはニュースにもなり、連日事件の報道をされた──のだが、圧力でもかけられたのか、その事件に『エンテイ』という名前は一文字も出ることはなく。事件は『母親の乱心』として幕を閉じることとなる。
身寄りの無くなったロフト兄妹は施設へと預けられ『両親を失った可哀想な子』として育てられていった──。
──もう何も出来ない子供じゃない。あの時の復讐のために。ヴォッシュもカレンも行動してきた。
「あれから母さんは『夫を殺した犯罪者』と蔑まれるようになった。……本当に殺したのはあの男だって言うのに……くそっ!!」
『もう十六年も前のことか……時が経つのは早いな』
「この十六年間。あの男の顔は一瞬たりとも忘れたことはない」
カレンのパソコン技術も。ヴォッシュの機械技術も。──全てはエンテイを殺害するために会得したものだ。
「全部は復讐のため。そのために俺は……生きてきた」
『そうか……そうだよな』
「アイツは絶対に殺す。母の汚名を晴らすためにも」
──強い風が吹いた。向かい風だ。まるでこれからの未来を暗示しているかのような。
『……一つ聞かせてくれ』
「なんだ?」
『迅鋭を寄越してくれたのは感謝してる。だから深入りもしないし、これ以上は聞かない』
「……」
『──お前、迅鋭が死んでたらどうするつもりだったんだ?』
……今日は肌寒い。布団を被らないと寒くて風邪を引きそうだ。
『イヴって子はある程度は危険な目に会わないようにしてやったが……迅鋭だってお前らの仲間だろう?』
「あぁ。一ヶ月ほど前に入った日の浅い仲間だ」
『……だからか』
「いや、それもちょっとはあるが、アイツはイヴとロアを助けてくれた命の恩人だ。そこには感謝してるし、ちゃんと信頼してる」
『じゃあなんで──』
──ヴォッシュは窓ガラスの奥、アビドスと肩を組んで酒を浴びるように飲んでいる迅鋭を見ながら──笑った。
「『戦の母』にも勝てないような奴じゃ、エンテイを殺せるわけがないからな」
長かった第3章もこれで終わり。見てくれて本当にありがとうございました!
次は第3章幕間!迅鋭がとあることに挑戦するのかも……?




