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第62話『人生そう上手くはいかないよね』

「──って作戦ね。分かった?」


 ──戦いも終わり、金勘定も終わり。二人は真っ暗になった夜道を歩いて帰っていた。


 迅鋭は余すとこなく包帯だらけ。右目に左頬、それと頭。体もミイラのようにぐるぐる巻きだ。特に酷いのは脚。歩いて帰れることすら奇跡な状態だ。

 イヴはそれよりマシとはいえ、十分すぎるほど酷い格好だ。打撃痕を隠す包帯は負けず劣らず多い。小柄な体格も相まって、虐待でも受けたのかと思うほどだ。それかメンヘラ。


 そんな状態とはいえ、本来の目的のお金は大事だったようで。イヴは嬉しそうに手に持った袋を振り回している。

 手に入れた賞金は透明のビニール袋の中。その金額はざっと――百万。命を懸けたにしては少なすぎる金額だが、イヴにとっては目が眩むほどの大金だ。

 映画の入場料は高校生で二千円。パンフレットやグッズを諸々買ったとしても九十万以上は残るはず。


「えっと……『友達の家から帰ってる途中にお婆さんが事故に会いそうだったので助け、そのお婆さんがたまたま振り込み詐欺に引っかかってたから、その大元のヤクザ事務所を潰してた』と。……これほんとに大丈夫かの」


「なに。文句ある?」


「ないですよっと。まったく、さっきの可愛げのあった心配はどこへ行ったんじゃ」


 現時刻は夜中の三時ほど。──普通に門限を過ぎている。保護者同伴とはいえ、高校生が間違っても出歩いてはいけないような時間だ。

 朝になったらロアが起こるだろう。確認しているのは、そのための言い訳だ。


「でもバカ侍。ほとんどバカ侍の手柄なのに、貰ってもいいの?」


「バカバカ言うな。儂は元々乗り気じゃなかったからの。持っててもしょうがないし」


「ふぅん……」


 そう言うとイヴは袋の中から十万円ほど取り出して迅鋭の前に差し出した。


「……なんじゃ」


「……迷惑かけたお礼。恥知らずなことはするな、ってロアから言われてるし」


「ほうほう……やっぱり素直な方が可愛げがあるぞ」


 ニヤニヤと見つめてくる迅鋭に腹を立てたイヴ。


「──やっぱりあげない」


 顔を赤くして怒ったイヴはお金を仕舞おうとする──前に迅鋭が掠めとった。


「まぁ? お主が珍しく素直になったからのぉ。儂も素直に貰うとするかのぉ!」


「こ、こら! 要らないって言ったじゃん!」


御礼(おれい)は別腹じゃ~」


「返せー!」


 真っ暗になった夜道。とはいえ街中はホログラムや月の光でそこそこ明るい。帰り道も分かりやすく。明るけりゃ犯罪だって起こりにくい。

 起こったとしても、この二人ならばなんら問題ないだろう。


 光の赴くまま。二人は静かな夜道を騒ぎながら帰っていくのだった──。




 ──そんな夜道とは打って変わって。窓から自宅へ侵入する時の二人は忍者やスパイさながらの静かさだった。

 袋も抱え込んで音を鳴らさないようにし。靴を脱いで靴下のまま床へと降りる。とにかく音を減らすのだ。


 場所はリビング。真っ暗な部屋には人がいる気配もしない。ロアたちは眠っているのだろう。


「──」


 確認した先方のイヴに続いて迅鋭も侵入。音を出さないように窓を閉める。


「寝てる……みたいじゃな」


「なーんだ。こんな緊張しなくてもよかったね」


 気が緩んだイヴは久しぶりのソファに腰かけた。


「お風呂入りたい……」


「今日は我慢せい。というより包帯のまま入っちゃダメじゃろ」


「汗流すくらいはよくない?」


「好きにせい。儂は疲れたから寝る」


 手をヒラヒラとさせて寝室へと行こうとする迅鋭。


「しっかしロアもチョロいなぁ。これならこっそり外出てもバレないんじゃ……」


「お前……小娘が夜遊びをするのは感心せんぞ」


「冗談だよ。じょーだん。それじゃおやすみ──」


「──冗談にしては笑えないわね。イヴ」






 ……。蛇に睨まれた蛙のように。二人はその場、その形で固まってしまった。

 キッチンの奥。暗闇の中からニュルりと出てきたのは──なんとまさかのロア(ママ)であった。


「こんばんは。夜遊びは楽しかった?」


「違うのロア。迅鋭がどーしても夜まで遊びたいって言うから──」


「はっや!? 待て待て作戦はどうした!? 秒で売るほど絶望的な状況じゃなかったじゃろ!?」


「ごめんつい……」


「ふっざけるな!? ロア殿! 儂は行きたくなかったんじゃが、こやつが無理やり──」


「──二人とも」


「「はい!!」」


 喧嘩していた二人もロアの優しい怒りに一瞬で仲直り。即座にロアの前へ正座する。


「それで? 何してたの」


「あの……ね! 迅鋭!」


「わ、儂か!? 儂がか!!?」


 迅鋭をバシバシと叩く。全部丸投げしてきやがった、と心中で悪態をついた。


「……その。帰ってる途中にお婆さんがおっての。そのお婆さんが詐欺? やらなんやらで困ってたんじゃ。それで大元のヤクザを壊滅させてきたんじゃ」


「ふーん……じゃその包帯はその時にできた傷と?」


「そう……です」


「名誉の負傷?」


「はい」


「そうなんだぁ……」


 じっと。ジト目で見つめられる。目を逸らさないように頑張るが──圧に負けてしまった。


「……すみませんでした! 賭博場に行ってました!」


 迅鋭の土下座。つまり自白。予想以上の脆さにイヴは目を丸くして驚いた。


「ちょ!? 迅鋭!?」


「迅鋭一人……じゃないわよね」


「むしろイヴに連れていかれました!」


「──売ったなひきょうものー!」


「お主が先に儂を売ったんじゃろがい!?」


 またワチャワチャと喧嘩し出す二人。──その喧嘩はロアの拍手(かしわで)一つでピタリと収められた。


「二人とも……」


「本当に申し訳ないと思っとる! せめて怒るのはイヴだけで──」


「はぁ!? ここは『イヴだけでも許してやってくれ』って言うところでしょ!?」


「お前っ、今までの行動を鑑みてからその言葉を言ってみぃ!」


「子供の我儘じゃぁん! 許してよぉ!」


「それは許す側の言葉じゃい!」


「──はぁ、もう分かった。怒らないわよ」



 ──意外な答え。またまたいがみ合っていた二人が停止する。


「その傷。どうせ危ないことした時にやっちゃったんでしょ?」


「……あぁ。危ないことはした。しかし恥知らずなことはしとらんぞ!」


「まぁそうでしょうね。迅鋭とイヴが悪いことするわけないもん」


「──ロアァ!!」


 傷だらけの体でイヴが飛びつく。



「その袋は?」


「カジノで獲ったお金!」


「……それは持ってていいわよ。ただし、無駄遣いはしないこと。いいわね?」


「──うん! ロア大好き!」


「もう。調子いいんだから……」


 どうやら許されたようだ。肩の荷が降りて迅鋭も足を崩してとろける。


「明日は休みだけど遅く起きるのは許さないわよ。早く寝ちゃいなさい」


「はーい」


「迅鋭もよ」


「わかった。ありがとう、ロア殿」


 危惧していたことも起こらず。まさに万々歳。これこそがハッピーエンドと言うやつだ。

 もう夜も遅い。とりあえず今日は眠って。また明日……もう今日か。今日に備えるとしよう──。



 ──そう思っていた時だった。玄関のチャイムが鳴り響いたのだ。


「あれ……こんな夜中に誰だろう」


「儂が行こうか?」


「いいわよ。私が出てくる」


 とは言っても、夜中の三時にやってくる奴など、どうせろくな奴じゃない。イヴと迅鋭はロアの後ろへとついて行った。




 緊張しながら扉を開ける。するとそこには──。


「──あ、親分!」


「兄貴! 姉御も! 夜遅くにすみません!」


「頑張って追いかけたらここに入ったから来てみたでやんす!」


「あら、ごめんなさいね。家の人起こしちゃったかしら?」


 ──アビドスたち四人が立っていた。こう見てみると……全員顔が怖い。見るからに悪役そうな顔をしている。


「ネズが『渡し忘れたお金がある』って言うから持ってきたんですが……」


 ……手に持っているのは銀のアタッシュケース。いかにもな悪いやつがお金を渡すために使っているやつだ。


「……あなた達は?」


「え? 僕たちですか?」


「俺たちは──」




「「「「二人の子分です!!」」」」




「──ふ・た・り・と・も?」


 こっそーりと逃げようとしている二人。ロアの優しい声に体が行動の機能を停止してしまう。


 悪そうな見た目のやつが。悪いことをしてるかのように。悪い見た目のお金を持ってくる。しかも迅鋭のことを『親分』や『兄貴』と、イヴのことを『姉御』と言っている。

 まぁ……うん。これは勘違いしても仕方ない。


「ちょっとお話……聞かせてもらってもいいかな……?」


「あ、あわ……」


「あわわ……」


 なんで来た。なぜ来た。よりによってなんでこのタイミングで来やがった。後で絶対恨んでやる──。

 ──そんな思いは遥か彼方に。ロアへの恐怖によってぶっ飛ばされていったのだった。

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