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第57話『真の武器』

 傷口はあまり大きくない。まだ余裕を持って杖を振り回すことができている。


「浅かったか……」


 杖の攻撃を避けて距離を取った。




 迅鋭はノーダメージ。対してマザーは肩を負傷。顔も浅いとはいえ血が出るくらいの傷にはなっている。どちらが優勢なのは言うまでもないはずだ。


「やるわね。コアンが手も足も出ずに負けるのも納得だわ」


「あの娘には顔面と頭、あとアバラを打たれとる。骨がイカれとるんじゃぞ。手も足も出されたわ」


「本気を出してなかったんでしょう? 最初から本気なら無傷だったでしょうに」


「子供相手に初めから本気を出すほど大人気ない男じゃないのでな」


「負けかけたら本気を出すのもダサいと思うけど」


「言うな。それは儂も思っとる」


 マザーの肩からは赤い血が糸のように流れている。動かせないほどじゃないにしろ、腕の可動域は減らすことができたはず。

 一瞬の攻防から見ても近接戦の技術は迅鋭の方がはるかに上。このままだったら勝つことができるが──そんな簡単にはいかないはず。


「アタシ、杖術にも自信があったんだけどねぇ……さすがに長物勝負じゃ分が悪いわね」


「ほぅ、ならもう一つ自信がある武器があるのじゃな」


「……見せてほしい?」


 杖の先が光を反射する。


「どっちでもよいぞ。儂としては杖で戦ってくれた方が楽でよい」


「アタシもね。実力を見誤られるのはいやなの。だから──やっぱり本気を出させてもらうわ」



 ──右足は後ろに。左足は前へ。杖は真後ろまで振りかぶり、持ち手が迅鋭へ向くように構える。


「と言ってもアンタは一回防いでるでしょうからタネは分かってると思うけど」



 ──どう来るか。どうするのか。実は迅鋭には皆目見当もついていなかった。言い方からして、コアンを殺そうとした時に放った武器なのだろうが、迅鋭は勘が偶然発動して見切っただけ。マザーが何をしたのかすら理解していない。


 飛来してきた所を見るに飛び道具か。杖の形状から見ればなくはない。だがそうなると気になるのが現在の構え。撃つとした場合、えらく不思議な構えをしている。

 そもそも迅鋭の実力を持ってしても、銃弾に反応して弾くことなどできない。


「ま、一撃で死んだりはしないように気おつけてなさい」


 来る。何が来るのか分からないが、とにかく来る。剣を前にして迎撃体制を──。


 ──マザーが動いた。野球ボールを投げるピッチャーのように。ピッチングマシンのように。山なりに杖を振り下ろす──。






 痛烈な痛み。飛び散る鮮血。光り輝く──火花。


「ッッ──!!」


 迅鋭は間一髪で攻撃を逸らすことが……できたとも言える。『直撃』はしていない。していれば死んでいたような攻撃だ。

 しかし攻撃は頬を掠った。物体は鋭く、鋭利で、殺傷力があったようで。掠めただけの頬は肉ごとリングへと弾け飛んだ。


「ははは!! いい顔になったねぇ!!」


 マザーの腕の振りと共に『ソレ』が共鳴する。地面の下を這うようにしてリングを切り裂きながら迅鋭へと襲いかかってきた。

 頬の痛みは取れてないながらも『ソレ』を避ける。掠っただけで肉が弾け飛んだのだ。当たればタダじゃ済まない。



 距離を取り、呼吸を安定させる。ズキズキなどという可愛げのある擬音じゃない。顔の皮膚全体が締め付けられるような。顔を歪めるほどの苦痛が脳を刺激する。


「──ッッ」


 歯が見えている。普段は頬の奥で眠っている奥歯が外気に晒されている。なんとも嫌な気分だ。

 痛みに慣れている迅鋭でもこの痛みは経験がない。口内炎が鼻で笑えるレベルの苦痛だ。


「──やっぱり。アンタは素晴らしいわ」


 マザーは『ソレ』をぐるりと振り回す。『ソレ』は犬のように迅鋭の血を振りまきながらマザーの周りをグルグルと回転し──元の杖へと形を戻した。


「本当はね。今のやつはコアンの時よりも速いの。コアンの時は振っただけ。今のは弾いたから。音も出てたしマッハ行ってたんじゃない?」


 シワの入った顔が今だけは若く見える。迅鋭の血が顔にかかったからか。そんなエリザベートじゃあるまいし。


「それをアンタは避けるだけじゃなく弾いた──皮肉は抜きよ。褒めてあげる」


 激痛。──外に露出している奥歯を目に見えて分かるくらいに食いしばり。やってくる痛みの波を耐える。

 痛いのは痛い。経験したことがない痛みだ。──だけど耐えられないほどじゃない。普通の人なら悶えて苦しんでただろうが、迅鋭なら耐えられる。


「……それ──」


 口を開けば電流が流れる。顔面全体に危険アラームを鳴らしまくる。『喋るな』と神経が怒鳴っているかのように。


「──鞭だな」


 迅鋭の言葉に答えるかのように。マザーは杖を横に振るう。



 ──杖だったはずの棒は一変。丸みを帯びた円柱の杖は変形し、剣のように形を変える。刃は等間隔に分裂し、その間をワイヤーのような物が通っていた。

 長さは三メートル近くはある。間違っても杖の中に収容できる長さではないが……これは未来の技術というやつだろう。


「正確に言うなら『蛇腹剣(じゃばらけん)』ってやつよ。いつもは杖の中に仕込んでるの」


「仕込み杖か……刀を仕込んでいるのは見たことがあるが……鞭とは……」


 斬撃の鞭。剣の剛、鞭の柔。両方をいいとこ取りにした優れもの。さらに斬撃の特性を持ちながら鞭の射程も持つ。弱点となるはずの近接戦は杖に戻してカバー。

 これぞオールラウンダー。弱点が想像できないほどの万能性を持っている最強の武器──。


 ──そんなわけがない。どんな武器にも弱点はある。


「上等じゃ……」


 無敵の武器などあってたまるか。むしろそんな武器を突破してこそ『男』ってものだ。


「くれてやるのは片頬だけだ」


「あらそう。なら『奪う』だけよ──」




 ──迅鋭の頬肉が弾け飛ぶ。その瞬間、テレビの前から悲鳴のような声が上がった。


「──親分!!」

「──兄貴!!」


 アビドスとタンが悲痛な顔を浮かべて叫んでいた。反射的にだ。

 ユダやコアン、他のみんなも険しい顔をしながら画面の奥の迅鋭を見つめている。


「あれは……迅鋭さんは何を喰らったんですか……?」


「蛇腹剣。剣と鞭の両方の性質を持った武器よ」


「杖の中に仕込んでいるナノマシンで杖を瞬時に蛇腹剣へと変化させるナノテクノロジーを使ったママ専用の武器。中から遠距離は蛇腹剣、近距離は杖と全ての距離に対応した、一つの武器の極地とも言える代物だ」


 ナノテクノロジーとは、物質をナノメートルの領域で自由に制御する技術のことである。

 未来においては一般的な技術とされ、イヴたちの着ているスーツにも使われている。ボタンを押せば一瞬で纏わりつくのもそのためだ。


 これは武器にも流用が可能。それがマザーの使用している蛇腹剣だ。


「初手の攻撃を躱したのは手放しで褒めれるけど……ここからはママの領域。迅鋭さんでもキツイかもね」


「──親分が負けるって言いたいのか?」


「キツイ、ってだけよ。まぁ負けるっていうニュアンスも入ってるけど……」


 掴みかかる──なんてことはしない。アビドスとて『戦の母』と言われるほどのマザーの実力は戦ってはいないが知っている。迅鋭でも負けるかもしれない──。

 ──それでも勝利を信じるのが子分というものだ。


「親分なら……大丈夫だ」



 心配だ。どれだけ言っても。どれだけ悪態をついたとしても。やっぱり心配だ。

 生きてて欲しい。勝って欲しい。そう思ってしまうのは『相手を信頼していない』ということになるのか──。

 そんな疑問すら吹っ飛ぶほどの。不安を抱えながらイヴは試合を見ていた。


「迅鋭……」

蛇腹剣はブラッドボーンのパクリです。もしかしてマザーはフロム民だったのかも?

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