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第54話『耳の痛い言葉』

 ──いた。立っていた。誰かって? ──パルムだ。絞め落とされてもなお。白目を向いて。涎を垂らしながら立っていた。

 意識など残っていない。あるのは気力と根性、そして壊れることのない意思だけ。「母に恥じない戦いをする」という。「母のために無様な敗北は絶対しない」という意志を──。


 後ろで幽霊のように立っているパルムに反応などできるはずもなく。後ろからのフックによって顎を打ち抜いた。


「ぇ──」


 ──耐える気力など。もはやこの時のイヴにあるわけがなく。静かに。静かに地面へと倒れた。


 リングに立っているのはパルム。倒れているのはイヴ。つまるところ勝者は──。


「──勝者!! パルムゥゥゥ!!」


 ──歓声はあまり沸き上がらず。ブラッドバトルとしては、驚くほどの静けさの中、二人の戦いは幕を閉じた──。




 ──イヴが次に目を覚ました時。そこは迅鋭たちのいる控え室であった。


「──あ、姉御が起きました!!」


 アビドスの叫び。反応してユダやアンポンタン、コアンが心配そうに駆け寄ってくる。


「お、お疲れ様でやんす!」


「体の具合は? 起き上がれる?」


「……大丈夫」


「水は? 頭はクラクラしないですか?」


「びっくりするくらい冴えてる……」


 まだ体が起ききっていないようだ。ふらつくイヴをタンが支える。


「……試合は?」


「えっと……その……」


「……姉御の負けです」


 とても言いにくそうに。だが言わなければならない。アビドスは唇を噛みながら伝えた。


「……どうなったの?」


「イヴちゃんがパルムをダウンさせた後、パルムが起き上がって……後ろから顎を殴りました」


「あ、あんなのほとんどズルですよ!」


「そうよ! 実質的にアンタの勝ちだわ!」


 みんなは励ましているが……イヴの表情は晴れない。あんなんでも負けは負け。喜べるはずなんかない。


「イヴ……姉貴。いい試合だった。お姉ちゃんにあれだけ食い下がれる人間なんてほとんどいない。姉貴は誇ってもいい──」


「──おい。イヴ」



 ──話を止めたのは迅鋭だ。椅子にドカンと座り。肘を机に乗せ。優しさの欠けらも無い目でイヴを見ている。

 声からも優しさが消え。いつもよりもドスの効いた低いものへと変わっていた。


「ありゃなんだ」


「……」


「戦いの途中で背を向ける馬鹿がどこにおる。あの女が気絶してたから良かったものの、もし意識があったなら殺されてたかもしれんのだぞ」


「……うん」


「だいたい敵に対する敬意にも欠けとる。最後まで真摯に相手に向き合え。命を賭けようとも賭けてなくとも当然のこと。お前が負けるのは当たり前。戦場ならとうの昔に死んでおるわ」


 負けた相手に言うこととしては強すぎる言葉だ。イヴは表情こそ変わらないものの、噛み締めるように、悲しむように。迅鋭の言葉を聞いている。

 ──ここに来ているとはいえ、アビドスやユダたちにも心はある。まだ幼いイヴに対して少し言い過ぎともとれる迅鋭の言葉に反論した。


「お、親分。その辺にしといた方が……」


「そうよ。負けた直後なんだしもっと優しく──」


「──黙っとけ」


 ──あまりの声圧に反論しそうになったほかのメンバーまで口を閉ざした。


「イヴ。お前は言ったはずだ。『ロアを命に変えても守る』と。その結果がこれか。ロア殿はここにいないが、鍛錬でもできなかったことを本番でもやれると思ってるのか。あ?」


「……できない」


「お前はこれからも命の危機がある場所に行くんじゃろ。過去に何があったかは知らんが、ロア殿に恩返ししたいんじゃろ。なら本気でやれ。遊びと捉えるな。覚悟を持って戦いに挑むんじゃ」


「……分かった」


 ──顔も。声も。また優しい迅鋭に戻った。


「……なら良い。今回のことも踏まえて。今後も精進してゆけ」


「うん……ごめん」


「分かっていればいいんじゃ。お前はまだ若い。このことを忘れなければもっと強くなれるはずじゃ。頑張れよ」




 説教も終わり。あの独特の気まづい空間から開放された──瞬間。見計らったかのように扉が蹴破られた。


「……やっぱり。ここにいた」


 ──パルムだった。頭や拳、腕から胴体に至るまで、ミイラ寸前と言えるくらいに包帯が巻かれてある。

 驚いて固まっているアビドスたち──すぐに武器を取り出して構える。震えるコアンを後ろに引き、迅鋭も鞘に手をかけた。


「この娘を殺しに来たか。それともイヴを殺しに来たか。──どっちにしろタダじゃすまんぞ」


「ん? あー安心して。コアンを殺しに来たわけじゃないわよ。用があるのはイヴちゃんだけど……イヴちゃんも殺す気はないし」


 ……嘘を言っている様子はなさそうだ。迅鋭はとりあえず警戒を解く。他のメンバーも迅鋭に釣られて警戒を解いた。だからといって武器は手放さない。


 パルムはそんな迅鋭たちを通り過ぎ、イヴの前までやってくる。


「……酷い姿だね」


「お互い様」


 目と目が合う。合わさったまま動かない。


「……あれが私の勝ちってのは揺るがない。否定もさせない」


「否定なんてしないよ。油断した私の責任。アンタは正しいことをした」


「あら? 意外と素直ね」


「元々そう思ってたけど……説教までされちゃったしね」


 迅鋭はちょっと恥ずかしくなったのか、イヴから顔を逸らした。




「でも──あれが私の勝ちってのも認めない」


 しっかりとした声で。パルムはそう言った。


「次に戦う時は文句なしに勝つから」


 ──手を前に伸ばす。


「だから今は言わせて。──『いい戦いだった』って」


 ──その手を握る。そしてイヴは清々しい笑顔で答えた。


「……うん。楽しかった」


 こうして。本当の意味でイヴとパルムの戦いは終了を迎えた──。

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