第53話『2匹の静かな決着』
──砂煙からひとっ飛びでリングの中へと入ってくる。その姿はさながら野獣。ほとんどケダモノだ。
「ふふ……ふ……」
「テンションが上がるのが弱点……違うよね」
最初は理知的にイヴを追い詰めていたパルムだったが、今はその面影を感じられない。ただ戦闘に飢えた化け物だ。
じゃあ弱点は理性を失うことか。──そうじゃない。それはあくまで副産物。もっと大きな弱点──それをイヴは発見した。
「これはやばい展開ですね……」
「あ、姉御ぉ……!!」
控え室の全員がテレビに噛み付く勢いでイヴの様子を見ていた。迅鋭は興味無いとばかりに茶を啜っていたが──目がチラチラとテレビの方を向いている。やっぱり気にはなるようだ。
「パルムの戦いは初めて見るが……『戦の母』の娘なだけはあるな」
「お姉ちゃんは接近戦なら我どころか、ママですら苦戦を強いられるほどの強者。そう簡単にはやられまい」
「あんたお母さんのこと『ママ』って言うのね」
「意外と可愛いところがあるでやんすな」
「……」
照れ隠しに如意棒で殴られるアンポンタン。関係ないタンは「なんで俺まで!?」とコアンに抗議していた。
「ったく……なぁコアン。パルムの能力ってなんだ?」
「お姉ちゃんの能力は──」
「加速じゃろ」
気にしてないフリはやめたのか。テレビをガッツリ眺めながら迅鋭は言う。
「……そう。お姉ちゃんの能力は『加速』だ。スーツの中で『累加現象』を起こし、それを体へと転用することによって、体の動きを徐々に加速させることができる」
「お姉ちゃんの姿が変わったのは累加現象が原因だ。浮き出ているのは血管のように見えるが実は神経で、太くなった神経によって体の動きを爆発的に上昇させることが可能になる」
「凄いな兄貴……よく分かったな」
「見てれば分かるじゃろ」
「俺は馬鹿だから見てても分かんなかったぜ……」
──イヴの予想の見立て通り。パルムの能力は『加速』だ。累加現象によって膨張された神経によって体の動きを大幅にあげることができる。
太くなった神経に慣れなければいけない都合上、体の動きは急激には向上しない。体は徐々に適応していく。だから『加速』なのである。
「儂が予想するに……攻撃が止まると加速が一時的に収まるな」
「なぜそう思った?」
「殴り合っている時、イヴは攻撃を途中から見切れていなかった。しかし距離が離れてからは見切れるようになっておる」
「特に途中の椅子を投げた時が顕著だ。加速しているのなら殴りにいけばいいものを、わざわざ策を弄した。減速した状態で殴りに行くのを嫌ったからじゃろう」
「正解……と言いたいが、実の所を言うと我も分かってない。ただ概ね正解だとは思うぞ」
「なら問題はイヴがそれに気がついているのかどうかじゃな」
弱点も正解。馬鹿正直に殴り合っていたのはとんでもない悪手だったようだ。後で反省をさせなければ、と迅鋭は思った。
「……もっとも。あの子の性格ならもう一つの弱点の方を狙いそうじゃが」
「はは──はははは──!!」
笑いながらの直線的なストレート。回避して反撃──は受け止められて右フックのカウンター。防御できずにクリーンヒットする。
その後に続く攻撃も避けられずに受け続ける。右、左、右、下。なんとか防御の体勢をとっているが、サンドバッグ状態なのには変わらず。推し破られるのは時間の問題だ。
連打。連打。連打。パンチと蹴りが合わさった連撃は雨のようにイヴに降りそそぐ。
「ぐ……!!」
止まらない。攻撃は止まらない。
「う……!!」
ガードは崩れてゆき。イヴの白くて細い腕が紫色に染まっていく。そしてついには──。
──ガードが崩された。
「ははっ──!!」
消えたガードから見える隙間。そこへ超加速された拳が──。
──壊された。
「は──」
壊れた。折れた。割れた。砕けた。体の中で骨の破片が飛び散る感覚がする。
なんで──それは拳の先を見れば分かる。
──肘だ。イヴはパルムの拳に肘を合わせていたのだ。
「……これでも笑っていられる?」
パルムの弱点はもうひとつある。それは加速しても肉体強度は変わらないことだ。
スピードが上がればパワーも上がる。防御するのも厳しい攻撃を連打することが可能だ。──だが自分の肉体がそれに耐え切れるかは別の話。
多少スーツで強化されていても限度がある。向上しているのは体の動きであって肉体強度ではない。その証拠に途中、パルムの左拳は血が流れていた。あれは自分のスピードに自分の体がついていけてないからだ。
──だったらパルムの攻撃に合わせて硬いものをぶつける。それができれば、壊れるのはパルムの方だ。
弱点が分かったのなら怖くはない。
残った腕でのストレート──大ぶりの攻撃は加速していようと見切れる。これも肘を合わせて拳を破壊した。
「いっっ──!!」
──しかし肘は痛い。馬鹿みたいな威力を防いだ肘には甚大なダメージが入っていた。
だがチャンスは今。また加速でもされたらたまったもんじゃない。
雷を纏ってアッパー。痛みに耐えつつ放つ──が壊れた手で前腕を掴まれる。
「嘘……壊れてな──!?」
──顔面に頭突きが叩き込まれた。鼻血を出しながら後方へ──下がる前に頭を掴まれる。
頭突き二発目。
頭突き三発目──の直前。前蹴りを腹部に放ってパルムの両手から離脱した。
今度はイヴがパルムの頭を掴み、顔面に膝を叩き込む──しかしパルムは怯みすらしなかった。イヴの腰を掴んで地面に押し倒す。
「っっ──しつこいなぁ……!!」
「ははは──!!」
両手を重ね合わせ、握り込み、ハンマーのように振り下ろす──。
──その前にイヴが拍手をするかのように。パルムの目の前で手を叩いた。
ねこだまし。それとも他の理由。関係ない。攻撃は止まらない──。
──スパーク。光と音が暴れ狂う。
アイ戦でも使ったあの技だ。猫の特徴を持つアイは大きな被害を受けたが──人間だって別にダメージは小さくない。
至近距離で強烈な光と音を喰らったパルム。どれだけ狂おうとも、どれほど強靭だろうと。本能の危機には逆らえない。
人間は強い光を急に照らされた時、身を竦めてしまうそうだ。──パルムとて例外ではなかった。
その隙に背後へと回り込み──裸絞めを遂行する。さっきの意趣返しと言わんばかりにギリギリと絞めあげた。
「ぐ……ひっ……!」
「ここでっ、倒れて……!!」
横腹を肘で打たれる。力は緩めない。
絞めている腕を握られる。それでも力は緩めない。
背中から床に落とされる。──されども力は緩めない。
「こ、こでっ……わた……し、は……!!」
天を。上のライトを掴むかのように。天を仰ぐかのように。
「まだ……負……け──」
光は消えてゆき。心は消えてゆき。意識までもが消えていく──。
──腕は力なく床に落ちた。
「──」
「……は、はは」
力を抜いて離れる。リングには一人だけ。自分と同じ目線の人間は立っていない。
「はは、は……は……!!」
パルムに背を向けて立ち上がる。
「やったぁ……私の……勝ち──」
勝ちを確信していた。イヴも。観客も。控え室で見ている者たちも。全員がイヴの勝利を確約されたものとして見ていた。
──迅鋭以外は。
「──はぁ。未熟者め」




