第5話『ようこそ我が家へ』
ボヤけた視界。──それが明けると見えた世界は白い天井。少なくとも迅鋭は見たことの無い天井の模様と材質であった。
「……」
まじまじと見つめる。──その横から少女が飛び出てきた。
「──わっ、起きた?」
「うぉ!?」
驚きによって目が覚める。隣に座っている少女はニコニコとしながら迅鋭を見つめていた。
体つきは幼く。髪は灰色のセミロング。ラフなパーカーを着た少女──なのだが、迅鋭はパーカーを見たことがない。なのでとても奇抜な格好に見えた。
「ここは……?」
「ここは『フライヤー』の本拠地だよ」
「ふらいやぁ?」
「え? 知らないの? 困ったことがあるならドンと来い! なんでもお任せ『何でも屋』フライヤー!! ……だよ? 家電製品じゃないからね?」
「聞いたことないのぉ……」
「──まったく。どっちが世間知らずよ」
扉を開けて入ってきたのはロアだ。
「容態はどう? カレン」
「もう大丈夫そう。この人とっても頑丈」
ロアはカレンの頭を撫でながら隣に座った。
「お主はあの時の──ってことは負けたのか」
「負けたって言うか、こっちの不戦勝。あなた、濁流星症にかかって死にかけてたのよ」
「死にかけてたか……なら介抱してくれたのはお主か」
「ええ、まぁね! お礼ならたんまりくれると嬉しいんだけど!」
布団の上で正座。とてつもなく見事に綺麗な正座に二人はうっとりとしてしまう。……近くに置いてある刀を手に取ったことも気が付かないくらいに。
「──死ぬ寸前の拙者を助けていただきありがたき幸せにござる。しかし左様な優しき御者に拙者は無礼を働おりき。かくなる上は──」
──刀を抜いて自分の腹へと刃先を向けた。
「え──ちょちょちょっとぉ!?」
「わーーー!!! な、なにしてんのさ!?」
「かほどの無礼。切腹致すしかなし」
「やらなくていいから!! やらなくていいから──!!」
格闘すること一分。切腹は何とか食い止められたようだ。
「切腹……しなくてよいのか?」
「しなくてもいいわよ!!江戸時代じゃあるまいんだし!!」
「──優しき御方よの」
二人を焦らせた張本人は驚くほどに冷静だった。さっきまで切腹しようとしていたとは思えないほどに。
「なんなのよアンタ。格好といい、切腹といい、刀といい。時代劇の撮影でもしてたの?」
「時代劇……? なんじゃ歌舞伎のことか?」
「歌舞伎ってまた渋いわねぇ。やっぱりアンタの方が世間知らずよ」
困惑している迅鋭。やり返すかのように煽るロア。──そんな二人の間を割って入るようにカレンが言った。
「……ねぇロア。この人もしかして本当の『侍』なんじゃ」
「そんなわけないでしょカレン、今が何時代だと思ってるの?」
「大正十一年くらいじゃろ?」
……ロアは首を傾げた。
「大正十一年……?」
「……な、なに言ってんの?」
「え? 間違っとるのか?」
首を傾げる迅鋭──同じく傾げようとするロアにカレンは手招きした。
「……ほんとに侍?」
「でも大正って侍なんて居たっけ?」
「鳥羽・伏見とか言ってたから、幕末の頃から生きてたのかも──いやだとしてもおかしいよね」
「見た目は侍だと思うけど……」
「タイムスリップしてきた……とか」
「最近の技術を考えたらできなくもない……やっぱり現実味がない」
正体不明なのは未だ変わらず。だがロアはイヴと戦っていた時の迅鋭を思い出していた。
『強さ』だけで一つの役割を背負っているイヴに勝利するほどの強さ。しかも迅鋭は生身ときた──これは使える。ロアの直感がそう告げた。
「──使えるわね」
「使える?」
ボケっとコソコソ話を見ていた迅鋭に声をかける。
「ねぇ、貴方行く宛てとかってあるの?」
「宛てとな──?」
──何かを言おうとした口を閉じる。
「──ない」
「そう!? なら──ここに居なさいよ!」
「え? そりゃお主がいいと申すなら……」
「いいわよいいわよ! ただし! 私たちの仕事を手伝ってくれるならね!」
「その程度で住まわせてくれるならありがたい限りじゃ」
ロアが胸を張る。
「それじゃあ──ようこそ『フライヤー』へ!! 貴方を歓迎するわよ!!」