第49話『作り出された熱狂』
「そっちの女は仲間か?」
「仲間? それよりもっと深く結ばれたものよ」
「そうよ。『へその緒』ってやつで結ばれてたね。ほどけちゃったけど」
「……なんか気持ち悪い言い回し」
つまりは娘。コアンとは姉妹にあたるはずだ。
──実の姉妹を容赦なく殺そうとした。迅鋭の額に青筋が一本増える。
「そこまでして……家族を使ってまで家族を殺したいのか……!?」
「そういうことになるわね」
刀を持つ手に力が入る──その瞬間、選手入場口の奥から複数人の声が聞こえてきた。
「──親分!」
アビドスだ。そして──。
「迅鋭さん! イヴちゃん!」
──ユダ。その後ろには控え室にいた男たちが。
アビドスたちは迅鋭やイヴに助太刀するように参上。マザーとパルムに敵意を剥き出しにする。
「お前ら……何しに来た?」
「助太刀です! 親分のピンチに駆けつけねぇ子分はいませんから!」
「ピンチじゃないし……」
「強がらなくていいですよ。相手が相手ですからね。二対二でも安心はできませんから」
そんな話の最中──ユダは観客席で縮こまっていたアンポンタンと目が合った。
「──あれ?アンポンタン三人組?」
「ひっ!? ゆ、ユダ!? ……の兄貴」
「……知り合いか?」
「はい。この前歩いていた時に肩がぶつかりまして。絡まれた挙句金まで取ろうとしたので叩きのめしたら『舎弟になりたいです』とか言い出しまして。……興味はなかったのですが、あまりにもしつこいから了承しちゃったんです」
「……負けたら舎弟になるルールでもあるのかな」
「ポケモンかよ」
「アビドス。貴方がツッコめることじゃありませんよ」
悪役そっちのけで話をしているのに腹が立った二人。ちょっと和やかな雰囲気になりかけている空間に切り込みを入れた。
「えらく愛されてるじゃない。今日初めて来たくせに」
「そうね。──アビドス。私にコテンパンにされた時は『親分』なんて呼んでくれなかったじゃない。どういう心境の変化なの?」
パルムは色気と憤怒が混じった眼差しでアビドスに目を流す。
「お前と違って親分は優しいんだ。『情け』なんかじゃなく本当の『優しさ』だ。俺は……それに惚れた!」
「……相変わらず昭和脳ね。ママと脳みそ入れ替えてもらったら?」
「オバサンの趣味はないんだよ」
「それもそっか。いくら強くても私だってママの体になるのはゴメンだし」
──マザーの目がギロッとパルムを睨む。
「ははは。ごめんねママ」
形成は逆転か。怯えるコアンをアビドスに任せ、迅鋭は一歩前へと進む。
「さて──覚悟はできとるな」
「お仲間さんが来て勇気が湧いちゃった?」
「軽口を言う余裕があるか。死ぬ直前にその軽口が言えるか楽しみだな」
「有象無象を集めたところで頭数にも入らないわ。でもそうねぇ……ここでおっぱじめてるのも悪くないけど、それじゃつまらないと思うの」
「……あ?」
マザーはネズと目を合わせて──笑う。口角を上げて。頬を切り裂くほどに。
「ブラッドバトルはブラッドバトルで。元々アタシとの勝負がお望みだったんでしょう。──いいじゃないの。アタシもアンタなら大歓迎だわ」
「……俺はブラッドバトルに興味がない。お前の意見など無視していつでも殺しにいけるが」
「そうなの? でも……アタシとアンタがやり合ったら、周りの観客も巻き添えを喰らうと思うけど?」
一試合目を見ていたのか。迅鋭が観客を巻き添えにしたくない、という思いを見抜かれている。
……マザーの言うことは正しい。ここで戦えば観客は必ず巻き添えを喰らう。絶対と言えるくらいに死者だって出てしまうはずだ。それは避けたい。
「どう? 私とここで殺し合うか。それともリングの上で殺し合うか──二つに一つよ。選びなさい」
「……ちっ」
選択肢など初めからない。迅鋭ならば、イヴならば、ロアならば──選ぶ答えはひとつのみ。
「──いいだろう。貴様とのブラッドバトル。受けて立つ」
──むせ返るほどの静寂の中で。一人の大きな声が鳴り響いた。
「──ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
声の主はネズだ。ネズは初めから迅鋭とマザーとの勝負を願っていた。ならばこれは思惑通り。夢にまで見るほど願っていた状況なのだ。
叫び、轟き、天を仰ぐ。マザーのオーラに、迅鋭の殺意に。固まっていた観客はネズの大声にビビって声を出す。体を跳ねる。
「最高だ最高だ最高だ!! 『戦の母』マザー!! チャンピオンに挑戦するは『ラストサムライ』幻水迅鋭!! 最強の皇帝に最強のルーキーが挑む!! こんな興奮するマッチはあるか!! なぁ、観客たちよ!!」
──若い男。たった一人の男が小さく言った。
「……こ、興奮する」
──続いて若い女。女も続いて呟く。
「最高よ……ね?」
──続いて中年男性。
──続いてセレブなオバサン。
──続いて成金の小僧。
──続いて親子連れの金持ち夫婦。
興奮か。高揚が。伝播する。衝撃波のように伝染し。固まっていた空気を押しほぐす。
次第に空気は和らぎ。戦いを見ていた高ぶる感情を思い出す。思い出したなら──後のことなんて忘れる。前のことなんて忘れる。今のことなど頭から抜ける。
──浸透していた『恐怖』が消え去り。あれほど静かだった観客は会場を壊す勢いで盛り上がった。
カリスマか。場を盛り上げる天才か。ネズはマザーの恐怖を言葉のみで塗り替えたのだ。
「……ほんと。食えない男ね」
「今だけは貴様の意見に賛同する」
盛り上がった観客を見て──また二人は目線を戻した。
「どうする? アンタ……ボロボロでしょ。骨も折れてる。数日後に治ってから試合でも構わないけど──」
「──いや。今日中にやるぞ」
──うるさい声の中でも、その衝撃的な言葉は聞き取れたようで。アビドスとユダ、イヴでさえも目を丸くして驚いた。
とりわけ驚いていたのはコアン。ボロボロの体を引きずって迅鋭に抗議する。
「だ、ダメだ! ただでさえ勝てるか怪しいのに、そんな満身創痍の体では勝てっこない!」
「満身創痍で戦うことなど幾らでもあった。傷が縫合もされてない時に斬り合うなどしょっちゅうだ。こんな程度の傷は『甘え』にすら入らん」
「でも──」
「それに──今日、ここで戦わねば。あの女はお前を殺しにくるぞ」
──マザーはまた口角を上げる。
「分かってるじゃない」
体調は最悪。頭も痛いし体も痛い。何度も言うが『満身創痍』だ。それでほとんど休む暇もなく戦う。正気の沙汰じゃないだろう。
──だが正気を失ってでも曲げられない。曲げたくない。そんな信念が迅鋭にはある。
「今日。またすぐ。ここで。殺し合うぞ」
「いいわね……ゾクゾクしてきた」
ネズがコーナーポストに飛び乗って宣言する。
「ここに宣言する!! 今日この日──ブラッドバトル史に残る戦いが繰り広げられるだろう!!」
──狂乱。熱狂。狂い喜ぶ。『狂』の漢字が何個も羅列するような。そのように観客は叫んでいた。
「ねぇ、ネズ。いきなり本命……ってのも悪くないとは思うけど。どうせなら前座戦を入れてみない?」
「お、良いじゃねぇか。じゃあ相手は──」
「──私的にはあの子がいいんだけど」
──パルムはイヴを指さす。
「まさか不意打ちを止められるなんて思ってなかったわ。アンタ面白いのね。名前は?」
「……イヴ・カミリン」
「イヴちゃんね。確かハンドに出てたでしょ。──ネズ。私とこの子のハンドバトル。前座戦に入れなさい」
「……わ、分かった」
ネズはなぜか少しだけ躊躇い、マイクを使わずに大声で叫んだ。
「──イヴ・カミリンVSパルム・サイユウ!! そして幻水迅鋭VSマザー・サイユウ!!」
「刮目せよ!! 目を逸らすな!! 今日1番──否!! 歴史上一番の戦いが今、始まる!!」
永遠と流れる黄色い歓声。叫び、はしゃぐ観客たち。リングの中と周りには無数の札束が投げ込まれる。
──お金の雨の中。迅鋭とマザー、イヴとパルムは、お互いの奥にある『敵意』もしくは『殺意』を睨んでいたのだった。




