第45話『決意の証明』
──それから一時間後。迅鋭VSコアンの試合は着々と迫ってきていた。
控え室にて。その出番を準備しながら待っているコアン。
丈の短い青のタンクトップ。同じく短いショートパンツに着替え、髪もサイドテールからポニーテールへと変える。
「約束は忘れてないな」
準備をしながら隣にいるネズに話しかける。
「忘れてなんかないさ。お前が百連勝したら『戦の母』との戦いを組んでやる」
ネズはニマニマと気持ち悪い笑みをしていた。コアンは気分が悪くなって目を逸らす。
「嘘をついたなら殺す」
「俺が嘘をついたことあるか?」
「……ふん」
先程も使ったコアンの使用武器『如意棒』を隠すようにセット。あとは両手首にも装着する。
「機嫌が悪いな。母親とのコミュニケーションが上手くいかなかったようにみえる」
「……うるさい」
「あれには期待しない方がいい。戦いでしか快楽を感じられない異常者だ。お前を作ったのだって、どうせ自分が戦いを楽しみたいから──」
「──黙れ」
手から長い棒が出現。自分の体の一部かのように回す、廻す、振り回す。
──ネズが着用していたサングラスのみを破壊。残骸を先端に乗せた。
「……絶好調だな」
「母の悪口を言うやつは誰であっても許さない」
「そんなに母親が好きか」
「……それを確かめるためにも。我は今日、母の前に立つ資格を手に入れる」
棒を振り抜く──サングラスは天井にめり込んだ。
「幻水迅鋭に会ったんだろ? どうだった?」
「……率直に言って強い。我が戦ってきた今までの猛者と比べても段違いに。下手を打てば殺されるのは我だ」
「珍しいな。お前にしては高評価じゃないか」
「……もしや謀ったな」
「はっ、謀るだって? 俺がか? ははっ──その通りだ」
コアンに睨まれながらもネズは高笑いをする。
「俺が好きなのは大番狂わせだ! 最強の椅子で胡座をかいてるクソババアがひっくり返る妄想を何回したと思う!? それをできるかもしれない奴と出会った俺の気持ちがお前に分かるか!?」
「……」
「悪いがお前じゃ『戦の母』どころか、あの男も倒せねぇよ。『戦の母』を頂点から引きずり下ろすのは幻水迅鋭だ」
「……ネズよ。お主こそ珍しいではないか。お主が人をそこまで評価するなど」
如意棒を手の中にしまう。用意は完璧。心構えも完璧。今のコアンに死角はなしだ。
コアンは扉を開ける。──外へ出る直前、ネズに聞いた。
「聞かせてくれ。幻水迅鋭をなぜそこまで評価する?」
「簡単だよ。──アイツは人殺しの目をしてた。それもただの人殺しじゃねぇ。真っ赤だ。アイツの両手も。足も。顔も。体も。アイツの体は血で真っ赤に染まってたんだよ」
「アレは化け物だ。『戦の母』ですら到達できないほどのな」
「……そうか」
コアンはそう言うと扉を強く閉めたのだった。
──対して迅鋭のいる選手控え室三号。ここはコアンと違って緩い空気であった。
「バカ侍。やばいよ」
「どうした」
「──門限を過ぎてる」
色々あって忘れていたが、現時刻はなんと二十一時。夜の九時を過ぎているのだ。
裏カジノの特性上、この場所は電波が入らないようになっている。なのでロアからの通知が一切来なかったのだ。てことは外に出たら──。
「や、やばい……ロアに怒られる……」
「そんな怯えることはないじゃろ。ちゃんと謝ればロア殿だって笑って許してくれ──」
「──アンタは怒ったロアの怖さを知らないから……そんな生易しいことが言えるの」
「……怖いのか?」
「怖いなんてものじゃないよ。まずね、心臓が止まるの。そんで脳に冷や汗が出るみたいな気持ちになってね。涙が止まらなくなるの。あと……数日はお尻が痛くなる」
「は? え? なんで尻が痛くなるんじゃ?なにされたんじゃ?」
「お、思い出したくない……」
「なんか怖くなってきたぞ……やっぱり帰るか……?」
「もう遅いですよ」
ユダが呆れながら言った。
「まったく……これから戦いに行くっていうのに、なんで違うことでビビってるんですか」
「さすがだぜ親分! もうコアンは眼中に無いってか!」
「ぐぅ……もう怒られることは確定してるんじゃ。どうせなら『戦の母』だかなんだかをぶちのめして帰るか!」
刀を掴んで立ち上がる。──タイミングを見計らったかのように黒服が扉を開けた。
「それでこそ親分だぜ! 俺は勝つって信じてるからな!」
「テレビで見てますから頑張ってきてください。みんなで応援してますよ」
「とっとと終わらせてね」
……なんだかんだ言って仲間がいるのはいいことだ。応援してくれると気持ちも上がる。
「……はっ」
「舎弟や子分も悪くはないの──」
観客席のアンポンタンは迅鋭の登場を今か今かと待ちわびていた。
売り子から買った最高の塩加減のポテトとキンキンに冷えたビール。これを両手に試合を見る──なんたる贅沢だ。
「ポテトちょっとちょーだい」
「あ、俺っちのポテト!」
「俺も貰うぜ」
「あー! もう自分の食べてくれでやんすよー!」
すごく仲良さそうだ。気も緩みきっている。だからこそ。その時は突然訪れた──。
──照明が暗転。一気に暗闇へ変わる。これが意味することはつまり──戦いの開始ということだ。
「き、来たでやんす!」
「兄貴の──」
「──出番よ!」
──予定調和とばかりにスポットライトがリングのネズに当てられた。
「──誰も目を背けられはしない。この戦い、目を背けられるものなら背けてみよ!!」
言葉など意味をなさない。観客が興味あるのは『戦い』だけ。それも凄まじく。それも血で血を洗うような。そんな激しい戦いが見たいのだ。
「右はこの男──[ラストサムライ]幻水迅鋭!!」
スポットライトに照らされながら登場したのは幻水迅鋭。まだ慣れない光に目をしぼめつつ歓声の道を威風堂々と歩く。
道の先はリング。後悔も。恐怖も。そんなもの知らないかのようにリングへと上がった。
「これを倒せば『戦の母』なんじゃろうな」
「なんだ、もう次の話か? 自信たっぷりだな」
「……皮肉か?」
「違うさ。それくらいの気概がなきゃコアンは倒せないってだけだ──」
──また暗転。話は中断。相手選手の入場が開始される。
「相対する左はこの少女──[斉天大聖]コアン・サイユウ!!」
──反対側のコアンにスポットライトが当てられる。
歓声は迅鋭の時よりも大きく。会場は大熱狂。今にもリングになだれ込みそうなほどの狂喜乱舞が起きていた。
そんなことを意にも返さず。少女は平然と歩き、リングへ登場する。
「──我は『戦の母』と戦う」
「そうか。止めないさ」
「……戦うためには幻水迅鋭。お主を倒さねばいかん」
「『負けろ』とでも言いたいのか?」
「逆だ。本気のお主を倒せぬようであれば『戦の母』になど遠く及ばん」
──鋭く。刃物のように鋭い目つきで。迅鋭を睨んだ。
「──我はお主を殺す気でいく。お主も我を殺す気でこい」
「……前の試合でも同じことを聞いたわ」
「我はアビドスとは違うぞ。手加減すれば本気で殺す」
「同じようなことばかり言うの。なら儂もアビドスの時と同じことを言おう。──『善処する』とな」
二人は離れて所定の位置へ。その間もコアンは迅鋭に怒りにも似た視線を向けていた。
「では構えて──」
──コアンが構える。如意棒を射出。先端が後ろへ向くようにする。
──迅鋭も構えた。抜刀して前に。上段の構えだ。
「──はじめぇぇい!!」
開始の合図。ネズは腕を振り下ろした──。




