第43話『そして舎弟がまた一人』
──アビドスは白目を向いてダウン。ナイフは力なく床にばら撒かれた。
「──アビドス選手が戦闘不能!! よって勝者──幻水迅鋭!!」
ネズの勝利宣言。誰が見ても決着と分かるが、それでも言葉には意味がある。
ネズの言葉によって観客は大歓喜。その中には賭けに負けて悲しむ者もいた。だが過半数は興奮。
そりゃそうだ。ブラットバトルでも有数の実力を持つアビドスをノーダメージで撃破。この大番狂わせに熱狂するなという方が酷というもの。
観客席にいるアンポンタンは抱き合いながら声を上げていた。
「──さっすが兄貴!!」
「やっぱ最強は水兄貴だぁ!!」
「あぁんもう惚れちゃいそう!!」
いつの間にか買ってきていたコーラを一口で飲み干し、ゲップすら忘れる勢いで盛り上がる。
興奮は隣へ。またその隣へ。またそのさらに隣へと引き継がれ。会場全体に歓声の嵐を作り出していた。
その嵐の中心にいる迅鋭も納刀しながら声を聞き入れる。
「最高の出だしだな!」
「……満足か?」
「──いーや、まだだ! ここまでは想定内。スタートラインに立っただけだぜ」
そう。ネズの目的は『戦の母』を頂点から叩き落とすこと。ならばネズの言う通り、まだスタートラインに立っただけだ。
「さっさと『戦の母』と戦わせろ。これ以上戦うのは面倒じゃ」
「悪いがそうはいかねぇ。最低でもあと一人。倒してもらわねぇとな」
──選手控え室五号。部屋に備えられたテレビで試合を眺める少女がいた。
体は幼く。身長は百五十にも満たないであろう小柄。体格はアイと同程度と見える。
藍色の髪をサイドテールにして髪は腰近くまで伸ばしてきた。身長をかんがみても、かなり髪が長いといえよう。
顔も。見た目も。どこからどう見ても少女。下手すれば小学生にも見える。
──そんな少女の機嫌を取るかののうに。男たちは少女を労わっていた。
「コ、コアンさん! ジュースです!」
「感謝する」
「コアンさん! 肩でも揉みましょうか?」
「必要ない」
こんな物騒な場所に子供がいていいはずはがない。普通ならいるはずがない。来ていいはずがないのだ。イヴも子供ではあるが。
つまり──この少女、コアンも選手だ。戦士として戦うのだ。
「……幻水迅鋭、か。アビドスを倒すとは。なかなか強いと見える」
「ですがあんなチビ、コアンさんの敵じゃないですよ!」
「お主らからすれば我もチビと思うが……お主は我のことを弱いと思っておるのか?」
「──ちが!? そんなことないありませんよ!?」
「冗談だ。少々からかっただけ。お主はいい反応をするな」
「し、心臓に悪いですよ……」
コアンはイタズラっ子な笑みをして──すぐに対面するであろう迅鋭へ顔を向けた。
しばらく時は経ち──選手控え室三号。
「──ただいま」
帰ってきた──イヴ。どうやら初戦を終えたらしい。
「見たバカ侍? 相手を一秒で瞬殺してや──」
……イヴの話は誰も聞いておらず。ユダを含めた他の選手たちは迅鋭の周りに集まっていた。
「お前すげぇな!」
「あのアビドスを簡単に倒しやがって──こりゃ本当にチャンピオンになるかもしれねぇぞ!?」
「先にサインくれよサイン!」
あまりの人気っぷりに迅鋭も困り果て。視界の端にいたイヴに助けを求めた。
「お、イヴ! ちょっとこやつらを離してくれんか? しつこいし暑いしで──」
──ゆっくりと歩いてくる。
「イヴ──?」
──頬を膨らませながら頭をベチンと叩く。
「いっだぁ!? なにすんじゃ!?」
「ズルい。あんなに乗り気じゃなかったのに。迅鋭ばっか注目されてズルい」
「んなこと言われても──痛い痛い!」
嫉妬……のようだ。ポカポカと可愛い効果音を出しながら迅鋭を殴っている。威力は可愛くないが。
「えらく懐かれてるね迅鋭さん」
「どこかじゃ。儂の孫は気性が荒かったが、それでもこんなではなかったぞ」
「孫……? はは、迅鋭さんは冗談が上手いな」
──そんな話をしていた時。部屋の扉が開かれた。
誰かの試合か。でも出番はまだのはず。じゃあ誰──と考えていると、その人物は部屋へズカズカと入ってきた。
黄色の髪。長いロングコート。チラッと見えたナイフ。間違いない──アビドスだ。
「お前──」
「さっきぶりだな」
お礼参りか。それともリベンジか。迅鋭だけでなくユダ、イヴも電気を出して威嚇する。
「もしかしてリベンジ? 負けた直後にするのはダサいと私は思うよ」
「お前は黙ってろクソガキ」
「あ?」
バチバチと腕に電気を纏わせた──と、ここで迅鋭がイヴにチョップ。
「やめんか」
「でも……」
「アドビスと言ったな。なんの用だ」
アドビスは前髪を整えながら言う。
「単刀直入に言おう。細かく言うのは嫌いだ」
「同感じゃな」
「よし──俺の父親になってくれ」
……。固まる。止まる。ちょっと何を言ってるのかが分からない。
「……すまんもっかい言ってくれ」
「俺の父親になってくれ」
「……ふぅ」
聞き間違いじゃなかった。とりあえず落ち着く。回らない頭を落ち着かせる。
「……前言撤回する。やっぱり細かいところまで説明してくれんか?」
「怖い……」
「あ、頭がおかしい……」
頭がおかしい系のキャラかと思っていたが、ベクトルが違った。これなら『ヒャッハー』とナイフを取りだしてくれた方がまだマシだ。
「え? ダメなのか?」
「ダメと言うか……分からん。お前の考えとることが分からんのだ」
「分からん、と言われてもそのまんまだ。俺の父親になってくれ!」
「……あー」
長生きをした自覚はある。それまでに頭のおかしな人間とも出会ってきた。数多くの人間を見てきたと自負していたのだが……こんな人は初めてだった。
迅鋭が頭を抱えていた時──ユダがふと気がついた。
「なァ迅鋭さん。もしかして──この人、子分になりたいんじゃ」
「子分?」
「──そうだ子分だ!」
ユダの言葉にアビドスも反応する。正解だったようだ──それでも気になることはある。
「だって組織に入ったらボスのことを『親分』って言うだろ! アンタは強い! 俺より遥かに強い! だからあんたの息子にさせてくれ!」
「なーんじゃそんなことか。それならいい──って嫌じゃ」
「な、なんでだよ!?」
「もう変なやつが勝手に舎弟になってるんじゃ! これ以上変なやつに慕われるのとごめんこうむる!」
観客席のアンポンタンはくしゃみをした。
──そんなことを知る由もなく。アビドスは迅鋭の前で土下座する。
「何でもするから頼む! 身の回りのお世話から業務! 下の世話だってするから!」
「されても困るわそんなもん!?」
「頼むよ親分! 強くなりたいんだ!」
あまりの懇願っぷりに見てる方まで悲しくなってきた。
「……迅鋭さん。いいんじゃないか? こんなに言ってるし」
「ダメじゃ。儂はもう人の上に立つ気など──」
「──金だって献上する!!」
──ピカーンと目の色が変わった。イヴの目が。
「──許可する」
「……え?」
「は?」
「迅鋭は私の仲間。つまり同じ立場。だから私が許可する」
「──い、いいのか!? やったぁ!!」
跳ね上がり、飛び跳ね、ジャンプして喜びを表す。
「イヴ!? なに勝手に決めとんじゃ!?」
「いいでしょ。子分ができればフライヤーとしても好都合だし」
「儂の都合は!?」
「知らない」
「知らないと!?」
まだまだ抗議しようとする迅鋭の口をイヴは遮る。
「じゃあ言ってみれば。あんだけ喜んでる人に『やっぱり子分の話はナシで』って」
「ぐ……ぅ」
無邪気に子供のようにはしゃぐアドビス。あの顔に泥を塗りたくるようなことは──迅鋭にはできない。
「……な、なんで変なのばっかり集まるんじゃ」
そう吐露するくらいしか迅鋭にできることはなかったのだった。




