表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/100

第43話『そして舎弟がまた一人』

 ──アビドスは白目を向いてダウン。ナイフは力なく床にばら撒かれた。



「──アビドス選手が戦闘不能!! よって勝者──幻水迅鋭!!」


 ネズの勝利宣言。誰が見ても決着と分かるが、それでも言葉には意味がある。

 ネズの言葉によって観客は大歓喜。その中には賭けに負けて悲しむ者もいた。だが過半数は興奮。

 そりゃそうだ。ブラットバトルでも有数の実力を持つアビドスをノーダメージで撃破。この大番狂わせに熱狂するなという方が酷というもの。



 観客席にいるアンポンタンは抱き合いながら声を上げていた。


「──さっすが兄貴!!」


「やっぱ最強は水兄貴だぁ!!」


「あぁんもう惚れちゃいそう!!」


 いつの間にか買ってきていたコーラを一口で飲み干し、ゲップすら忘れる勢いで盛り上がる。

 興奮は隣へ。またその隣へ。またそのさらに隣へと引き継がれ。会場全体に歓声の嵐を作り出していた。



 その嵐の中心にいる迅鋭も納刀しながら声を聞き入れる。


「最高の出だしだな!」


「……満足か?」


「──いーや、まだだ! ここまでは想定内。スタートラインに立っただけだぜ」


 そう。ネズの目的は『戦の母』を頂点から叩き落とすこと。ならばネズの言う通り、まだスタートラインに立っただけだ。


「さっさと『戦の母』と戦わせろ。これ以上戦うのは面倒じゃ」


「悪いがそうはいかねぇ。最低でもあと一人。倒してもらわねぇとな」




 ──選手控え室五号。部屋に備えられたテレビで試合を眺める少女がいた。


 体は幼く。身長は百五十にも満たないであろう小柄。体格はアイと同程度と見える。

 藍色の髪をサイドテールにして髪は腰近くまで伸ばしてきた。身長をかんがみても、かなり髪が長いといえよう。

 顔も。見た目も。どこからどう見ても少女。下手すれば小学生にも見える。

 ──そんな少女の機嫌を取るかののうに。男たちは少女を労わっていた。


「コ、コアンさん! ジュースです!」


「感謝する」


「コアンさん! 肩でも揉みましょうか?」


「必要ない」


 こんな物騒な場所に子供がいていいはずはがない。普通ならいるはずがない。来ていいはずがないのだ。イヴも子供ではあるが。

 つまり──この少女、コアンも選手だ。戦士として戦うのだ。



「……幻水迅鋭、か。アビドスを倒すとは。なかなか強いと見える」


「ですがあんなチビ、コアンさんの敵じゃないですよ!」


「お主らからすれば我もチビと思うが……お主は我のことを弱いと思っておるのか?」


「──ちが!? そんなことないありませんよ!?」


「冗談だ。少々からかっただけ。お主はいい反応をするな」


「し、心臓に悪いですよ……」


 コアンはイタズラっ子な笑みをして──すぐに対面するであろう迅鋭へ顔を向けた。




 しばらく時は経ち──選手控え室三号。


「──ただいま」


 帰ってきた──イヴ。どうやら初戦を終えたらしい。


「見たバカ侍? 相手を一秒で瞬殺してや──」



 ……イヴの話は誰も聞いておらず。ユダを含めた他の選手たちは迅鋭の周りに集まっていた。


「お前すげぇな!」

「あのアビドスを簡単に倒しやがって──こりゃ本当にチャンピオンになるかもしれねぇぞ!?」

「先にサインくれよサイン!」


 あまりの人気っぷりに迅鋭も困り果て。視界の端にいたイヴに助けを求めた。


「お、イヴ! ちょっとこやつらを離してくれんか? しつこいし暑いしで──」


 ──ゆっくりと歩いてくる。


「イヴ──?」


 ──頬を膨らませながら頭をベチンと叩く。


「いっだぁ!? なにすんじゃ!?」


「ズルい。あんなに乗り気じゃなかったのに。迅鋭ばっか注目されてズルい」


「んなこと言われても──痛い痛い!」


 嫉妬……のようだ。ポカポカと可愛い効果音を出しながら迅鋭を殴っている。威力は可愛くないが。


「えらく懐かれてるね迅鋭さん」


「どこかじゃ。儂の孫は気性が荒かったが、それでもこんなではなかったぞ」


「孫……? はは、迅鋭さんは冗談が上手いな」




 ──そんな話をしていた時。部屋の扉が開かれた。

 誰かの試合か。でも出番はまだのはず。じゃあ誰──と考えていると、その人物は部屋へズカズカと入ってきた。


 黄色の髪。長いロングコート。チラッと見えたナイフ。間違いない──アビドスだ。


「お前──」


「さっきぶりだな」


 お礼参りか。それともリベンジか。迅鋭だけでなくユダ、イヴも電気を出して威嚇する。


「もしかしてリベンジ? 負けた直後にするのはダサいと私は思うよ」


「お前は黙ってろクソガキ」


「あ?」


 バチバチと腕に電気を纏わせた──と、ここで迅鋭がイヴにチョップ。


「やめんか」


「でも……」


「アドビスと言ったな。なんの用だ」


 アドビスは前髪を整えながら言う。


「単刀直入に言おう。細かく言うのは嫌いだ」


「同感じゃな」


「よし──俺の父親になってくれ」




 ……。固まる。止まる。ちょっと何を言ってるのかが分からない。


「……すまんもっかい言ってくれ」


「俺の父親になってくれ」


「……ふぅ」


 聞き間違いじゃなかった。とりあえず落ち着く。回らない頭を落ち着かせる。


「……前言撤回する。やっぱり細かいところまで説明してくれんか?」


「怖い……」


「あ、頭がおかしい……」


 頭がおかしい系のキャラかと思っていたが、ベクトルが違った。これなら『ヒャッハー』とナイフを取りだしてくれた方がまだマシだ。


「え? ダメなのか?」


「ダメと言うか……分からん。お前の考えとることが分からんのだ」


「分からん、と言われてもそのまんまだ。俺の父親になってくれ!」


「……あー」


 長生きをした自覚はある。それまでに頭のおかしな人間とも出会ってきた。数多くの人間を見てきたと自負していたのだが……こんな人は初めてだった。



 迅鋭が頭を抱えていた時──ユダがふと気がついた。


「なァ迅鋭さん。もしかして──この人、子分になりたいんじゃ」


「子分?」


「──そうだ子分だ!」


 ユダの言葉にアビドスも反応する。正解だったようだ──それでも気になることはある。


「だって組織に入ったらボスのことを『親分』って言うだろ! アンタは強い! 俺より遥かに強い! だからあんたの息子にさせてくれ!」


「なーんじゃそんなことか。それならいい──って嫌じゃ」


「な、なんでだよ!?」


「もう変なやつが勝手に舎弟になってるんじゃ! これ以上変なやつに慕われるのとごめんこうむる!」


 観客席のアンポンタンはくしゃみをした。

 ──そんなことを知る由もなく。アビドスは迅鋭の前で土下座する。


「何でもするから頼む! 身の回りのお世話から業務! 下の世話だってするから!」


「されても困るわそんなもん!?」


「頼むよ親分! 強くなりたいんだ!」


 あまりの懇願っぷりに見てる方まで悲しくなってきた。


「……迅鋭さん。いいんじゃないか? こんなに言ってるし」


「ダメじゃ。儂はもう人の上に立つ気など──」


「──金だって献上する!!」



 ──ピカーンと目の色が変わった。イヴの目が。


「──許可する」


「……え?」


「は?」


「迅鋭は私の仲間。つまり同じ立場。だから私が許可する」


「──い、いいのか!? やったぁ!!」


 跳ね上がり、飛び跳ね、ジャンプして喜びを表す。


「イヴ!? なに勝手に決めとんじゃ!?」


「いいでしょ。子分ができればフライヤーとしても好都合だし」


「儂の都合は!?」


「知らない」


「知らないと!?」


 まだまだ抗議しようとする迅鋭の口をイヴは遮る。


「じゃあ言ってみれば。あんだけ喜んでる人に『やっぱり子分の話はナシで』って」


「ぐ……ぅ」


 無邪気に子供のようにはしゃぐアドビス。あの顔に泥を塗りたくるようなことは──迅鋭にはできない。


「……な、なんで変なのばっかり集まるんじゃ」


 そう吐露(とろ)するくらいしか迅鋭にできることはなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ