第42話『期待の超新星』
あれだけ明るかったリングは黒く。観客席さえも暗闇に包まれていた。騒がしかった観客も暗闇と同時に静かになり。次なる戦いを今か今かと待ちわびている。
──そんな時。リングの中心がスポットライトで照らされた。
そこにいるのはネズ。ねずみ色ながら派手さを感じる衣装を身にまとい、マイクを持って立っている。
「──今宵始まるのは史上最高の快進撃。この地に降り立つ新たなる超新星が我らの星に真の光を指し示すだろう」
外で言えば恥ずかしい言葉もこの場所なら興奮の材料となる。だがまだだ。興奮するのはまだ早い。
「その星の名は──[ラストサムライ]幻水迅鋭!!」
三色のスポットライトと共に迅鋭が登場。溜めて溜めて溜めていた興奮をここに来て一気に解放。観客の声は振動となり空気をも震わせた。
「うぉ……すごいの」
まさに戦場さながらの音の嵐だ。用意された道を歩きながら観客の声に晒される。
「あれが幻水迅鋭か!?」
「えらく小せぇな!」
「絶対勝ってねー!!」
「お前に百万は賭けたんだ!!」
「負けたら許さねぇぞ!!」
立つのは初めてだと言うのに、早速名前まで覚えられている。
──どうせネズが何かしたのだろう。そう考えながらリングに飛び乗った。
リングの上に立つと歓声はより一層強くなる。
「よぉ人気者!」
「お主……なんかしたな」
「ちょいと宣伝しただけさ。まぁこの場所は興奮しやすいからな。少し大きく出ただけでみんな声に色をつけてくれる」
──光が暗転。また真っ暗闇に早変わり。歓声もまた鳴りを潜めた。
「──前に立つ者は全てぶちのめす。超新星? そんなもの知るか。その狂乱はチャンピオンすら引きずり下ろす!」
暗闇に驚いた迅鋭が向いた先は──自分が出てきた反対の場所。色の付いたスポットライトが当てられている場所であった。
「星を堕とす者──[狂乱]アビドス・アルミオン!!」
──弾丸のように飛び出してきたのは黄色の髪をした男であった。
「ひゃっは──!!」
身長は百八十ちょっとか。真っ黄色のロングコートを羽織り助走をつけてリングに飛び乗った。
目は鋭く。歯は野獣のように尖っている。顔の節々から野生味を感じ取れ、その猫科の動物のような両腕のは、人々に食物連鎖の恐怖を思い出させた。
これでは『狂乱』というより『ケダモノ』ではないか。雰囲気だけならどこぞの陰陽姉弟よりも獣感があるぞ。
「死ぬなよアビドス!!」
「いつもみたいに血を見せてくれ!!」
「吠えろ吠えろ!!」
「そんなチビやっちまえ!!」
こちらも歓声は濃い。耳が痛くなるほどの声をアビドスは両手を掲げながら堪能していた。
「──幻水迅鋭だっけか」
「……あぁ」
声はびっくりするほど冷静で。思っていたよりも穏やかで。少し意表をつかれた。
「この歓声……俺は大好きなんだ。生きている心地がする」
「儂には分からん感情じゃわい」
「だが俺にはもっと大好きなことがある」
──コートの下からナイフを取り出した。よく見ると中の服にはびっしりとナイフが貼り付けられてある。
「──人の血を見ることだ」
グワッと観客のボルテージが上がるのを迅鋭は感じた。
「千本ナイフだ!!」
「今日はサボテンを見れるのかよ!!」
「やっべぇポリ袋忘れちまった!!」
「清掃員はちゃんと追加してんのかよ!!」
観客は知っているのか。まぁ言葉からして予想はつく。どうせ気分の悪いものだろう。
「──殺す気で来い! じゃねぇと血が騒がねぇんだよ!!」
「……善処してやる」
盛り上がったところでネズが迅鋭に近づく。
「初めてのお前にルール説明……と言っても、ほとんどないがな」
「とっとと済ませろ」
「ルールは簡単。相手を戦闘不能にするだけだ。気絶、戦意を喪失させる、相手を殺す──ま、なんでもありだ。戦闘不能は俺が判断する」
グチャグチャと細かくないのはいい。頭が混乱しなくてすむ。
「この程度の相手はさっさと終わらせてくれよ。もし負けなんてしたら墓も立ててやらねぇからな」
「お主があれだけ言うから出てやったと言うのに……」
「はは、そう怒るなよ。いい試合をしてくれたら豪華な墓を立ててやるからさ」
「じゃあ期待してるぜ──」
──ネズはコーナーの上に立った。腕を天に伸ばし。戦いの合図を宣言する。
「構えてぇ──!!」
──アビドスが構えた。ナイフを指の間に挟み、体を低くする動物のような構え。こう見ると本当に野獣のようだ。
──迅鋭もとりあえず構える。腰を回していつでも抜刀できるように。幻水流にも抜刀術は存在するが、今は最大限の効果を発揮できない。
だがそれでも抜刀速度には自信がある。なのであえて抜かない。あえて、だ。
「──はじめぇい!!!」
──迅鋭の顔面に放たれたナイフを寸手のところで避ける。
ナイフは観客席へと向かい「わぁ!?」「うぉ!?」という観客の悲鳴と同タイミングで停止した。
「お前っ、関係ない人に当たったらどうするんじゃ!?」
「ここに来てる時点で『関係ない人』なぞ存在しねぇ!! 同意書は書いてんだ。死ぬのは本望だろうぜ!!」
──投擲。──投擲。──投擲。
言葉を出す暇さえも与えぬ連続投擲。銃弾くらいの速度のナイフを一回の腕の振りで三発は放つ。
それは例えるなら散弾銃。見切って回避するのも至難の業だ。
「オラァ!! どうしたどうした!! 逃げ回るしかできねぇか!?」
回避。回──避しながら急接近。『波紋』を使って一気に相手の間合いにまで入り込む。
「チッ──!!」
横胴に向けて抜刀──はナイフに防がれた。できた隙をもう片方のナイフで切りつける。
足を組み替え、引きずりながら回転。反対側の胴体へと移動する。
「このっ──」
相手の得物はナイフ。小回りならばアビドスの方が上手だ。
すぐに持ち替えて迅鋭の首にナイフを振り下ろす──。
──消えた。
「──」
──否、上だ。
アビドスの頭を掴んでジャンプ。降りてくる重力と回転による遠心力。それらを統合させてアビドスの背中を切りつけた──。
──直撃。アビドスは声を漏らしながら体勢を立て直す。
「ぐっ──そ」
痛みはなかなか。戦えないことはない。出血も斬られた直後なら少ないはず──。
「……あ?」
──斬られていない。斬られていないのだ。
迅鋭が放ったのはなんと峰打ち。斬るのではなく叩いたのだ。よって血も出ていない。
「良かったわ。未来の刀じゃから峰がないかもと思っておったが、あったみたいじゃ。良かったの」
「お前っ……!!」
良かった──なんてなるはずもなく。迅鋭の言葉はアビドスの沸点を突き刺した。
「俺を舐めてんのか!?」
「無駄な殺生をしないだけじゃ。お主だって死にたくはないだろ」
「ふざけっ、ふざけんな!!」
両手にナイフを。花が咲いたかのように大量に指で挟む。
「……降参はしないか」
「しねぇよ! 死んでもしねぇ!! お前を殺すまでぶっ殺されても死ぬかよ!!」
「──分かった」
刀を逆手に。柄頭を相手に向ける。
不思議な構えだ。次の攻撃の択がまったく読めない。予想もつかない。
「眠らせてやろう」
──ナイフを投擲。前方広範囲を覆うようにナイフの雨を降らせた。どこに避けても。どう避けても。必ず一本は当たってしまう。
不可避のナイフは──なんと一本も当たることなく迅鋭を通り抜けた。
──『波紋』で一気に急接近。そして下へとへばりつくように回避する。
不可避の範囲は前方全域──正確に言うと違う。範囲は四角形ではなく三角形。そうなると安全地帯はアビドスの近くの下方。その場所に伏せれば攻撃を避けることができるのだ。
アビドスの攻撃の手は無くなった。防御する方法もない。次の迅鋭の攻撃を甘んじて受け入れるしか──。
──顎に柄頭をアッパー気味にぶち当てる。
「──!?」
足を回し、腰を回し。体を回して──柄頭をアドビスの後頭部に叩きつけた。
顎への一撃。後頭部への一撃。弱点への二連撃の打撃ならば。アビドスを気絶させるには十分であった──。
「幻水流──『濁潮』」




