第41話『戦の母』
ホログラムは形を変えて五人の前へと移動した。──そこにはアプリの利用規約みたいな文章がずらりと。なんだか見る気が失せてくる。
「これは簡単に言うと『重篤な怪我をしたり、死んだとしても自己責任な』ってやつだ。同意するか?」
「そんな簡単なことをよくこんなに難しく書けるのぉ……」
「同意する」
「よし。なら次はルール選択だ」
「儂は何も言っとらんのじゃが」
画面は切り替わり、選択肢が二つ現れた。
『ブラッドハンド』
『ブラッドウェポンズ』
いかにも男の子心をくすぐるような名前だ。
「ハンドは『武器なし』のバトル。要するに殴り合いだ。スーツの特殊能力はあり。これはウェポンズより安全だが、レートは少し落ちる」
「次にウェポンズ。これは『武器あり』のバトルだ。こちらが用意した武器を使って斬り、叩き、撃ち合う。スーツの能力もあり。ハンドよりも死の危険が大きいが、レートも高いしスリリングな分、客ウケもいいぞ」
ぶっちゃけどちらも危険。だが話を聞く分だとハンドの方が安全そうだ。安定性を取るならハンド一択だろう。
「……じゃあ儂はハン──」
「アンタはウェポンズだ」
「はぁ!?」
「私はハンドで」
「よし。これで終わりだ」
──まぁこれでは迅鋭が納得するわけもなく。ギリギリ身長が負けているネズに抗議する。
「なんで儂を無視して話を進めるんじゃ! 不服じゃ不服!」
「いいじゃねぇか。だってあんた──超強いだろ?」
ネズは机の上に座った。
「分かるんだ。今も抑えてる方なんだぜ。俺は過去一興奮してる」
「……なんでじゃ?」
「ようやく見つけたんだよ。『戦の母』をぶちのめせる奴が。それがお前だ幻水迅鋭」
人差し指を迅鋭に向ける。
「戦の母……さっきも言ってたよね。誰それ」
「──ブラットバトルにおいて過去未来を含めても最強と言われた人がいた。通算戦績二百五十二勝〇敗。それまで居座っていたチャンピオンを無傷で撃破。それからも無敗の王として君臨し、今なお連勝記録を伸ばし続けている」
「人々は経緯を込めて彼女をこう呼ぶ。──戦の母』と」
「俺は変化が好きなんだ。頂点を取ったチャンピオンでも負けるかもしれないハラハラ感! 最後までどちらが勝つか分からないドキドキ感! それが戦いの醍醐味ってやつなんだが──あいつは圧倒的すぎる。もはやハラハラ感がないんだよ。選手たちもビビって戦の母とはやりたがらねぇし。だが──お前はそこらの有象無象とは違うだろ。見たら分かるんだよ。顔からして違う。数々の死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者の顔だ。だからお前ならやれる。戦の母をチャンピオンの座から引きずり下ろせる」
どこか掴みどころのない態度から一転。ネズは本気の言葉で迅鋭にそう言った。
「ぬ、ぅ……そんな期待されても困るんじゃが……」
「無理やり参加させたのは悪かった。だがあんたなら戦の母にも勝てる。──頼む! どうか戦ってくれ!」
──ネズは深々と頭を下げた。
頭まで下げられては無下になどできない。褒められて悪い気もしないし。迅鋭はため息をつきながらも答えた。
「……分かった。そんなに言うなら出てやる」
「──その答えを待っていた!」
ネズは口角を上げながら机の上に飛び乗る。
「さぁさぁ興奮しろ──今日この日! ブラッドバトルに革命の一夜が訪れる!」
「期待してるぞ。幻水迅鋭──」
「──私なにも言われなかったんだけど」
案内されたのは『選手控え室』という部屋。選手はどうやらここで出番が来るのを待つらしい。控え室は『十五号』まであり、現在二人がいるのは『三号』だ。
部屋にはだいたい十人くらいがおり、ハンドとウェポンズ、男も女も関係なく待機している。
選手でないアンポンタンは入れないので観客席で迅鋭とイヴの出番をワクワクしながら待っていた。
「私なんか空気だったんだけど」
「儂に言うな」
ずっと迅鋭にばかり期待されていたのがご立腹のようだ。
「しかし武器も色々あるのぉ。こうも多いと悩んでしまうぞ」
──ズラっと並べられた武器たち。種類も豊富。刀は当然として、棍棒にナタ、ナイフやムチ、なんと拳銃まである。
これぞ男のロマン。平然としている迅鋭も胸を高鳴らせながら武器に目を走らせていた。
「この拳銃というやつ……かっこいいな。使いたい」
「使い方も分かんないでしょ」
「最悪素手で戦うからよかろう」
「良くないよ。負けたら怪我するよ。あと私が貰えるお金が減るじゃん」
「お主が貰う前提かい」
二人で話をしていた時──後ろから声をかけられた。
「あんたが迅鋭さんかい?」
男だった。髪はサラサラ。塩顔の韓流イケメン──なのだが体がどうにも合っていない。ムッキムキなのだ。しかも服装は白のタンクトップときた。
「そ、そう……じゃが……」
人を見た目で判断するなと言ってもこれは例外。コラ画像のような姿に迅鋭もイヴも引いていた。
「俺はユダだ。よろしく」
「裏切りそうな名前だね」
「……子供の時からそれ言われてる」
昔から苦労してきたようだ。その泣き顔を見れば分かる。
「それはそれとして。君もいきなり大変だねぇ」
「大変?」
「デビュー戦からあの『狂乱のアビドス』が相手だなんて。ちょっと可哀想だよ」
ユダが見つめる先──そこには予定表が映されたホログラムがあった。
『幻水迅鋭VSアビドス・アライクイネ』
試合はあと五分後。──そう、五分後だ。
「儂なんも用意してないんじゃが?」
「武器と己の体ひとつがあれば十分だよ」
「そう言われても心構えとかがまだ──」
──そう言ってる間に控え室の扉が開かれた。入ってきたのは黒服の男。
「──ウェポンズの幻水迅鋭。出番だ」
「お、早速じゃん」
「頑張ってきてね」
「……なんかここに来てから展開が早くなった気がするが」
「気のせいでしょ」
そういえばまだ武器を選んでいない。なんでもいいとはいえ、負けるのも嫌だ。
──ここは一番手に馴染むものにするとしよう。
迅鋭は刀を手に取ってリングへと向かった。




