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第4話『過去VS未来』

 距離は三メートル──だった。


 迅鋭の瞬きと同時にイヴが接近する。黒い剣は迅鋭の首元へと滑り込む──寸前で防いだ。


「──速いな」


 角度を変えて攻撃。──防ぐ。

 また角度を変えて攻撃。──防ぐ。

 さらに角度を変えて攻撃。──防ぐ。


 まるで猿のように動き回って迅鋭に攻撃。それをまったく動かずに防ぎ続ける。


「どこの流派だ? こんな動きは見たことないぞ?」


「自分で考えてみたら──!!」


 ──刃と峰がかち合う。刀と剣は離れることなく。鍔迫(つばぜま)りでの勝負へと変わった。


 鍔迫(つばぜま)りで必要となるのは背筋。何百、何千回、下手すれば何万回。数え切れないほどの素振りを繰り返した迅鋭の背中には鬼が宿っている。相手はたかが小娘。すぐに押し潰せる──はずだった。



「っ──なんだお前……っ!?」


 押し返せない。力が完全に拮抗していたのだ。気を抜けば自分の方が押し潰されてしまう。迅鋭の頬に汗が流れた。

 いくら鍛錬を積んだとて、男女には格別された筋力差がある。しかも迅鋭は『剣鬼』と恐れられた男。普通なら競り勝つことなど不可能なはずだ。


「さっきの動きといい……獣か貴様……!!」


「人のことを動物扱いしないで……っ!」


 相手は小柄な少女。体格で見ても迅鋭とイヴが互角の筋力を持ってるなどありえないはずなのだ。


 ──それはそれとして。イヴの方も迅鋭に対して驚きを隠せていない様子であった。


「あんたこそ……なんでスーツも着てないのに……こんな力強いのっ……!?」


「はぁ? スーツ……なんじゃそれ──っ!」


 このままやり合っても(らち)が明かない。とりあえず迅鋭はイヴを蹴飛ばして距離を取った。



 腕が痺れる。指が痛い。思ってる以上に力を込めていたようだ。


「これでも若い頃は幕末最強と恐れられておったんじゃがなぁ……歳をとって弱ったとはいえ、少し自信を無くすぞ」


「……? 何言ってんのか全然わかんない」


「安心しろ。儂もお主の言っとることが全然理解できん」


 刀を前に。相手が子供だからと油断と慢心、手加減もしていた。だがその結果がこれ。気を弛めていては敗北してしまう。


「小娘にやられては弟子たちにも示しがつかんからな」


 ──イヴの肌から鳥肌が飛び立つ。ゾワッと体が浮く感覚までやってきた。

 迅鋭が放ったであろうオーラ。このような緊張感をイヴは生まれて初めて感じた。


「本気でゆくぞ」



 軽く目を後ろに流す。ロアは……いない。逃げてくれたのだろうか。まぁロアの性格的に近くに隠れて戦いを見ているのだろうが。

 だがそれでもいい。長期戦となれば不利になるのはイヴ側(こちら)


「──リミッターライン(絶縁壁)リリース(解放)


「……?」


 だが相手はスーツも知らない無知者。情報のあるなしのアドバンテージはかなり大きい。

 スーツを知らないのならば。イヴの奥の手も予想すらできないはず。


セット(解放)──オーバーボルトモード(帯電状態)




 ──イヴの白い髪が一呼吸の間に黄色へと染まる。


「……な、なんじゃ?」


 どこからか出現した電気はイヴの周りを小鹿のように駆け抜けてゆき。黄色い閃光を撒き散らしながら全身へと覆われる。


「お前……何を──」



 ──消えた。

 まさしく電撃のような速度で背後へと回り込み、迅鋭の背中へと切りかかる。


「っ……!?」


 かろうじて防ぐ──が、今度は真正面へと移動。またすぐに攻撃を仕掛けてきた。


 正面。横。背後。果ては上から下まで。動き方はさっきと同じだが、速度が違いすぎる。馬の速さで猿のような動きをしているのだ。目で追うのすら難しい。


「貴様──(あやかし)の類か!?」


 迅鋭の問いに答えることなく。次から次へと矢継ぎ早に攻撃を繰り出し続ける。

 防ぐことのできていた先程とは違い、防御すれば吹っ飛ばされてしまう。パワーまで上昇しているようだ。鍔迫(つばぜま)りなんてしようものなら、ものの数秒で潰される。


 もうプライドなんて関係ない。子供だからと言って油断もしない。相手が化け物なら、それなりのやり方がある──。




 防戦一方の迅鋭。イヴは勝利を確信していた。

 スーツを知らぬ男ならば困惑するのは当然。弱点を知られる前に速攻を決める。短期決戦ならばこのスーツの本領発揮だ。


 防いで、避けて、転がって──防ぐことなどできない隙を発生させた。


「もらった──!!」


 これ以上は考えられない完璧なタイミング。イヴの剣は迅鋭の脳天へと叩きつけられた──。




 ──はずだった。


「──え」


 まずイヴが感じたのは──液体であった。生身の人間を殴ったはずなのだが、手に触れた感触と視覚には、人の形をした水が映っている。

 迅鋭が水に変化したのか──そんなことはなく。迅鋭は殻を破ったかのように横へと避けていた。


「なん──」



 ──後頭部に強い衝撃が。神経は二重線を貼り付けられたかのように鈍り。視界も上からシールを貼り付けたかのように震える。


「がっ……ぁ……!?」


 体は受身を取ることもできずに倒れた。握っていた剣は手から離れ。戦うどころか、動くことすらままならない。


「……ふぅ、久しぶりにやったが、勘が鈍ってては危ないの」

「戻るまでは封印じゃな。この技は」


 迅鋭は倒れているイヴの前に納刀──つまるところ勝利宣言と同義だ。

 刀を納める音だけを聴きながら、イヴは自分の敗北を悟る。


「安心せい。頭の後ろを(みね)で叩いただけじゃ。直に動けるようになる」


「く……ぅ……」


「まーこれも教訓。これからは玩具でも人に剣を向けてはならんぞ?」


 ハッハッハ、と笑う迅鋭。──屈辱だ。しかし動けない今じゃ悔しさを表すために砂を握ることすらできない。



「──何もせんから出てこい」


 ──迅鋭の声に反応して瓦礫の影からおそるおそる出てきたのはロアだった。両手を上げて降伏の意志を示す。


「お主が保護者じゃろ。ちゃんと教育せねばいかんぞ」


「……私も苦労してるわ」


「まぁこれで話し合いの続きができるの。──儂としても聞きたいことが増えたし」


 相手はイヴを倒した男。戦闘能力のないロアでは戦うことはできない。

 戦闘の意思はないようだが……油断は禁物。こちらから仕掛けたのでロアが攻撃されても文句は言えない。


(逃げる準備くらいは……でもこの人あんまり悪い奴には思えないけど──)




「──がぶ……っ」


「……え?」


 ──血が。迅鋭の口から吹き出た。


「が……ぁ……がぁ……?」


 攻撃はまともに喰らっていない。負傷なんてしていない。じゃあなぜ血を吹き出した。


「なん……だ──」



 ──迅鋭が地面へと倒れる。


「……まさか」


 ロアには一つ心当たりがあった。駆け寄って首筋に指を当ててみる。


「……間違いないわ。濁流星症(だくりゅうせいしょう)ね」


「じゃあ……チャンスじゃん……」


 復活したイヴは、剣を杖のようにして震えながら立ち上がっていた。


「早く逃げようよ」


「……」


「どうしたの?」


「──助けよう」


 倒れている迅鋭を抱き抱えるロアにイヴは目を丸くして抗議する。


「ほ、ほんとに言ってんの!?」


「だってほっといたらこの人死んじゃうし」


「でも私たちを襲ってきたんだよ?」


「先に手を出したのはイヴでしょ。この人は殺そうと思えば殺せていたのに……それでも峰打ちで済ませた。私には悪い人には見えない」


 ──ロアの言葉に負けたのか。イヴは頭を()きながらため息をついた。


「ロアが言うなら……従うよ」


「じゃあ早く帰りましょう。じゃないと私たちまで(かか)るかも」


 ──迅鋭とロア。この二人の邂逅によって日本は混乱へと落ちてゆくのだが、それはまだ先のお話。今の二人には知る由もないことであった。

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