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第39話『裏カジノ『グランドフィナーレ』』

 階段は薄暗く。それでいて肌寒い。ほのかな明かりは暗闇よりも恐怖を増長させ。不気味な空間を作り出す。

 一段一段と踏む度に冷たい音を出す階段は低くなった体温をさらに下げにかかってきた。

 いつまで続くのか。どれだけ歩くのか。終わりはあるのか。考えれば考えるほど恐ろしくなってくる。


 前を歩いている女性はそんな階段を当たり前かのように降りている。慣れているのだろう。だが──後ろの二人はそうはいかないようだ。

 あれだけ口で喧嘩していた二人もこの階段は怖いようで、ブルブルと震えながら女性の後をついて行っている。


「……ねぇ」


「……なんだ」


 静寂に耐えられなかったイヴが口を開いた。手を招いて迅鋭に耳を近づけさせる。


「さっきのアレ。言ってて恥ずかしくないのかな」


「……『黄金が蠢く光の世界へと』ってやつか?」


「そう」


 ……そこは言わない約束じゃないか。とも思ったが、確かに気になることだ。


「……あれってさ。上の人に『言え』って言われてるのかな?」


「さぁ……どうじゃろ。案外自分で考えたりして──」


「──お客様。私語はお控えください」


 真面目なトーンで言われてしまっては従うしかない。二人は口を閉じた。

 ──その時イヴは気がついてしまった。女性の耳が赤くなっていることに。


「ほら見て。あのお姉さん耳が赤くなってる。やっぱり恥ずかしいんだよ」


「や、やめてやれイヴ」


「でも業務で言ってるなら慣れるはずだよね。……もしかしてさっきのアレはアドリブ? 自分で考えて言ったの?」


「まだ仕事に慣れてないかもじゃろ?」


「だって扉開けるのとか手馴れてたし、合言葉を言われても飄々としてたし。それにすっごいドヤ顔だったよ? ──あ、ほら耳がもっと赤くなってる。やっぱりあれオリジナルだったんだ」


「やめんか! そんなこと言いたくなる時もあるじゃろ!? 誰だってこう……いい感じの言葉を使いたい時だってあるんじゃ。こんな時はそっとしておくのが一番──」


「──お客様」



 ──なんて言ってる合間に到着。木と金属でできた重そうな扉が道を遮っている。


「扉の先がグランドフィナーレです。ここまで来たからには知ってると思いますが、扉を抜ければ法律は適用されません。正確に言うなら話は違ってきますが、とにかく。ここから先は自己責任でお進み下さい」


 どことなく緊張感のない二人に気を引き締めさせるように。あと「これ以上は言うな」と言いつけるかのように。女性は強い口調で言った。


「はい」


「あいわかった」


 警告はした。ならば止める義理も理由もない。手馴れたように女性は扉を開けた──。




 ──広い。そして眩しい。まず入ってきて最初に思ったことだ。

 高さは二十メートルほどか。見上げれば金の装飾が入った美しい天井絵が目に入ってくる。縦と横もなかなか広い。一瞬、何キロも続いているのかと思ったが、どうやら壁は鏡になっているようだ。それでも広いことに変わりない。

 そして目玉の賭博。種類も豊富でどれも非日常を肌で体感できるほどの豪華さだ。

 天井ではホログラムの女神がストリップダンスをしており、スロットは回る度に金粉が舞う。ディーラーはどれも美男美女。一際目を引くのが、双子でブラックジャックをやっているディーラーであった。


 圧巻だ。壮観だ。思った以上に賭博というのは発展している。迅鋭も思わず息を飲んだ。


「では。ゆっくりとお楽しみください」


 女性はそう言って扉を閉めた。



 ──というわけで取り残された二人。何があるかも、何ができるかも把握しきれていない。

 そして色々と気になる。なのでまずは探索をおこなうことにした。


「銭はいくらある?」


「……千円とちょっと」


「ふむ……やるか」


「無理いうな」


 周りはどこもかしこも金持ちそう。ホコリ一つないタキシードやドレスを優雅に着こなしている。

 それでいて言葉遣い、マナーも完璧だ。これでは非の打ち所がないではないか。

 そんな中で私服の二人が歩いている。やっぱりそうなると浮いてしまうようで、歩けば歩くほど他の客にジロジロと見られていた。


「……服とか変えた方がいいかな」


「止められはせんかったしいけると思うんじゃが……」


「……なんか嫌な予感がしてきた」


 こうも見られていては恥ずかしい。どうせなら服装に見合わないチンピラみたいなのがいてくれたら気も落ち着くのに──




「──おうおぅ!? ここに見合わない布切れを着た奴らがいるなぁ!?」


 ……いた。


「そうでやんすね兄貴!」


「あれー? ここから庶民の匂いがしますわー? なんででしょうねー?」


 一人は百八十センチほどの筋骨隆々の男。控えめに言ってブ男だが、筋肉は本物のようだ。

 もう一人は小柄な男。モヒカンみたいな髪をしており戦闘力はなさそうだ。でも刃物は持ってそうな顔をしている。

 そしてもう一人は赤いドレスのお嬢様。金髪ロールで『いかにも』って言った感じだ。


 すっごいテンプレ。三人ともどっかで見たことのある感じだ。あまりにもありきたりすぎてイヴは吹き出してしまう。


「……おうガキ!? 何笑ってんだてめぇ!?」


「やんす……やんすって……ふふ」


「なに笑ってるでやんすか!」


「ちょ、ちょっと待って、ほんとに……あはは!」


 珍しく人前で大笑い。隠そうとはしているが隠しきれてない。途中から諦めて思い切り笑っていた。

 そんな笑われてチンピラたちもにっこり──なんてなるはずもなく。煽られたと感じだ三人は怒りをどんどんと(あら)わにしていく。


「このガキ……舐めやがって……!!」


「やってやるでやんす兄貴!!」


「大人を舐めたらどうなるか……体で教えてあげるしかないようね。やってしまいなさい!!」


「じぶっ、自分でっ、やらな、やらないのかい──はははは!!」


「これ! そろそろやめんか!」


 もはや腹を抱えて笑っている。ちょっと笑いのツボが分からなくなってきた。ここまで来ると何やっても笑えてくるのだろう。


「……ま、まぁ落ち着きなされ。気を悪くさせてすまぬ。儂らはもう帰るから──」


「あぁ!? 黙ってろチビ!!」


「そうよ! ここは子供が来るところじゃないの!」


「もしかして二人でデートにでも来たんでやんすか? ちょっと子供には早いでやんすよー」


「はいはい。子供が来るには場所にはちょっと早かったの。ほら帰るぞイヴ」


 手を引いて帰ろうとする迅鋭──その後ろから隕石のような巨腕が振り抜かれていた。


「てめぇはすっこんでろ──!!」




 ──突如として体が反転。頭から地面に叩き落とされた。


「ぐぁ──!?」


「へ……兄貴!?」


「ちょっとアナタ!?」


「お前──いきなり暴力はあかんぞ」


 理屈としては簡単。殴ってくる方の腕の手首を掴んで捻る。こうすれば相手の力は逆流し、実質的に迅鋭の物となるのだ。

 相手の力をそっくりそのまま相手へと返す。返す時にちょちょいと工夫すれば、ダメージを与えずに制圧することが可能だ。


 ──勝てない。技をかけられただけで分かる。自分の攻撃を軽く見切られ、あまつさえ怪我をしないように気遣ってくれた。

 それは優しさでもあり、一種の威嚇でもある。


『やろうと思えば殺せるぞ』


 という脅しを体に焼き付けてくるかのように──。

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