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第35話『最悪の予感』

「──そんなこんなでイヴがヴォッシュの頭の上でコサックダンスを踊ることになったの」


「うん。何も分からん」


 談笑しながら帰宅。家の扉を開ける──するとドタドタと走ってくる音が。


「──おかえり! 遅かったじゃん!」


「ごめんね。ちょっと半額の争奪戦に巻き込まれてて──」


「その話は後で聞くよ。早速で悪いんだけど、見て欲しいものがあるの!」


「見て欲しいもの?」



 パソコンの前にはイヴとヴォッシュがいた。


「遅い。お腹空いた」


「ごめんねイヴ。用事終わったすぐ作るわ」


「デートは楽しかったか? 迅鋭」


「実に有意義な時間じゃったぞ」


 そんな話をしてる最中──カレンはパソコンに再生しかけてある映像を映していた。


「動画……というやつじゃな」


「そう。覚えてる迅鋭? 黒馬組から取り返したペンダント」


「あの倉庫の時のやつか」


「うん。そのペンダントにはUSBメモリが隠されていたの」


「知らん単語じゃな。話が止まるから質問はせんぞ」


「ようやく理解したんだねバカ侍」


「やかましいわ」


 ……結局、話が止まってしまった。迅鋭とイヴをたしなめつつ話を続ける。


「USBメモリには動画が二十三個入ってたの。そのどれもが重要そうな映像だったんだけど──特に二つ。気になるものがあってね」


 意味のある動画の一つをカレンは再生した。




『──この映像を見ているということは、俺は既にこの世を去っているということだろう』


 男が車庫のような場所で話をしていた。ボロボロの服装。ボサボサの髪。満身創痍の言葉にピッタリな様相だ。

 顔からして──依頼人のお父さんか。なんとなく面影を感じた。


『話したいことは沢山あるが、時間がない。端的に話をするとしよう』

『俺は二二二一年十一月に起きたタングステン暗殺事件について調査をしていた。最初は編集長に頼まれたからやってただけなんだが……警察に司法。下手すればもっと大きな組織が絡んでいる。俺は調べていくうちにそう確信したんだ』


 指を動かし。足を揺らし。ソワソワと。男は落ち着きが無い様子だった。


『俺はジャーナリストだ。気になることがあるなら何でも調べる。端から端まで。奥から奥まで。底なら底まで──だが今回はそれが仇となった』


 言葉を必死に探しているようだ。まるで命を狙われているかのように。


『真相を追っている内に入ってはならない領域にまで踏み込んでしまったんだ。馬鹿だったよ。軽率でもあった。だがそこで分かったこともある』

『やはりあの暗殺事件には裏があった。とある組織が絡んでたんだ』


 ──男は真っ直ぐこちらを向いている。カメラではなく、こちらを。映像を見ている人を真っ直ぐに。


『裏社会でも頂点に位置するその組織の名は──碧愛(へきあい)会』

『もし勇気のある者がこの映像を見つけたなら……どうかネットに流してほしい。どうか俺の死を無駄にしないでくれ』


 焦り。諦め。負の感情が混ざった顔で男は言葉を繋ぐ。


『そしてこれを見ているのが……考えたくもないが……娘よ。どうかUSBを壊してほしい。俺の事を忘れて静かに幸せに生きてくれ。どうかお前だけはこんなことを知らずに生きてくれ。──お前に構っていられなかった最低最悪な父親の最後の頼みだ』




 ──動画はここでプツリと途切れた。終わってしまったようだ。


碧愛(へきあい)会……か」


「聞いたことあるのか?」


「有名も有名。正確に言うなら、そのボスの方が有名なんだけど」


 カレンが唇を噛みながら答える。


「ボス……組織の長のことか。──でも裏と言うからには隠れるのが普通じゃろ。なんでボスの方が有名なんじゃ?」


「色々と特殊なんだよそこはね」


 ──画面が切り替わり、ある男の顔写真が映し出された。

 銀髪のオールバック。線の入った額。鋭い目つき。シワの入った肌。年齢は六十代だろう。体は見えないが、首の筋肉から見て筋骨隆々なのは確かだ。

 それだけならいい。特徴としてはありふれているからだ。ただ──。


「裏社会というのはその特性上、頂点に位置する組織がコロコロ変わるの。この碧愛(へきあい)会以前にも無数の頂点は存在してた。中華マフィア『鎮魂会』、レッドギャング『ブレスレット』、大規模人身売買組織『カレイドスコープ』。有名なのはここら辺。もうどれも覇権争いに負けて消滅してるけど」

「──ただ、ね。この頂点の組織には共通点があったの」


「……その共通点というのがボスというわけか」


「正解。どれだけ組織が変わっても。その男はいつも頂点にいた。全く接点のない組織だったとしても。時間が経てば必ず頂点にその男は立っている」

「男の名は──『エンテイ・グラディウス』。またの名を『唯一王』」


 ──エンテイ。その男の顔には覇気があった。視界の端に一秒でも映っただけで頭にこびりつくような。どんな相手をも平伏させるような。

 迅鋭は唾を飲み込んだ。──この男は強い。写真を見るだけで手が震えるほどに。長年の経験から分かる。百戦錬磨の武人でさえも、この男を戦場で見れば裸足で逃げ出す。そんな予感がするほどに。そんな妄想が自動で流れるほどに。


「……この男は悪人じゃろう」


「そうだね。とびっきりの悪人だよ」


「なぜ顔が分かっているのに殺せないんじゃ。未来の技術なら居場所を割り当てる、なんて簡単じゃないのか?」


「理由は単純。シンプルなこと。──強い。ただそれだけ」

「もちろん捕らえるため、殺すためにに何度も討伐作戦がおこなわれたよ。でも全部失敗。エンテイの前に屍の山ができるだけだった」

「今となっては『兵士の無駄』ってことで作戦は抹消。エンテイはずっと好き放題にしてるってわけ」


「……儂の考えは間違ってなどいないのか」



 ──ただ。そうなると疑問が出てくる。


「なんでアフターグロウはUSBを狙ってたんだ? 映像にはアフターグロウの文字なんてなかったが」


「他の映像にはアフターグロウに関することは映ってた?」


「いいや。ないよ」


「じゃあ完全に意味不明じゃない……」


 謎が謎を呼んでいる状態。意味が不明で分からないことが多すぎる。まるで濃霧の中を歩いているかのようだ。



「……気になる映像が二つある、と言っておったなカレン」


「うん」


「分からないことを延々と考えるより、先にもうひとつの動画を見る方がいいんじゃないか?」


「──こういう場面で迅鋭の言葉が役に立つとは思わなかったよ」


「そうね。迅鋭の言う通りだわ」


「いいこと言うじゃんバカ侍」


 サラッとバカにしたイヴとカレンにチョップを喰らわせつつ、次の動画は再生された──。




 ハンドカメラからの映像だ。ブレブレだが見えるには見える。どこかの研究所のようだ。


 訳の分からない機械。ホルマリン漬けにされた生物。得体の知れない注射。血で濡れたタオル。檻に入れられたネズミ。薄汚れた壁や床──。

 頭でパッと浮かぶマッドサイエンティストの研究所といった風貌であった。


『ここが……あの……』


 声の主は先程と同じ。依頼人のお父さんだ。


『反乱軍は一体何をしようとしてるんだ……?』


 ──反乱軍。まさか聞くとは思わなかった。じゃあここは反乱軍の研究所なのだろうか。

 映像を撮っている人物はごく普通のジャーナリスト。特別な特権も持っていないはず。つまり──絶対に入ってはいけない場所に入っているのだ。

 緊張感が見ているこっち側にまで伝わってくる。慎重に。警戒しながら男は歩いていた。


 しばらく進んでいると不思議な場所に到着した。

 小さい円盤の台に乗せられた機械がある場所だ。その場所の周りは異様に機械が多く。どれも重要そうなものばかりであった。


『これ……は……?』


 機械はかなり小さく。可愛く例えるならマシュマロと同じくらいの大きさだ。

 形はマイクロチップ。色は青。外から見ただけではどんなものなのかが分からない。


 台の上にある機械に手を伸ばす──が、途中でやめた。

 代わりに床に落ちてあったレポート用紙を手に取った。


『なになに……これが完成すれば世界が一変する』


 研究資料かと思ったが違ったようだ。なにかの宣言というか、決意表明みたいなのが書かれてある。


『全てを根底から破壊し。新世界を作り出すためには。この装置が絶対に必要となる。これは我らの悲願。そして希望だ』

『我らは禁忌に触れてしまった。こうなってしまっては後戻りなどできない。どれだけ失敗しても。どれだけの犠牲を払ってでも。絶対に。成功させなければならない』


 その言葉には凄まじい執念が入っていた。怨念と言ってもいい。生半可なものではない。『覚悟』とも言える文章が──。


『──Soul(ソウル) Illusion(イリュージョン)。これは新たなる時代の中心となるだろう』




 ──動画はここで終わった。


「……も、もっと分かんないものが出てきた」


「ただでさえ碧愛(へきあい)会が出てきて混乱してるってのに……」


 濃霧がもっと濃くなってしまった。ペンダントの解析が終われば謎が解きあかされる──なんていうのは甘い考えだったのか。

 お腹が空いていたことも忘れ。五人は謎に対しての討論をおこなっていた。


「動画の中では『新たなる時代』とかいってたよね。反乱軍が持ってるものだし、兵器だったりするのかな」


「そうだと思うが……にしては小さすぎないか?」


「人に直接危害を加えるものじゃないのかも。毒ガスを噴射したりとかさ」


「それ直接的に危害を加えてるって言わないのか?」


「迅鋭。私は間違ってることを指摘されると嫌な気持ちになるんだ」


「儂もじゃ。奇遇じゃな」


 話し合いが口ではなく拳になる寸前──ロアが喧嘩を止めるように話した。


「……思ったんだけど。ハクの屋敷でデクスターに襲われたのってさ。前に反乱軍から箱を盗んだからじゃないかしら」


「それは十中八九そうだろうな」


「もしかして……箱の中身って映像で言ってた『ソウルイリュージョン』とかだったりして」


「そんなこと──全然ありえるね」


「生け捕りにしようとしたのもロアから箱の情報を聞き出すためだったり」


「でもそれが目的ならハクを殺す必要はなくない?」


「ロアが本命として目的をカモフラージュするためとか?」


「アンドロイドにとって『命令』は絶対だ。何があろうと命令だけは遂行する。つまり司令を出した奴は絶対にロアを捕まえたかったし、ハクを殺したかったはずだ。カモフラージュの線は薄いと思う」


「……一向に話が見えてこんな」


「目的も。理由も。分からないことは多いけど──私たちも知らない場所で。なにか大きなことが起ころうとしているのかもね──」




 ──ロアが手を叩いた。


「──なんて。考えていてもしょうがないわ。難しい話はこれでおしまい! 夕食にしましょ!」


「え、えぇ!? ここで終わるの!?」


「……そうだな。どれも話したのは予測の範疇だ」


「証拠がないなら話してもしょうがなくない?」


「む……むぅ。そうだけどさ」


「それよりカレンよ。夕食はラーメンとやららしいぞ。美味しいのか?」


「……美味しいよ。期待してな」


 話はここで終わった。数々の疑問を残して。だがいずれロアたちは全ての真相を知ることになる。

 いつの日か。必ず──。

幕間は終わり!さて次は第3章!迅鋭とイヴが一攫千金を目指して頑張ります!ぶっちゃけSF感はなくなります!

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