第34話『未来の中に見えた過去』
タピオカ屋を出た後も二人のデートは続いた。
肉屋『ミライ』のメンチカツ。ケーキ屋『ミラージュ』の新作ケーキ。マリモ屋『マリモアント』の食用マリモ。
食べ物ばかりではない。骨董品店『アリアドネの糸』で使えそうで使えない物を見つけたり、ゲームセンター『アサガオ』でコインゲームを遊び尽くしたり、洋服屋『テモトの洋服』でプチファッションショーをしたり。
遊んで楽しんで歩き回って。迅鋭とロアは束の間の休息を大いに楽しんだ。
楽しければ楽しいほど時間というのは早く進むようで。ついさっき出かけたばかりだと思っていたが、いつの間にか夕焼けが出てくるほど時間が経っていたようだ。
会社帰りの人。夕飯を買いに来た人。すれ違うのはそんな人たち。
あんまり遅いとイヴたちがお腹を空かせてしまう。名残惜しいが、もうそろそろ帰らなくては。
「迅鋭。お腹にまだ空きはある?」
「夕食が入るくらいには」
「なら良かった。迅鋭に見せたいものがあるの」
道中、和菓子屋『偶蘭戸』でみたらし団子とお茶を購入。これまた甘い匂い。だがタピオカのような匂いじゃない。
昔に戻ったような。あの優しさのある甘い匂いが──。
「見せたいものとはなんじゃ?」
「見てからのお楽しみ♪」
迅鋭の手を引いて目的の場所まで小走りをする。
「あんまり引っ張らんとくれよ」
そう言おうとしたが、ロアの笑顔を見て言葉が引っ込んでしまう。迅鋭は「やれやれ」と言うかのように口を紡いだ。
──和菓子屋から小走りで五分ほど。街中にある不自然な石階段。そこを二百段ほど登った先にある『伊落神社』こそが目的地だ。
赤い外装。赤い支柱。がらんとしているが安心感のある空間。神主さんは見たことないが大丈夫なのだろうか。維持費とかどうなっているのか。この静かな空間だと要らないことまで考えてしまう。
湧き水で手を洗い。賽銭してお参り。初詣でもないが来たからにはするべきだと思いやってみた。
「なにお願いしたの?」
「秘密じゃ。ロア殿は?」
「私も秘密」
小話を挟みつつ木材のベンチへ座る。古いベンチだったようでお尻に木の破片が刺さった。痛い。
「ここからならね。街の景色がよく見えるんだ」
──とても美しい景色であった。美麗な景色だ。壮麗な景色だ。流麗な景色だ。秀麗な景色だ。
『美しい』という意味の言葉をこれでもかと並べても足りないほど。視界に広がる景色は美しいものであった。
手前には数え切れないほどの家。アパートやらスーパー、保育園に幼稚園に小学校。その上を車がビュンビュンと飛び回る。この不自然な感じも夕暮れの下ならば全て『エモい』という言葉で片付けられた。
そう夕暮れだ。夕日なのだ。家の隙間。建物の隙間。色んな隙間から見える太陽はどれもが明るく。どれもが綺麗。どれもが街を明るく綺麗に照らしていた。
「……美しいな」
「ここは神社だから江戸時代っぽいでしょ。みたらし団子とかも昔っぽいし。未来の景色ばっかりだと迅鋭も寂しいかなって」
「そんなことは無い……というと嘘になるな」
団子を一つかじる。甘くて。柔らかくて。とろけそうで。
でも迅鋭の慣れ親しんだ味と変わらない。未来においても団子の味は変わっていないのだ。
「そこのお店はね。江戸時代から続く老舗なの。だから口に合うかなって」
甘くなった口にお茶を──あぁこれも変わらない。過剰なまでの苦味。これこそお茶だ。甘くなった口内をさっぱりとしてくれる。
「……ありがとうロア殿。安心させてくれて」
「ふふん。部下の心を休ませるのも社長の役目だからね」
──どれだけ見ても美しさは一向に変わらない。これがタダで見れるというのだから驚きだ。
「……ねぇ迅鋭」
「なんじゃ?」
「その……フライヤーは楽しい?」
変な質問だ。迅鋭は頭を傾げた。
「どうしたんじゃ藪から棒に」
「だって私、強引にフライヤーに入れちゃったでしょ?それなのに迅鋭に二回も命を張らせちゃって」
「もしロア殿と出会わなければ儂は死んでいた。確実に。理屈じゃなく本能で分かるんじゃ。命の危機には慣れとるからの」
そう言って迅鋭は笑う。
「ロア殿がいなければ死んでいた。終わっていた命を助けてくれた。その恩に報いるのは当然であろう」
「でも……私のために命を懸けてくれた。死ぬ寸前……死んでいたかもしれない。だから……」
「──ロア殿は優しき御人じゃな」
──迅鋭は立ち上がった。
「実のことを言うとな。最初に『宛てはあるか』と聞かれた時、儂には帰る場所があったのじゃ」
「そうなの?」
「あの時は未来とは知らなかったからの……ロア殿には嘘をついてしもうた」
──よく考えてみればそうだ。自己紹介の時に『八代目当主』とか名乗っていた。違和感がなかったからスルーしてたが、今になって思うとおかしいことだ。
「でもなんで……?」
「……疲れたんじゃ。若い頃から人を殺めて。殺めて殺めて。戦って戦って。戦った先には……何も無かった」
言葉を続ける。
「師も失い。兄弟子も失い。弟弟子も失い。妻をも失い……残されたのは我が子と形見の道場。そして……『幻水家を後世に残す』という使命だけじゃった」
「……」
「そりゃ子供は可愛いさ。孫だって愛した。それは胸を張って言える。……だけど虚しかった。疲れたんじゃよ。もう」
団子を食べ終わり。お茶も飲み終わり。──振り返って顔を見せる。
夕焼けが背後から照りつける。後光が迅鋭を称えるかのように刺していた。その顔は仏のように穏やかで。優しくて。
「ロア殿。儂は楽しい。頼れる娘、愉快な友、超えるべき好敵手──優しき上司。全てが揃っとる。限界に達していたかと思われた体も若返り、研鑽の余地ができた。儂はまだまだ強くなれる」
「……意外と熱血バカね。あなた」
「反論はできんの」
笑顔があまりにも眩しくて。ロアも思わず笑ってしまう。
「──俺はあの時に宣言したことを絶対に裏切らない。この体はロア殿の刃。刃は決して折れず、決して曲がらず。必ずやロア殿の目的を遂行いたす」
「……ふふ、迅鋭は『俺』っていうより『儂』の方がいいわ」
「じゃあ……儂は裏切らぬ」
「うん。──それがいい」
話していると暗くなってきてしまった。イヴたちも腹を空かせて待ってるだろう。
「じゃあ帰りましょうか。ごめんね。私の勝手に付き合わせちゃって」
「こんないい景色が見れたんじゃからの。むしろ感謝したいくらいじゃ」
「ほんと。口が達者ね」
食べ終わったゴミを片付け、その場を後にする。
「夕食は何がいい?」
「うーむ……麺が食べたい」
「麺かぁ。うどんとか? それともラーメン?」
「ラーメン……響きがいいな。儂はラーメンが食べてみたい」
「じゃあ帰りにスーパーに寄りましょうか」
「そうじゃな。菓子を買ってもよいか?」
「あんだけ甘い物食べたのに?」
こうして迅鋭が未来に来て初めての一週間が終わっていった。太陽と月の光に挟まれ、楽しげな笑顔を浮かべながら。二人は階段を降りるのだった。




