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第33話『デートに行こう』

 言われるがまま向かった先にいたのはロア。メイクをし、髪を整え、綺麗な衣服を身に付ける。服装もあいまって美人度が爆上がりしていた。


「腕治ったんだ! よかったわね!」


「おう。おかげさまでな」


 完治したことをアピーするためにマッスルポーズを。心身ともに元気でロアは安心したようだ。


「どうしたんじゃ? そんなおめかしして」


「迅鋭今日暇でしょ?」


「暇じゃな」


「だから一緒にデートに行きましょう!」


「……デート?」




 初めて街へ出た時と変わらない景色。多彩な人に多彩な色。幕末から一変した景色がそこにある。

 とはいってもこの時代に来てもう一週間ほど。さすがの迅鋭も未来の景色に慣れてきた。空を走る車にも、空に浮かぶホログラムにも。あまり驚かない。


「……慣れはせんがの」


 周りの奇抜な服装。それにすれ違う人々は男女関係なくやけに身長が高い。変な圧を感じる。まだまだ慣れるのには時間がかかりそうだ。


「本当に刀は持ってこんでよかったのか?」


「銃刀法違反になるからね。これからも外を歩く時は刀持ってちゃダメだよ」


 ロアは鼻唄を奏でながら歩いている。ご機嫌だ。見ているとこっちまで気分が良くなってくる。


「で? 急にどうしたんじゃ?」


「前に街を紹介するって言ってたでしょ? ちょうど今日は依頼もパートもないし、迅鋭とブラブラしようかなって」


「そうか……ま、息抜きも大事じゃしな」


「今日は足の疲れを覚悟してよね!」


「望むところじゃ」


 ギラギラなロアの笑顔につられてこっちも笑顔になってしまう。まるで太陽のようだ──なんて思っていると、早速一つ目の目的地に到着した。


 フワフワとしたファンシーな外装。窓から見える中身もメルヘンチック。周りが無機質なのもあってか、異質というか、浮いている感じがする。

 当然だが迅鋭はこういう場所は不慣れ。周りで談笑している女子に警戒しながら店の中へと入った。


「ここはネオタピオカ屋『メトロノームの声』よ」


「ネオ……タピ……?」


 柔らかな床。チョコのような壁。お菓子のような甘い匂いが周りを包み込む。ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家を再現したかのような内装だ。


「ネオタピオカっていうのはキャルテンっていう植物の根茎をデンプンにしたものでね。プニプニで丸っこくて美味しいの」


「想像がつかんなぁ」


「見た方が早いわね」


 オレンジ色の髪をした可愛らしい女性がカウンターから顔を出した。

 黒のゴスロリチックな服装に迅鋭も思わず「お、おう」と声が出る。


「ニャモちゃん! 今日も可愛いね!」


「ロアさんこそぉ。いつにも増して可愛いですよぉ」


 特徴的な気だるげな声でロアと挨拶。知り合いなようだ。


「隣の御仁はぁ?」


「新人の迅鋭よ。こいつにピッタリのフレーバーを頼むわね」


「任されましたぁ」


 ニャモがそう言うと後ろにあった機械にプラスチックのコップが自動でセットされる。天井からヘビのようにうねうねとしたホースがコップの上まで来て──黒いツブツブを放射した。


「あれは?」


「あれがネオタピオカよ。従来のタピオカよりも旨みと甘みがアップ。食感もよりモチモチになったのよ」


 次に注がれたのはピンクの液体。色と匂いから予想するにいちごミルクだ。

 注ぎ終わり、カウンターの上へと置かれる。


「お待ちどぉ。いちごミルクだよぉ」


「あ、ありがとう……」


 ストローを刺されて迅鋭の前に滑らせる。

 見たことない色の液体。甘い匂い。中にはいちごの破片が。そこにはカエルの卵のようなものが。

 美味しそう……なのか。謎の嫌悪感がある。特にタピオカ。これは食べていいものなのか。見た目が怪しいからか迅鋭も警戒してしまう。


「じゃあ私はいつもので」


「キャラメルバニラですねぇ。任されましたぁ」



 ロアの飲み物を受け取って椅子に座る。白いマシュマロの椅子は予想以上にフカフカで。全身が沈みそうになってすぐに立ち上がった。


「こ、これ座っていいやつか!?」


「んー? そりゃいいよ」


 平然とロアは座れているのだ。ビビりながらも座ってみる──フカフカだ。それ以外に例える言葉が思い浮かばない。

 それに甘い匂いもする。飲み物からではなく、椅子、机、果ては床から天井、壁まで砂糖の甘い匂いがしてきた。


「壁とか机も食べ物なのか? なんだか甘い匂いがするが」


「いいところに気がついたわね。ここは『お菓子好き』の『お菓子好き』による『お菓子好き』のため楽園!壁はチョコ、床はクッキー、椅子はマシュマロ、机はアメと様々なお菓子で内装された現実版お菓子の家よ!」


「てことは食べられるのか?」


「食べられないよ」


「無理なんかい。あまりに語るからあと少しでかぶりつくとこじゃったぞ」


「ごめんごめん。材質はただの木材とかプラスチックよ。ただ触感と匂いを本物そっくりにしてるから、お菓子の家の感覚は味わえるの」


 これまで散々驚かされてきた未来なので食べられる家というのも夢ではない──と思っていたので少々拍子抜けしてしまった。

 だけど落ち込んでてもしょうがない。とりあえず買ってもらったジュースをすする。


「──んうぉ!? な、なんじゃこれ美味し!?」


 ――甘い。人工甘味料じゃなくいちご本来の舌を撫でるかのような甘みだ。その奥で頑張っているのはミルクの甘みと旨味。相乗効果で甘味はさらなる段階へ。唾液腺がぶっ壊れるかのような甘さが迅鋭を襲ってきた。


「甘いぞ! いちごじゃ! いちごなんじゃ……牛乳の味もするぞ!」


「いちごミルクだからね」


 ネオタピオカというのも素晴らしい。震えるほど美味いいちごミルクが絶妙に染み込んでて噛む度に甘い汁が飛び出てくる。ネオタピオカそのものの味もいちごミルクを引き立たせていた。

 なにより注目すべきは食感。『プニプニ』でもなく。『フニフニ』でもなく。『モチモチ』なのだ。このモチモチというのがミソ。

 目立ちすぎず隠れすぎず。飲むという行為を邪魔することなく体内へと流れ込んでくるのだ。これほど美しい影役者は他にいるか。否、いるはずがない。


「あぁ美味じゃ美味! 体に甘みが染み込んでくるぞ!」


「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ」


「最高じゃ! 感謝するぞロア殿!」


 子供のように飲んでいる迅鋭を見ているとそれだけで満足してしまう。それじゃあダメだ。自分も買ったのだから飲まなければもったいない。

 いつものキャラメルバニラ。キャラメルとバニラによる甘さの暴力がとてもいい。カロリーは……ま、気にしないようにしておこう。



「……ロア殿。それはどんな味じゃ?」


「キャラメルバニラ。こっちも美味しいわよ」


「一口くれんか?」


「──へ?」


 一口。くれんか。……一口。くれんか。くれんか。……くれんか。

 ──関節キス!? 関節キスということか!?


「え? あ、えっと……」


「だ、ダメか? その味も気になっての」


 嫌なわけじゃない。けど……まだキスもしたことの無い生娘には刺激が強すぎる。しかも相手はかなりのイケメン。恥ずかしいったらありゃしない。


「……どうぞ」


 ま、まぁデートと言ったのは自分自身。恥ずかしがってどうするのだ。


「お、感謝するぞロア殿」


 迅鋭はそう言って──ロアが使ったストローに口を付けた。


「あひゃ…………」


「──あ、甘すぎやしないか……ここまで来ると喉が溶けるぞ……」


 砂糖そのもの。というよりも人工甘味料そのものを口にくわえた気分だった。甘すぎて胃がひっくり返っている。


「儂はいちごミルクくらいの甘さが──ってどうした? 顔が赤いぞ?」


「……大丈夫」


 ロアが赤くなっている理由などいず知らず。迅鋭は『?』マークを抱えたままジュースを飲み干すのであった。

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