第32話『やっぱりダメだった』
第2章幕間です!箸休めの全4話お楽しみください
──四日後。
カレンが迅鋭の腕に巻かれた包帯を外す。紫色に染まっていた腕は何事も無かったかのように綺麗に治っていた。
腕を振るっても痛まない。手を握っても痛まない。治ったのは見た目だけではないようだ。
「──うん、治ってるね」
治った腕をカレンがパチンと叩いた。治っていても叩かれるのは痛い。ヒリヒリする。
「もう激しい動きをしてもいいと思うよ」
「すごいのぉ……腕もそうだが、体の中まで簡単に治せるのか」
潰れた内蔵も完治している。常に耐えがたい腹痛に襲われていたが、今は便秘が治ったかのようにスッキリしていた。
「昔は治せなかったの?」
「そりゃそうじゃ。昔は体の中なんて見ることもできなんだからな。骨折も治るのに半年ほどはかかってたし」
「半年!? 大変だね……今じゃ一週間で治るんだし技術の発展も悪いことばかりじゃないもんだね」
使用済みの包帯を黄緑色の液体に漬けながら話す。
「その汁? みたいなのはなんじゃ?」
「火鼠液っていうネズミの油。これに包帯を入れれば何度でも再利用が可能なの」
「ほえ……もう医者要らずではないか」
「残念ながらそうはいかないんだよね。骨折とか肺炎とかの軽いやつなら自宅で簡単に治せるけど、まだまだ病気っていうのは未知数だから。お兄ちゃんも日々頑張ってるってわけ」
「……未来が発展してるのはよく分かった」
痛みもなくなって気分は爽快。体を伸ばして生を実感する。
「昔は大変そうだね。風邪にかかった程度で下手すれば死ぬんでしょ?」
「まぁの。儂は特別頑丈だったおかげか病気にかかったことはなかったが。桃はかなり苦労しとったの」
──桃。カレンもイヴから話を聞いていた。迅鋭の妻の名前……らしい。名前を聞いただけでデクスターに掴みかかるほど動揺していたそうだ。
気になる。すごく気になる。でも聞いていいのか。まだ会って日の浅い迅鋭に聞いてもよいのか。少し悩む。
「……迅鋭の奥さん……だよね?」
意を決して聞いてみた。
「あぁ。儂の妻じゃ」
……なんか思ったよりあっさり答えてくれた。別に悩むことでもなかったか。
となれば質問攻めしても問題はあるまい。目をキラキラとさせながらカレンは質問しはじめる。
「どんな人だった?」
「良き女じゃった。体は弱かったが心は強かった。そこいらの武士など相手にならんくらいにな。儂は桃以上の女をまだ知らん」
「べた褒めじゃん!」
まさにべた褒め。迅鋭にそこまで言わせる女性をカレンは気になった。
「美人だった?」
「そりゃあもう。沈魚落雁閉月羞花を体で表してるかのような姿をしとる。儂ですら隣に立つのが恐れ多いと思うほどにな」
「そ、そんなに!? うわぁ実際に見てみたいなぁ……」
「儂も見せたいわ。全員あまりの美麗っぷりに仰天すると思うぞ。まぁ乳が少々足らんとは思うが」
「はは、それセクハラだよー」
「む……前にも言われたが、セクハラ? とはなんなんじゃ?」
「そう言われると説明が難しいね……胸とかお尻とか、とにかくプライベートな部分に触れることだよ」
「言葉か? 手か?」
「両方だめだよ」
笑い合う二人──のところへヴォッシュがやってきた。
「お、治ってるな。よかったよかった」
「こら不敬ぞ」
迅鋭の頭を掴むように手を置く。
「いいだろ。武器をリニューアルしたんだ。試してみてくれ」
「それはありがたいの」
「いいよー。いくらでも持ってってー」
カレンがそう言うと、米俵を持つように迅鋭を持った。
「ちょっ、不敬じゃぞ!」
「はいはい出発しんこー」
「行ってらっしゃーい」
──二人を見送り、カレンは真剣な表情でパソコンに向かう。
「さてさてさてと──」
机の上にあった三ミリほどの極小のチップ。これをパソコンにセット。
──すると画面に無数の映像記録が流れはじめた。
「これが映画とかアニメなら苦もなく見れるんだけどなー」
ヤクザから奪還したペンダントにはロアの予想通り、情報が記録されていたチップが隠されていた。
その情報というのがこれだ。二十のパスワードの壁を越えた先にある映像。どう足掻いても『無意味なもの』なわけがない。
「──よし。やるぞ」
ここから先には踏み込まない方がいい。なんて頭の隅で誰かが叫んでいる気がするが……気にしない。パスワードを解くのに四日もかかったのだ。こうなりゃ意地でも見てやる。
カレンは頬を叩いて気合を入れてから作業に取り掛かった──。
──場所は駐車場。ここなら人には見られないし広さも十分ある。
「ほれ。言うなれば『桃ver.2』だ」
刀を投げ渡した。見た目はさほど変わらず。しいて言うなら鞘の色が変わった……気がする。それだけだ。
「切断力と耐久性は前のやつより一・一五倍増し。重量が十グラムほど上がったが問題ないだろ?」
「うむ。もう手に馴染んできたぞ」
腰に帯刀。元からあったかのように違和感がない。迅鋭も満足そうだ。
「それでな迅鋭。スーツのことなんだが……」
「……着ないぞ」
「ま、まぁそう言うなって。ほら一着作ったんだ」
取り出したのは……同じような赤いボタン。違うのは形が丸から逆三角形に変わったところくらいだ。
「嫌じゃ! それ痛い!」
「あれはほら、市販のスーツが肌に合わなかったって可能性もあるし。それに迅鋭は昔の人だから、今の人みたいにスーツの感覚に慣れてないだけかもだし」
「儂は別にスーツなど要らん! この前のやつだってスーツ無しで狼男とカラクリをぶっ倒したじゃないか!」
「もっと強いやつが出てくるかもだろ? な? これ作るのに時間かかったんだよ」
「ぬぅ……」
そこまで頼まれちゃ迅鋭も断れない。渋々スーツを受け取った。
「あと一回だけじゃぞ……」
「さっすが迅鋭! 胸に貼り付けてボタンを押すだけだ。初めて付けた時と同じだからな」
慎重に胸に装着。もうすでに違和感と嫌な予感がマシマシだが、付けると言った以上やめる選択肢はない。
「……なんか呼吸がしずらい」
「それが普通だ。時間が経てば慣れる」
「本当かぁ……?」
おそるおそる。ゆっくりと。迅鋭はボタンを──押した。
迅鋭の上半身が全身タイツのようなもので包まれる。
「……? 痛くない。痛くないぞ!」
目を瞑って痛みを待っていた──のだが。来るはずの痛みがやってこない。今度は痛くないのだ。
「よっし! 今度こそ成功だ!」
「ほほぅ。これがスーツか。これはなかなか──」
なんて。油断してしまったのが間違いだったのだろうか。しかし迅鋭も人間。油断してしまう時もある。
「──痛だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
──また痛みがやってきてしまった。
「え!? はぁ!?」
「痛い痛い痛い!? 外せ外せ!! 外しとくれ!!」
「……その状態で動けたりって」
「するわけなかろう!? はよ外しとくれ!!」
「一回頑張ってみよ? な? 一回だけだから、な?」
「ふっざっけるな!? 早く外さんかぁ──!!」
──スーツは着脱。ボタンもすぐに迅鋭の肌から外された。
「あー痛かった。すごく痛かった。痛かったぞー。とても痛かった。痛かったな──」
「悪かったって。意地悪したのは謝るから許してくれよ」
誰が見ても分かるくらいに迅鋭は拗ねていた。
「しっかしなんでだろうな……やっぱり肌にあっていないのか」
「もうそれ着たくない……」
「そうは言ってもなぁ──」
──声に反応したようで、イヴが駐車場へとやってきた。
「なんかすごい声聞こえたけど……大丈夫?」
「あー大丈夫。迅鋭がスーツ着て泣きわめいてただけ」
「泣きわめいてなどおらんわ!」
そう言ってわちゃわちゃしている二人をジト目で見るイヴ。
「どうでもいいけど……バカ侍。ロアが呼んでる」
「え? ロア殿が?」
メタ的なことを言うと、迅鋭がスーツ着ちゃうと無双しちゃうんですよねー。だから今後も着せる予定はありません。……多分




