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第31話『始まりの予感が轟いて』

 ──それから三日後。

 鳴り響くコーラス。豪華な装飾品。そして──透明な椅子。透明な床。下を見ると走っている車はミニチュアくらいのサイズに見えた。

 壇上(だんじょう)には新郎新婦。そして仕切っている神父さんがいた。その後ろには──あのブラットさんが書いた絵が飾られてある。


「では誓いのキスを──」


 新郎が新婦に口付けを──。テンションが上がったのか、新郎は新婦を抱き抱えてクルクルと回り出した。

 見ていた招待客は一斉に笑い出す。『もっとやれ!』とせがむ者。『いいぞいいぞ!』と褒める者。『昔から変わらないわね』と呆れつつも笑う人。その中にはロアとブラットも混じっていた──。




「や、ロアさん。楽しんでるかい?」


 結婚式を終えた後のパーティにて。ローストビーフを頬張っていたロアにブラットと新郎──つまりフランケンが話しかけてきた。


「ブラットさんと──フランケンさん! 初めましてロアです。この度はご結婚おめでとうございます」


「こちらこそ初めまして」


 ローストビーフをすぐさま飲み込んでお辞儀。喉に詰まらないかブラットが心配した。


「色々と話したいことはありますが──祖父の絵を取り返してくれて、本当にありがとうございました」


「いえいえ、そんな……部下がみんな優秀だったおかげです。むしろ結婚式にまで呼んでいただけるなんて」


「お礼としては足りないくらいですよ」


「じゃ、じゃあ余ったご飯とか貰ってもよろしいですか? あの子たちも食べたがってたし」


「意外とがめついですね。もちろんいいですよ」


 いつの間にか両手にタッパーを持っているロアを見て二人は苦笑いをしていた。




 純白のウエディングドレス。その形は昔からあまり変わっていない。女性の美しさを出すなら、これ以上の物はないと言い切れるほど、洗礼された衣装だ。

 この花嫁も元から顔がいいというのもあるだろうが、とても似合っている。隣に新郎のフランケンが立ってしまえば相乗効果でさらに美しくなった。


「……綺麗なお嫁さん見つけましたね」


「若い頃の妻とどっこいどっこいですかね」


「ははは」


 赤ワインを(たしな)みながらそんな話をしていた。


「ロアさんは結婚とか考えていますか?」


「私はもうそんな……部下を食べさせるだけで精一杯ですし」


「ま、今の時代はそうですよね」


 だがフランケンと花嫁がイチャイチャ抱き合っているところを見ると……少しだけ妄想してしまう。やっぱり人生で一回はウエディングドレスを着てみたい。そんな願望がロアにはあった。


「──あの人とはどうなんですか?仲良かったと思いますけど」


「あの人って……迅鋭のことですか? まぁイケメンだとは思いますけど……まだ出会ってから一週間も経ってないですからね。まだなんとも──って、別に迅鋭のこと気になってるわけじゃありませんからね!?」


「あっはは! やっぱりロアさんは面白い人だ」


「もう……」


 頬を膨らませるロア。ブラットが迅鋭の話をしたせいで頭の中に迅鋭の顔が浮かび上がってきてしまった。


 まだ迅鋭と出会って五日ほど。ちゃんと知っていることといえば年齢くらいで……そういえば迅鋭のことは何も知らない。

 その場にはいなかったが、迅鋭がデクスターに対して怒ったことはイヴから聞いてある。


︎(幻水桃……か)


 どんな人だったのか。そもそも迅鋭のタイプはどんななのか。

 ──まだ出会って五日。おそらくはまだまだ一緒に暮らしていくだろう。


「ゆっくりでいいか」


 ゆっくり。じっくり。迅鋭との仲を深めていこう。

 はしゃぎ回るフランケン夫婦を見ながら、ロアはそんなことを思っていた──。




 ──同時刻。フライヤーにて。迅鋭は駐車場にて瞑想(めいそう)をおこなっていた。

 腕には包帯。腹にも包帯。顔にも包帯。あとちょっとでミイラになる、と言うぐらいに包帯だらけの痛々しい姿だった。


(……はぁ。みっともない姿を晒してしもうたな)


 人前で怒ったのはいつぶりか。まだまだ修行が足らないな。なんてことを考える。

 それに強さの方面としても考えるものがある。アルク相手にも苦戦するとは思っていなかったし、デクスターはなおさらだ。消耗していたから勝てませんでした──なんてのは言い訳にもならない。

 生き抜くためにも。フライヤーに恩返しするためにも。もっと強くならなくては。



 ──そう考えていた時、イヴが扉を開けて駐車場へと出てきた。


「……」


「お? どうした?」


 無言のまま迅鋭の隣に座る。まだイヴも傷は癒えていない。安静にしているべきなのだが、なんでここに来たのか。


「怪我。大丈夫?」


「問題なしじゃ」


「そう……」


「ふーん」


 イヴは欠伸(あくび)を一つだけした。


「……」


「……」


 ……静かだ。静寂が二人を包んでいる。どちらも無表情なのに『気まずい』といった雰囲気をビシバシと感じた。


「……あれ」


「なんだ?」


「機械のやつ。強かったね」


「……うむ」


 季節は春。昼間は暖かいとはいえ、夜になってくると寒さを感じる。イヴは軽く身震いをした。


「……」


「……」


 ……また静寂。どちらも言葉を捻り出そうと努力しているのが伺える。


「……狼。強かった?」


「まぁまぁじゃな。儂の方が強い」


「……そう」


「猫の方はどうじゃ?」


「弱かった。楽勝だった」


「はは、そうか」


 静かだ。静かだが、二人の間にはどこか信頼が生まれていた。

 三日前の時とは違う。イヴも警戒しなくなり、迅鋭も態度が砕け始めている。



「……あの時。あの時……助けてくれてありがとう」


「未熟な若者を助けるのが老兵の役目じゃからな」


「む……未熟じゃないし」


 頬を膨らませるイヴ。離れた場所にいるロアと全く同じ膨らませ方であった。


「……ちょっとは信頼した」


「そうか」


「……ごめんね。悪いこと言っちゃった」


「『あなたのこと信用してない』云々(うんぬん)か? 儂としては、それよりも剣を向けてきたことを謝って欲しいんじゃが」


「謝るのは一回だけ」


「なんじゃそれ」


 ──迅鋭は優しく笑った。


「私も……ロアに助けられた。ロアのおかげで今も生きることができる。だから──私はロアを命に変えても守るの」


「……そう思うのは勝手じゃが、儂はやめた方がいいと思うぞ」


「え?」


「お主の過去に何があったかは知らん。じゃがロア殿に命を助けられたのなら、その命はしっかりと守るべきじゃ。救われた命を失ってしまっては助けた命が無駄になってしまうからの」


「そう……なのかな」


「じゃが心意気はよし。あくまでもそのつもりでこれからも戦うべしじゃ」


 ──イヴは(うなず)いて立ち上がった。


「ありがとう。やっぱ年の功ってやつ?」


伊達(だて)に長く生きてきたわけじゃないからの。相談事があるなら乗ってやるぞ。乗れるやつならな」


「考えとく」


 そう言って家の扉を開けた。


「……これからもよろしく。迅鋭」


 ──扉を閉める直前。聞こえるか聞こえないかくらいの音量で。イヴはそう言った。


「……ふん」


 ──迅鋭はまた優しく笑った。






 地上百階建てのビル。その最上階に位置するオフィス。そこには『社長室』と書かれたプレートが高らかに貼ってあった。


 中は下手な一軒家の敷地よりも広く。下には真紅のカーペット。シルクの高級毛布。豪華ながらも洗礼されたデザインのランプ──。

 ありとあらゆる物が高級素材。ここまで来ると羨望(せんぼう)の眼差しすら見当たらなくなる。


 外を一望できるガラス張りの壁。全てを見下ろすことができる圧巻の景色。まるで東京の街が自分の物になったかのようだ。


 ──これまた高級な椅子に脚を組んで座っている女性が居た。

 赤黒い髪を背中まで伸ばし、後ろで軽く結んだシンプルな髪型。見つめられれば臆してしまうほどの超美形。少し垂れた目、高い鼻、セクシーな唇。全ての構成要素が『美』を体現していた。

 豊満な胸に絞れたウエスト。それらを引き立たせる黒いドレスも彼女の魅力を引き出している。モデルをやらせれば一瞬で大スターへと輝くだろう。

 それほどまでに彼女は美しく。人を魅了する見た目をしていた。



 ──静かな部屋に響く戸を叩く音。


「入りなさい」


 高すぎず。低すぎず。まさに『美声』と表すのに最適な声。これなら声優や歌手としてもやっていけそうだ。


「──失礼します」


 入ってきたのは──緑髪の男。ベレトだ。


「どうだった? 始末はできた?」


「それがですね……どこかの組織が一枚噛んでいる可能性がありまして。下手に手を出せば状況が悪くなるかと思い、わざと取り逃しました」


「そう……」


 ──ベレトの心臓が高鳴る。怒っているのか。それとも失望したか。どちらも嫌な結果だ。

 しかし表立って感情を表すこともなく。ただ女が放つ次の言葉を待っていた。



「……ま、いいわ。盗まれた分を差し引いても、お金は使い切れないほど残ってるし。ハクも好き好んで私たちのことは言わないでしょう」


「ということは……このまま見逃す、ということで?」


「そうね。変なことをしたら始末しましょう」


 あまり怒ってもいないようだ。ハクは心中で胸を撫で下ろす。


「そういえば……『フライヤー』とかいう変な奴らと会った、って言ってなかったかしら」


「はい。フライヤーとは襲撃した時にも対面しました」


「この前フライヤーが反乱軍から何かを盗んだらしいんだけど……その時から反乱軍の動きが活発になったの」


「……つまり反乱軍が重要としている物をフライヤーが盗んだと?」


「可能性としては、ね」


 女はガラスに手を置いた。ガラスには女の美しい顔面が反射している。


「フライヤーを使えば邪魔となる『防衛軍』と『反乱軍』を潰せるかもしれない。私はそう思ってるの」


「……それほどの価値がフライヤーにあると?」


「私の考えよ?必ず当たるわ」


 ──女はベレトの前に立っていた。机を挟んだとしても距離は軽く五メートル以上はある。その距離をまばたき程度の時間で移動してきたのだ。

 これは──スーツによる力。ベレトはそう判断した。


「……相変わらずのお手前で」


「それほどでもないわ」


 まだ歩いて机まで戻る。


「……そういえば。フライヤーに新しく誰かが入ってきたって情報があるんだけど。何か知らない?」


「──いましたね。一人変なやつが」


「どうだった?」


「さほど気にする必要も無いかと」


「そう」


 何も無いかのように美しく光り続ける都市を見ながら。女は不気味な笑みを浮かべた。


「始めましょう。ゆっくりと。気長に。──新世界(ニューワールド)の創造を」

これにて第2章は終わり!お次は幕間です!迅鋭が未来にやってきてからの初めての休日のお話!ロアとの進展があるかも……?

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