第30話『ひとまず解決』
ハクはロアを抱えて走っていた。カレンからの返事は未だ来ず。戦いが終わったということを知る術を持っていないためである。
「うぅ、気持ち悪い……気分悪い……」
「こんなイケメンにおんぶしてもらうってそうそうないことだぞ? それを気持ち悪いって……」
「いやこの拘束具のせい……多分」
そんなことを話しつつ走っていた時──前に人影が歩いているのを発見した。
生き残りか。ならば助けなければ。と、人影へと近づいていく。影は薄くなり、その姿が見えてきた。
──緑の髪。見るだけで股を濡らしそうなほど妖艶な目。女性とも思える美形の顔には不釣り合いの筋肉質な身体。
見たことがある。見たことがあった。それもつい最近。なんなら昨日くらいに──。
「──お久しぶりですね」
「──え」
あの。あの男だ。レオと一緒に来ていたあの──。
優しい眼差しが余計に恐怖を駆り立てる。心臓の音が耳元までやってくる。怖い。なんでか分からないほどに怖い。
男はロアを見つけると、ゆっくりと歩いてきた。
「……お前」
「ハク様もご一緒でしたか」
「ちくしょう……ここまでか……」
……知り合いなのか。どうやら二人は面識があるようだった。
「おかしいと思ってたんだよ。知らない奴が『絵を盗んだ』とか言ってくるし、刺客と思ってたヤツはなんか知らないアンドロイドだし……」
「……え? 刺客ってあのロボットじゃないの?」
「俺も刺客って思ってたんだよ。組織が適当に依頼でもしたのかなって」
そういうと男は軽く笑った。顔はいい……のだが、不気味だ。二人ともゾワッと背中を震わせる。
「私もビックリしましたよ。あなた……反乱軍とも関わりを持ってたんですね」
「……?」
「……?」
「……持ってないけど」
「……はい?」
……なんだか話が噛み合っていない。
「持ってないよ俺。なんで?」
「デクスターは反乱軍が所有するアンドロイドですよ? それが差し向けられたってことは……そういうことなんじゃないんですか? 私の組織と同じことをやったんじゃ……」
「やってねぇよ。どこもかしこも裏切るほど命取りじゃねぇんだ」
「……じゃあなぜ我らの組織を裏切ったので?」
「それは……」
ハクは言い詰まった。男の目にほんのりと殺意が纏われたからだ。それに腰に携えた剣の柄に手を添えている。この場で戦える者は他になし……絶体絶命の大ピンチだ。
「……ねぇ。私、話についていけてないんだけど」
「すみません。ですが貴女がいるのは予想外でしたね。なぜここに?」
「コイツに絵を盗まれたって依頼が来てたのよ。それで来てみたらこんな有様に」
「……ふむ」
──男は剣から手を離した。
「なにかが絡んでますね」
「裏から手を引くのは組織の得意技だろ」
「今回ばかりは違いそうです」
そう言うと男は二人に背を向けた。
「……俺を殺さないのか?」
「下手に手を出すと相手の思うツボになるかもしれませんからね。仕方ありません。今回は見逃してボスの指示を貰ってきますよ」
「そうか……助かった、ってはしゃいでもいいか?」
「どうぞご自由に」
手をハラハラと振る。
「あ、そうだ。戦いは終わったようですよ。顔を見せて安心させてきてください」
「そ、そうなの……わかった。ありがと……?」
「ではまた。次の機会に──」
そうやって歩いていく男の背中はどこか寂しく。チラッと見えた顔には悲しさが混じっていたような気がした──。
「──ってことがあったのよ」
「へぇー」
戦いは終わり。全員コレクションルームへと集まっていた。
「というか、カレンとヴォッシュは大丈夫だったの!? 連絡つかなくて心配してたのよ!?」
「大丈夫だよー。お兄ちゃんが開発した『ステルスシート』で車を覆ってたからね。ロアの言ってたアンドロイドには見つからなかったの」
「こいつが『心配だから見に行こう』って言うから、止めるのにも苦労したぞ」
「まぁ来てもらっても困るしねぇ……下手すると殺されてたかもだし」
「でも心配じゃーん。電磁パルスも強力過ぎて壊せなかったし……いつもはこんなことなかったから……」
「……心配させて悪かったわね」
泣きそうになっているカレンの頭を撫でる。落ち着いたのか、また笑顔を取り戻した。
「さぁてと──どこ? 絵は?」
「だから知らないんだって」
ここへ来た目的はただ一つ。盗まれた絵画の奪還だ。そしてカレン曰く、この場所に隠されている……らしいのだが。どこを探しても見つからない。
絵画の裏。彫刻の下。挙句の果てには石像の口の中まで──。『絶対そこにはないだろ』という場所まで探したのにも関わらず、一切見当たらない。
「なんで知らないのよー! アンタの屋敷でしょー!?」
「不法侵入されたうえに絵を隠されるなんて普通考えるか?」
「家が広いくせにセキュリティがガバガバすぎるのよ! 情報化社会において、こんなガッバガバな家は他に無いわよ! あーのお爺さんの家の方がまだマシよ!」
「そう言われてもな……だいたい。こんな散らかってる場所から探すってのもおかしいんだ。お前らが暴れすぎなんだよ」
「ごめんにゃさーい」
「……」
素直に謝るアイ。そっぽを向くイヴ。
「これ手に入れるの苦労したのになぁ……」
「へぇ苦労……苦労……」
……よく考えてみればハクは大金持ちだ。そして絵画や彫刻は軒並み高そうなものばかり──。
なんだか嫌な予感がしてきた。もしかしてこの場にある物って全部高いんじゃ……。
「……い、一応聞いておきたいんだけど。これって……どれくらいしたの?」
指を指したのは半壊している石像。『グランデヒル』という名前であり、本来なら美しくも猛々しい女性の姿をしている……はずだった。
残念ながら今は見る影もなくなっている。美形だったであろう顔は上半分がぶっ飛んで無くなっているし、下の方はと言うと唇部分が凹んで面白いこととなっている。
「それは確か……二億くらいだったか。結構安かった記憶があるな」
「へぇ、二億かぁ。二億ねぇ。二億……二億──二億!?」
石像と同じように固まるロア。
「あの彫刻は五億くらいだったっけかなー。あ、思い出した。あの絵画二十三億したんだよ。オークションの時は大変だったなぁ。藤原コーポレーションの奴がやけにしつこくて──」
そんな話をしてくれてはいるが、もちろん聞いてない。というか聞けない。というか聞きたくない。
「……あ、あの本当に申し訳ございませんでした!!」
「え、どした急に」
黄金比とも言える美しい土下座をするロア。突然の土下座にハクは困惑していようであった。
「イヴはまだ十五で将来もあるんです! どうか罰は私! 私だけで! あとできれば優しく使って──」
「? 弁償ならしなくてもいいぞ?」
「──ふぇ?」
「形あるものいずれ壊れるんだし。それが今だったってだけだ」
「──神様ぁ!!」
泣きじゃくりながらハクに抱きつく。
「今までの蛮行をお許しください神様ぁ!! これから何かあったら格安で依頼受けさせてもらいますぅ!!」
「そこはタダじゃないんかい」
──三十分ほどが経過。未だ絵は見つからず。ダメージと疲労が限界になった迅鋭、イヴ、アルク、アイは応急処置を受けて眠っていた。
残ったロア、カレン、ヴォッシュ、ハクで捜索を続けるも、この広い部屋から絵を一つ見つけるのは骨が織れる。
「……見つからねぇ」
「ほんとにここにあるの?」
「ある……はずなんだけど」
「なんかこう──機械を使ってパパパッとは?」
「電磁パルスが切れてないから機械も使えないぞ」
「使えねぇな」
「うるせ」
ずっと中腰で探していたので腰が痛い。休憩がてらグイッと背伸びをした。
「……ねぇ」
「あ?」
「……あの男。どういう関係なの」
「……聞いても得はねぇぞ」
そう言われても気になってしまう。それに無関係という訳でもないのだから。
「教えてよ」
「……分かった。後悔すんなよ」
ハクは溜息をつきながら話を始めた。
「あいつの名前は『ベレト・キンモクセイ』──秘密結社アフターグロウの最高幹部だ」
「……アフターグロウ?」
ロアとカレンは頭をかしげる。
「極小数の精鋭からなる裏社会でも有名な組織。その実態も。その概要も。知るものはほとんど居ないとされるほどに謎が多い」
「へぇ……なんかロマンあるわね。あんたはその一員だったの?」
「まぁな。『セン』っていうのはその時に使っていたハンドルネームなんだ」
「見てのとおり、俺は金持ちだったからな。資金担当として組織に入ってたんだよ」
「ふぅん。……やっぱり『裏切り者には死を』みたいな感じ?」
「そんなこともないぞ? 狙われたのは組織の金くすねて逃げたからだし」
「そりゃ私でも殺しに行くわ」
あまりにも当たり前。あまりにも酷い理由にロアは肩を落とした。
「でもなんでそんなことを? あんた金持ちなんでしょ? 金なんて要らないんじゃないの? ましてや狙われるリスクを背負ってまで」
「……ついていけなかったんだよ」
「え?」
ハクは強ばった表情で話す。
「アフターグロウの目的は『永久的な平和』。全ての人間が平和に、そして幸せになれる世界を作る。それを目標にして行動しているんだ」
「……? いいじゃん。裏社会とか言う割には優しすぎる気がするけど」
「過程だよ。問題は」
「過程?」
「人が自由意志を持つ以上、違う人間の行動に嫌な気持ちを持つのは不可避なこと。それを許容してしまっては真の平和とは言えない。──ならば思考ごと世界を変える」
「……は? 思考?」
また頭をかしげた。
「『全ての人間の思考が統一する』。全員が同じ物を好きになって。全員が同じ物を嫌いになって。全員が幸せになることをする。──それがアフターグロウが目指す世界なんだ」
「……それって幸せなの?」
「俺も同じことを思った。だから裏切って逃げだしたんだよ。金も持っていきゃ、アイツらの行動ももう少しは鈍るかなって思ってな」
「……期待はしてなかったけど、思ってたよりも頭がおかしいわね」
「頭がおかしくなけりゃ秘密結社なんてやってないだろう。お前らも変なことに首を突っ込むのはやめておけよ。……アフターグロウは戦闘面でも化け物揃いだ。今日来ていたベレトならデクスターってヤツも簡単に倒せるだろうし」
「嘘……四人がかりで倒したやつを……!?」
「それくらいの強さがなけりゃ裏社会を支配なんてできない」
「……ま、そっちにはちょっかい出してないし、大丈夫でしょ」
「……お前も狙われてたってのに気楽なもんだな」
「だって私にはイヴもいるし。それに──今は迅鋭もいるから」
あまりにも見つからない絵。見つからなすぎるので、隠れてサボっていたヴォッシュは粉々になった彫像で砂遊びをしていた。
──その時。床に奇妙なしこりがあるのを見つけた。
「……?」
そのしこりに指を入れて──引っ張る。床はベロンと剥がれた。
──中から現れたのは一枚の絵だ。椅子に座って穏やかな顔をしている優しい雰囲気の絵。
「──これじゃん」
「ちょっと。遊んでないで探して──あぁ!?これじゃん!!」
ベチベチと叩いて喜ぶロア。なかなかシャレにならない威力で結構ヴォッシュは痛がっている。
「でもなんでそんな場所に?」
「俺を見るな。知らんって言ってるだろ」
分からないことは数多い。不穏な空気も漂いはじめた。──だけどひとまずは解決。ジャンプしてはしゃぎ、笑い合うくらいは許されるだろう。
「色々あったけど──任務完了!!ハッピーエンドだぁ!!」
──迅鋭の瞼の裏には──過去の映像が流れていた。
昔も昔。最後の戊辰戦争である『函館戦争』から七年後。迅鋭の心の底に刻み込まれたトラウマの──。
──血を流しながら倒れている女性。真っ白な肌。真っ白な着物が鮮血に侵食されている。
周りには万物を燃やし尽くさんとする勢いの炎。周りも。人も。全てが赤くなる中心に迅鋭は座っていた。
「迅鋭」
女性が迅鋭の頬を撫でる。──その手には指がなく。よく見れば女性の顔には目がない。
「何も……憎まないで」
冷たくなる手。小さくなる声。唇を噛みながら迅鋭は真っ赤に染まった手を取った。
「俺は……俺は……もう駄目だ。君がいないと……君がいてくれてないと──」
──泣きそうな顔の迅鋭に女性は笑顔を見せる。
「大丈夫。貴方は誰よりも強い人。そして貴方は……誰よりも優しい人」
流れる血の涙。痛々しい姿だ。痛みを前面に出したって誰も文句なんて言わない。そのくらいに悲惨な姿。
なのに……なのに笑う。笑いかける。苦しそうな迅鋭に向かって。この世で最も愛する人の顔に向かって。
「私の最期の願いです。──幸せに。暮らしてください。幸せに生きてください。愛する人に囲まれながら。愛する人に慕われながら。すこやかに──」




