第3話『邂逅』
木を抜け、林を抜け。たどり着いたのは基地から数キロは離れたゴミ捨て場であった。
「うーん……臭い」
東京都龍星区。この近くに住む人たちは『ゴミの王国』と呼んでいる。
近年の技術革新によって世界の文明レベルは著しく向上。あらゆる物品が従来の物よりも進化していく──なんて表向きにはいい事ばかりだが、その副産物の一つがここだ。
「これ……新品だよね? 持って帰る?」
「病気があるかもだからやめときなさい」
ここにある物は技術革新の過程にできたゴミ。燃やせば『ハクラギ』と呼ばれる有害物質が発生してしまうので、今なおこうして放置されている。
「『マリミシウム』……か。発見されて良かったんだか、悪かったんだか」
「良かったんじゃない? 便利になったらしいんだし」
「その結果がこれよ。『濁流星症』の人も後を絶たないらしいし。……まだ発展するには早かったのかもね」
なんてことを話しながらゴミ捨て場を歩く。ここは街ひとつを飲み込むほどに広い。隠れるのにはうってつけ。ホームレスが住むのにもうってつけだ。
たとえ兵士たちが来たとしても探すのには骨が折れるだろう。
「はぁ──しっかしなんだろうコレ。大事な物には違いないんだろうけど」
「依頼人は何も言ってなかったの?」
「特にね」
太陽にかざしてみたり。イヴの剣でつついてみたりしてみる。──が、箱に変化なし。依頼の品なので壊すわけにもいかない。
「ま、後でヴォッシュにでも解析してもらいましょうか。今日の夕食は何がいい?」
「天津飯」
「昨日オムライスだったじゃない」
「いーの」
気にはなる。だが今は特に気にしない。好物の夕食を聞いてイヴがスキップしだした瞬間──。
──物音がした。この辺りは特に汚染が酷いので浮浪者でも近づかない。つまり兵士の可能性がある。
すぐさま剣を抜くイヴ。戦闘能力のないロアを庇うようにして辺りを警戒し始めた。特に警戒すべき場所は音の鳴った方向。
いつでも動けるように。いつでも戦闘できるように。いつでも攻撃できるように。剣から雷を発生させる──
「──」
──来ない。いつまで経っても音の原因であろう兵士はやってこない。するとロアは威張るようにしてイヴの背中から出てきた。
「まったくもう! 心配させてくれ──」
──地面から手が飛び出てきた。
「きゃあああああああ!?」
これまた随分と女の子らしい叫び声を上げながらイヴの後ろに隠れる。変わらずイヴは警戒を続けた。
『──な、なんじゃ』
くぐもった声が地面の中から聞こえてきた。
『な、なんか重いぞ。どうなってるんじゃ?』
飛び出た手で瓦礫を丁寧にどかしていく。残った小さな瓦礫は──力技で押しのけた。
「よし!! これで脱出──ってここはどこじゃ?」
男は袴についたゴミを払いながら周りを見渡す。
「「……」」
「おぉ、なんじゃ人がおるじゃないか。そこの変な髪の女子二人。ここはどこじゃ?」
二人は固まる。固まってしまった。あまりにも突拍子のないことが目の前で起きているからだ。
墨汁のように黒くて長い髪。それを後ろでひとまとめにしたポニーテールのような髪型。そして漆黒の瞳。顔も相まって人によっては女にも見える。しかしそれも顔だけ。体は小柄だが筋肉質。いわゆる細マッチョと言うやつであり、体つきはミサイルや戦闘機のような、戦術的な美しさを持っていた。
メンクイのロアが驚愕するほどの美形。──だがそれ以上に目に付いたのは格好と腰に刺さっているモノであった。
「あの……それ……」
木造の鞘では隠せないほど重々しい印象を与える──それは刀だった。
男の格好は紫の袴に草履。そんなので刀を腰に刺してるときた。もう『侍』以外にどう表現すればよいのやら。
しかしだ。知っての通り時代は二二二二年。侍なぞいるはずがない。だからロアとイヴの二人は目を丸くして驚いているのである。
「ん? 先に質問したのはこっちなんじゃが……まぁええか。これは『水斬甘雨』じゃ。幻水家に代々受け継がれてきた刀での……ありゃ? そういやなんで儂が持っとるんじゃ?」
男は頭をかしげる。
「確か儂は畳の上で──ってことはなんだ。ここは天国か?……そんなわけないか。どうせ地獄じゃろ」
「ということは……お主ら。なんの罪を犯したんじゃ?」
「私たちを勝手に罪人にしない。いや、誇らしいことはしてないけども」
思わず見知らぬ男にツッコんでしまうロア。
「えっと……あなたは?」
「儂か?まぁ聞いて驚くなよ──幻水迅鋭。『剣鬼』ならばもっと聞いたことあるじゃろ?」
「……聞いたことない」
ロアの答えに目を見開く迅鋭。
「きっ、聞いたことない!? 池田屋事件のことは!? 戊辰戦争はどうだ!? 鳥羽・伏見の戦いとか箱館戦争は!?」
「戊辰戦争は旧幕府と新政府が戦ったってやつでしょ? 池田屋事件は新撰組が志士を捕まえたやつで……でもアンタの名前なんて知らないけど」
「はぁ!? その事件を知ってて儂の名前を知らんのか!? どんだけ世間知らずなんじゃ!?」
男の叫びにロアもムッとしてしまう。──イヴは警戒を続けたまま。剣もずっと向けている。
「まぁいいわ。んで? ここはどこじゃ?」
「どこって……東京の龍星区。『ゴミの王国』よ」
「……なんじゃそら。儂はどこにおるんじゃ?」
「えぇ……あなた一体なんなの?」
「その答えは儂にも分からんなぁ──さて」
──空気は一変する。気の抜けた男の雰囲気から一気に毛穴が引き締まるかのような威圧感が漏れ出してきた。
「お主……そろそろ警戒を解いてくれんかの?偽物とはいえ、儂も剣を向けられていては落ち着かん」
「……偽物?」
イヴがピクリと反応する。
「刃が付いとらんじゃろ。そんなもんを振っても肌すら切れん」
その通りであるのだが、言い方が腹立つ。イヴは少し怒った。
「アンタ何者?」
「言ったじゃろ。幻水迅鋭じゃ」
「名前を聞いてるんじゃない。……もしかして『ツクヨミ』の手先?」
「ツクヨミ……神様のことか? とにかくお前の思っとるような者じゃない」
嘘をついているようには見えない──だが警戒を緩めるまでには至らない。ありとあらゆる情報が怪しすぎるからだ。
「ならその腰のやつ。地面に置いて」
「えぇ……なにをそんなに怪しんどる──」
──稲妻のごとき閃光。地面を壊して男に斬りかかる。
「──」
「──行儀の悪い餓鬼だな」
イヴの剣は半分だけ抜刀した刀によって食い止められていた。
「っ……お前。本当に女子か? なんつう馬鹿力しとる」
「なんで──」
「見え見えじゃからの。……だが速さは惜しい」
イヴを蹴り飛ばして少し距離をとる。
「世間知らずとはいえ、人に剣を向けるとはな。少しおいたが過ぎるんじゃないか?」
腰に携えていた刀を──完全に抜いた。
「ちょ、ちょっとイヴ!何やって──ってあなたも!私たちは敵じゃな──」
「──やっぱりアンタは敵ね」
「敵? さっきから何を言っとるかよく分からん。ま、どうでもいいか」
──それは何の変哲もない構えであった。柄を両手で握ったごく普通の上段の構え。
そのはずなのだが──明らかに違う。イヴも。敵意を向けられていないはずのロアですらも。今までに感じたことの無い種類の『殺意』を肌で感じ取った。
「──逃げてロア!!」
「──参る」