第28話『骨の髄までへし折って』
動いたのはアルク。得意の最速ハイキックを顔面に。ほとんどノーモーションで放たれた攻撃にデクスターは反応しきれず直撃した。人間ならノックアウト間違いなし──だが脳のないデクスターには効かない。
「悪い脚はこれか」というかのようにアルクの脚を掴む。鋭く尖った指先が脚にくい込んだ。
「いっづ……!!」
動き出したアイに前蹴りを──ジャンプして回避。空中で体を器用に回し、足の爪を立てて顔面に蹴り刺した。
飛び散る破片。刺さった感覚。倒せたまではいかないにしろダメージは入った。──そう思い込んだ。
怯みもせず。ダメージが入った様子もなく。すぐにアイの脚を掴み、アルクを遠くへ投げ飛ばす。
「ぐぅ──!!」
アイの胸を踏みつける。──するとデクスターの足が変形。アイを拘束しながら地面に固定された。
「わっ!? ちょっ!?」
「姉ちゃん!!」
さっさと立ち上がって戦線へ復帰する。こちらへ一足で向かおうとするアルクに──デクスターは手のひらを向けた。
赤熱の光線が発射。横へジャンプして回避したアルク。光線が通った場所は空気ごと焼き尽くされ、壁を原子も残らずに消滅させた。
それを一発。二発。三発。横へ逃げるアルクに発射し続けた。
残った片手を変形させ剣の形にする。剣先はアイの顔面に向かって落下してきた──。
──外した。というより外された。自由だった脚を使って剣を逸らす。逸らしきれずに頬を切り裂くが直撃よりマシだ。
光線を避けながら接近。右へ左へ飛び移るように近づき、打ち上げる回し蹴りを叩き込んだ。
「ナイス!」
「世話が焼けるな」
──着地。内部へ衝撃が走る。痛みなど感じないはずの機械だが、内部の機器の状態から『嫌な感じの打撃』と認識した。
次の攻撃。ジャンプで起き上がるアイを横目に再度アルクが先手を取った。
蹴り技──と見せかけての右ストレート。フェイントを入れてるので体重は乗っていない。だが不意打ちの攻撃ならば相手には当てられる。
──はずなのだが。デクスターは簡単に拳を弾いた。
続くようにしてアイの攻撃。反対側からの回し飛び蹴り。軽い体重を遠心力で誤魔化しての蹴りを──。
──弾いた。肘で脚を弾いた。
攻撃。弾く。
攻撃。弾く。
攻撃。弾く。
左右から襲いかかるコンビネーション抜群の連続攻撃。二人の連撃をデクスターは赤子をあやすかのように捌き切る。
その姿はまさに殺戮マシーン。人工的に作られた怪物だ。
(こいつ──!!)
(なんてやつ──!!)
姉弟の連携は流石なのだが──デクスターの方が一枚上手であった。アルクは蹴り、アイは殴られる。
「ぐっ──!?」
「がっ──!?」
距離がそこまで離れなかったアイを掴み──腕を変形させてブーストを出しながらぶん殴る。
「ぶっ──」
鼻血を出しながら殴り飛ばされ壁へ叩きつけられた。
残るはアルク。地面を壊す勢いのスピードで接近。
──腕の変形で迎撃。カウンター気味にブーストの入ったパンチが顔面に入った。
「ぐぉっ──!?」
強靭な下半身でぶっ飛ばされるのは防いだ。痛むふくらはぎと太ももを無視してまた接近しようとする──。
「──?」
右の肋骨付近から痛みが。──デクスターから発射されたフックがアルクの肋骨に引っかかっていたのだ。
デクスターの腕の動きと共にアルクも引っ張られ──もう一発。ブーストの入った拳を顔面に叩きつけられた──。
──水切りのようにバウンドしながら壁へ激突。地面へ力なく倒れる。
「──任務を続行する」
それは倒れた二人への勝利宣言であった。事実として二人はもう動けない。死んではないが、体力の限界、耐える精神すら消え去った。
ならば勝者は明らか。あとは命令を遂行するために逃げた二人を追うだけ──だが。
「──」
デクスターは立ち止まった。真正面を。壊れた壁を見ている。その壁は──イヴが殴り飛ばされた壁であった。
「……しぶといな」
腕を変形させて剣を振りかぶった──。
──雷の嘶きと共に黄色の閃光がデクスターへ直進してきた。
「っっ──!!」
雷を纏ったイヴが剣を振り下ろす。それをデクスターは防いでいた。
踏ん張る地面には大きな亀裂が張り巡らされている。それはイヴのパワー、そしてデクスターの強さを証明するかのようだった。
二発目は胴体。脇腹から横に振るう。
デクスターはそれを後方にジャンプして回避する。──追撃。距離を詰めて剣を振るった。
剣が肩にめり込む。さらに追撃のパンチ。顔面にできた亀裂の隙間から小さい部品が飛び散った。
デクスターの攻撃。回避してのカウンター。背中、首、腹部からの顔面。イヴのスピードに対応ができない。
攻撃。攻撃に続く攻撃。不壊とも思われた装甲はイヴの攻撃で徐々に、徐々に壊れ始めてきていた。
変形させた拳のパンチ。──躱しながら脇腹へ剣を叩き込む。
「ふぅぅ──!!」
斬り飛ばされたデクスターへ追撃しに行くイヴ。デクスターは近くにあった瓦礫を掴んでぶん投げた。
もはやその程度のスピードは止まって見える。簡単にそれを回避。瓦礫は装飾品の鏡を壊して崩壊した。
振り下ろしの剣を避けて──次の攻撃も避ける。反撃の隙もない。もはや攻撃ができない。
──それならば。地面に指を突っ込む。そして思いっきり引き上げた。
タイルは持ち上がり、イヴの視界も遮られる。
「小賢しい!!」
タイルごとデクスターの頭を剣で叩き割った。タイルと装甲の破片が飛散した。
──腕に雷が這い上がる。蛇のように。巻き付くように。纏わりついた雷の腕でデクスターをぶん殴った。
電気はデクスターの内部へと侵入。精密機器を巡り巡って異常を発生させた。
「ガ──カガ……ギ……!?」
止まった。怯んだ。動かない。──この時だ。この時を待っていた。
倒すのならば今。仕留めるのならば今。このタイミングしかありえない。
凹んだ顔面に向かって剣を振り上げる。ダメ押しの雷を剣に纏わせながら振り下ろす──。
──手のひらが向けられた。あの光線だ。
(フェイント──!?)
スピードの上昇したイヴならば避けるのは難しくない。軽く避けて有言実行した。
(危なかったけどこれで──)
少し焦ったが問題なし。すぐに振り上げて、また叩き潰しにかかる──。
「──がぶっ!?」
──貫いていた。避けたはずの光線が腹部を貫いていた。
「が……な、なん──で……!?」
傷はさほど大きくない。──だからといって痛くないわけが無い。痛覚が体の中で暴れ狂う。
なぜ。どうして。──そんなことよりも『痛い』という感情に支配されていた。
ふと後ろを見る。──答えはそこにあった。
光線はどこまで行っても光線。つまるところ光だ。光ならば反射する。不意打ち光線のタネは鏡であった。
意味の無い抵抗と思われた瓦礫のぶん投げ。これはガラスの破片を飛び散らせるための仕込みであったのだ。
「ぐふっ……が──ぁ」
地面にうずくまる。痛い。熱い。痛さのあまり動けない。熱さのあまり動けない。視界が。神経が。暴れ回る。
(痛い痛い痛い痛い痛い──!!)
痛い。とてつもなく痛い。耐えられないほど。壊れそうなほど。泣きそうなほど。いや、既にちょっと泣いているかも。
──そんなイヴをデクスターが蹴り飛ばした。
「うぅ──」
オーバーボルトモードが解除された。充電が切れたのか。それとも意思が切れたのか。もはやイヴに身を守る方法は無くなってしまった。
──倒れているイヴの首を掴み、持ち上げる。
「か──」
締める。締め付ける。締め上げる。頭に隙間なく詰め込まれていた『痛い』という感情は消え去った。代わりに『苦しい』という感情が頭を支配する。
空気は取り入れられず。脳に酸素が運ばれず。少しずつ視界と意識が黒く染っていく。
止まる。全部が止まる。弱々しい蹴りも抵抗にすら入らず。その蹴りすらもデクスターに届かなくなっていった。
このまま終わらせてもいいが──それでさっきは急襲された。だからここで確実に息の根を止める。
イヴの顔面にもう片方の手をかざした。目の前に赤い光が収縮していく。自らの腹を貫いた光線が発射されようとしていた。
(あ──)
数秒後に迫る確実な死。感じるはずの恐怖すら消え去り。頭に甘い感覚が入り込んできた。
(ごめんね……ロア──)
光はイヴの視界を覆うほど大きくなり。意識をも光に包み込んだ──。




