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第26話『本物の刺客』

 ──また迅鋭の場面に戻り。

 雨のように降ってくる瓦礫(がれき)と粉々となった欠片の煙が舞い降りている。煙によって降ってきた物……もしくは者の全容は見えない。


「なんじゃ……何が降ってきたんじゃ」


「あ? お前の仲間じゃないのか?」


「違うわ。お前のじゃないのか?」


「知らねぇよ俺も」


 徐々に煙が晴れていく。落ちてきたモノの姿形が見えてきた。



 ──形は人。しかし見た目はどう見ても人間じゃなかった。

 血のように赤いマスク。というより血そのものか。鱗のような外殻の隙間から精密機械が見える。身長は二メートルほど。見上げるほどの大きさだ。


 謎の機械は入場とは真逆に、静かに(たたず)んでいた。異様。奇怪。その姿とは迅鋭どころかアルクにすら異常に映っていた。

 迅鋭の仲間でなければ。アルクの仲間でもない。ならばこれは一体──。



 迅鋭が機械に近づく。


「おい、お前」


 反応なし。ただ耳に痛いピピピという音を発しているだけだ。


「カレン? 聞こえてるか?」


 ──こっちも反応なし。ロアの見よう見まねで耳をタップしてみるも反応はない。


「こっちもダメ……寝とるのか?」


「……気おつけろよ」


「心配してくれとるのか?」


「そんなわけないだろ。……なんか嫌な予感がするんだよ」


「意外と可愛いところもあるのぉお前」


 なんて(あお)りつつ、あまりにも動かない機械を軽く叩いた。




 ──裏拳だった。迅鋭の顔面を機械の拳が貫いたのだ。何かを言う暇もなくぶっ飛ばされ、壁を壊して外へと出された。


「なっ──侍!?」


 機械が突如として動き出した。肩を回して腕を曲げる。動きだけを見るなら人間のようだ。

 外殻の隙間から空気が漏れる。真っ赤な顔は下を向き──座っているアルクへ向けられた。


「──私の名はデクスター。グリム様の命令によりここまでやってきた」


「……なるほどね。お前が依頼主の言ってた本物の刺客か」


 震えながら。ふらつきながらも立ち上がる。切断された腕には迅鋭から渡された包帯が既に巻かれていた。止血はできている。


「『ロア・カミリン』と『ハク・ネテル』を出せ。そうすれば命だけは見逃してやろう」


「それはできない相談だな。これでも傭兵。プライドくらいはあってな。それに──最初(ハナ)から見逃す気なんてないだろ」


「質問には答えん」


「なるほどね……」


 ──デクスターの前に立ち塞がった。

 片腕は切断。目立つ傷はそれ以外にもある。状況は劣勢。それでもアルクは立ち塞がった──。



「おい……」


 ──デクスターの後ろに迅鋭が。額には青筋が立っている。そして──既に抜刀されていた。


「よくもやってくれたな……」


 水弾き。高速の突きを放った。──刀は甲高い音を立てて弾かれる。

 デクスターの体は何事も無かったかのように無傷だ。しかし攻撃が効かなかった動揺を見せることはない。


「お前。『ロアを出せ』とか言っとらんかったか」


「──そうだ。ロア・カミリンを出せば命だけは助けてやろう」


「分かった。よーく分かった。──お前はここで殺す。どうせカラクリじゃろう?情けをかける理由もないな」


 刀を握り直す。アルクよりは軽傷とはいえダメージは決して少なくない。利き手である右手を潰されているのはかなりの痛いだろう。



「おい狼」


「あ?」


「逃げろ」


「……は?」


 唖然(あぜん)とする、というより怒った言い方であった。


「言い方が悪かったな。この屋敷のどっかにロアという名前の女性がおる。ロアに『変な奴がいた』と伝えてくれ」


「何勝手に話を進めてんだ……この俺に尻尾巻いて逃げろってか……!?」


「そうだ」


 ──迅鋭の声は強くない。なのに気が強いアルクですら臆するほどの圧があった。


「加勢したくば後にしろ。儂がこのカラクリを斬り倒す前に戻ってこい」


「……お前」


「はよ行かんか」


「くっ……死ぬなよクソ侍」


 舌打ちの置き土産をしてアルクは部屋から走り去っていった。



 部屋には二人──違うか。一人と一機。前に人が居なくなったならその方へ向く必要もなく。重厚な音を立てながら迅鋭の方へと体を向ける。


「貴様は逃げる気は……ないようだな」


 機械式の拳を握り締める。紫色の腕はギチギチと音を立てていた。


「警告はした。──灰すら残らないと思え」


「からくりのクセに達者な口じゃな」


 迅鋭も刀を揺らす。逆手に持って前へと突き出した。

 迅鋭にとってはあまりにも未知数な敵。どう来るか予想ができない。──そんなもの未来に来てから何度もある。今更のことだ。


「かかってこい」


 金属の体と刀が音を立ててぶつかりあった──。




 ──同時刻。

 イヴはまだ迷っていた。アイをその場に放置するか。それとも迅鋭の方へと向かうか。

 カレンと連絡がつかないのも不安だ。不可解なことが多すぎる。


「ロアとも連絡がつかない……どうしよう」


「──呼んだ?」


 ──なんて言った瞬間。後ろからロアが飛び出てきた。


「ロア!? 心配してたんだよ!?」


「ごめんね。ちょっとトラブってて」


「……後ろのやつって」


 遅れてやってきたのはハクだ。まだ事情を知らないイヴにとっては警戒すべき男である。


「ま、待って。事情が変わったの。こいつは敵じゃ……ない……かも」


「なんでそんなに疑問形なんだよ」


「だって敵じゃない証拠とかなかったし」


「それは……後で説明してやるから」


「らしいわよ」


「……変なことしたら──」


「分かった分かった。何もしないから剣を納めてくれ」


 話が進まないのでイヴは剣を(さや)に入れた。


「イヴ。あなた……誰も殺してないわよね?」


「うん。そこで寝てる猫も死んでないし」


「黒猫を倒したか……末恐ろしい娘だな」


「──死んでるのよ。警備兵が」



 中庭。そして道中。迅鋭とイヴが気絶させた警備兵を除いて、その他の警備兵は例外なく全員殺されていた。

 この短時間で。それでいて気が付かれずに。──相手はどんな奴なんだ。


「……どうなってるの」


「わ、分かんないのよ。とりあえずカレンとヴォッシュが心配だから二人のところへ行こうとしてるんだけど」


「……迅鋭は?」


「私が行ってもどうにもならない。だからイヴ、あんたに行って欲しいのよ」


「……」


 無言。イヴは何かを考えた後、アイの方へと歩いていき──その頭にまた剣を叩きつけた。


「起きろバカ猫」


「っっ──なに!?」


 飛び起きた。


「ギブアンドテイク。見逃してやるから手伝って」


「無理やり起こしておいて第一声がそれ……!?」


「拒否権ないから」


 掴みかかろうとするアイをハクが止めた。


「俺からも頼む」


「……はぁ。依頼料はずんでよ」


「いいだろう」


 髪をかきあげながら落ち着いた。ため息をついているイヴに腹を立てながらも、とりあえず話は聞く。


「何すればいいの」


「今なんか変なことが起きてる。仲間二人の安否が気になるからロアを護衛してきながら見てきて」


「……あんまり意味わかんないけど分かった。そこのお姉さんを護衛すればいいんだね」


「話が早くて助かるよ」


「あんたに褒められても嬉しくないんだけど。てか、あんたはなにするの」


「──私は迅鋭のところへ行く」


 イヴは剣を振った。


「……へぇ。イヴ、いつの間に迅鋭と仲良くなってたの?」


「む、仲良くはなってない。ただちょっと……心配なだけ」


「どうせ行くなら弟も連れてきて。多分……なんだっけ。迅鋭? ってやつと戦ってると思うから」


「考えとく」


 ──とりあえずやることは決まった。ロア、アイ、ハクはカレンとヴォッシュの安否確認。イヴは迅鋭とアルクの安否確認。

 やることは決まったので次は実行に移す。まず向かうのは正面玄関だ。

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