第25話『すれ違いで思い違い』
──少し前のこと。
ロアは廊下を走るかのように移動していた。面倒な相手は二人が引き受けてくれている。ならば残りのロアは自身の役目を果たすだけだ。
「絵画の場所は?」
『監視カメラの映像を遡ってみたところ。あの絵画はハクの執務室にある』
「執務室?」
廊下は開けており、家具も点々としている。遮蔽物はなく光もあってか明るい。隠密行動をするならば最悪と言ってもいい環境だ。巡回している警備兵も片手の指では収まらない。さらにアルクの警告によって全員が警戒している。
状況は芳しくない。だがロアは臆せず進む。壁に張り付いてこっそりと相手の動きを見て──ちょうど視線が逸れたタイミングで動く。
『ハクは一日中、机に座って書類関係の仕事をしてる。時々自身が経営している会社に行ったりもしてるらしいけどね。今も書類を纏めてるよ』
「ふぅん……そんなんで稼げるなんて羨ましいわ」
『そんなことないと思うよ? 一日中書類と睨めっことか私耐えられないもん。せめてパソコンとかゲームは欲しいよね──って話が逸れた』
小石を使っての視線誘導。わざと音を出して相手の注意を惹き──裏を通る。
今対応している警備兵だけでなく、その奥、そのさらに奥の警備兵にまで気を使いながら移動。
その姿は現代の忍者。普段のおちゃらけた姿とはかけ離れたまさにプロの技術である。
『執務室の中に絵画があるから、手に入れるには何とかして侵入しないといけない。でも執務室の前は厳重に警戒されてる』
「どうすればいい?」
『執務室の近くに小さい倉庫があるの。そこに燃えやすい物品が多くあるのよねぇ』
「……将来ろくな大人にならないわよ」
『ハッカーには褒め言葉だよー』
そそくさと移動しカレンの言っていた倉庫へと着いた。
食材、紙、非活性ウォルフという可燃性のガスと様々な物が──これは燃やす以外に選択肢などない。
手首を振る──すると何やら真っ黒の筒のようなものが飛び出してきた。
「レッドシンク」
レッドシンクと呼ばれる物を紙に近づけて叩く。すると──火花が飛び散り紙に着火。火はまたたく間に燃え広がり、黒に近い灰色の煙を上げ始めた。
「……なんか臭くないか?」
「あぁ、倉庫の方から──ってあれ煙じゃねぇか!?」
執務室の前を警備していた男たちが火事に気づいた。急いで倉庫の方へと向かう。──影にロアが潜んでいることも知らずに。
「作戦成功♪」
『音の方はどう?』
「ちゃーんと調整し終えてるわよ」
喉を二回ほどタップ。
「あー。あーあー。──よし」
──ロアの声が変貌。警備兵のような男らしい野太い声へと変わった。
執務室の扉を強めにノック。
「おい依頼主さんよぉ! なんか倉庫で火事が起きてるんだが!?」
「……は?」
「火がスグそこまで来てんだよ! 書類と心中したいってんなら無理強いはしないが、早く逃げた方がいいんじゃないか!?」
「はぁ、ったく──」
飛び出るように執務室の扉を開けるハク──。
「てい」
──首元に手刀。ハクは静かに地面へと倒れた。
「ごめんねー」
映画やアニメでよくあるうなじにチョップで気絶させるやつ。あれは実際にはできないという話は有名だ。もちろん未来においてもそれは変わらず。ならなぜ気絶させられたか。
それはロアのスーツが持つ『断頭』という物騒な名前の機能が理由だ。瞬間的に電気を放ち、脳幹の血流を一瞬だけ遮断。気絶させる──といったものだ。
「ま、すぐ起きるから許してちょ。後遺症は残らないから安心してね」
というわけでハクを室内へと引きずり、部屋の扉を閉める。これにて誰にも気が付かれずに部屋へと侵入することが成功した。
部屋の広さはそこそこ。豪華な装飾品、それに高そうなカーペット。近くにはワインを置いている棚。どれも見たことない名前のやつだ。絶対に高い。
机の上には書類の山が。カレンが言っているように会社関係の物が山積みである。
「ふむふむ……」
外の景色を見れるガラス。フカフカの椅子。言葉に出来ないほど美麗な絵画──いや無い。目的の物がないでは無いか。
絵はある。確かにある。でも目的の絵とはかけ離れた物だ。
「ないんだけど」
『あっれおかしいな……』
小型ドローンも周りを周回してみるが、何度見ても無いものは無い。
「ちょっと早くしてよ起きちゃうじゃん!」
『待って待って焦らせないで!』
こうしている間にもボヤ騒ぎは無事鎮火。警備兵は「なんだったんだろうな」と言いながら持ち場へと戻ってきた。
「嘘……カレン早くー!」
『──あ。分かった!』
「どこ!?」
『コレクションルームだよ! 今イヴが黒猫のアイと交戦してる場所!』
「へぇ」
『ふふふ』
……。
「──は? 嘘でしょ!? はぁ!?」
『嘘じゃないんだよねこれが』
「いや嘘ついたじゃん!! 執務室って言ってたじゃん!!」
『待って! ちょっと話を聞いて! ね?』
ドローンがロアの前まで戻ってきた。
『私も最初は不思議だったんだけど分かったの。ここには地下通路が存在する。その通路を通じて多分コレクションルームに移動させたの!』
「なんでそんな回りくどいことを……とりあえず地下通路ね。どうやって行けばいい?」
『カーペットの裏に指紋と網膜認証の扉があるよ!』
「オッケー分かった」
カーペットをめくる──あった。隠し通路だ。
「よし。指紋と網膜だから後は──」
「──俺の指と目を当てるだけ、だな」
──ロアの額に銃口が当てられる。ハクだ。いつの間に起きていたのだ。
「なん……で……」
「気絶してたのは本当だ。ただちょっと《《気付け》》をしておいたんだよ」
見せつけるようにポケットから取りだしたのは空の瓶であった。瓶にはマジックで『サダミレ』と書かれてある。
「瞬間復帰薬……」
「襲撃してくるのは予想してたからな。まぁどこぞも知らない素人に任せるとは思ってもみなかったが……あんたは馬鹿だ。さっさと殺していれば金も手に入っていたのに。やはり組織も俺の資金がなけりゃ素人しか雇えねぇのか」
「は? 金?」
「もうとぼけなくてもいいぞ。最後の言葉は自由に選びたいだろ?」
引き金に指を入れる。
『嘘──ま、待ってロア! 今すぐ二人に報告して呼び寄せるから!!』
「……二人は間に合わなそうね」
「そうだろうな。陰陽姉弟を相手に逃げれるわけないだろうし」
「しょうがないか」
両手を上げて降伏。打つ手なし。ならば潔く死ぬ──気なんて毛頭ない。
親指を動かして『スモーク』をセット。あとは指の動きで煙幕を貼ることができる。
「話が分かるやつだな。ま、痛みは一瞬だ。目でもつむってろ」
「その前に聞かせて。──盗んだ絵はどこにあるの?」
せめて最後に情報だけでも──なんて捨て身精神などでは断じてない。ロアはこの場においても生き残れる自信がある。
だから情報だ。カレンが調べた情報を確定にする。話してくれるとは限らないが……少しくらいは油断してくれるだろう。なにか有効な情報の一つや二つくらい手に入れられたら──。
「……俺、絵なんて盗んでないぞ」
──誰も予想すらしなかった言葉が出てきた。ロア、ドローンの奥のカレンとヴォッシュ、なんなら言った本人のハクも固まっている。
「は? う、嘘つかないでよ。死を待つ死刑囚にくらいは優しく教えてくれてもいいじゃない」
「嘘じゃない。俺のコレクションは全部金で買ったやつだ。盗むなんて卑怯な真似はしないぞ」
「ば、馬鹿言わないでよ! こっちには証拠もあるんだよ!?」
「見せてみろよ。俺は何もしてないからな。何を見せられたって反論でき──」
決定的な証拠。監視カメラの映像をハクに見せつける。
「……待ってろ。逃げるなよ」
「反論の材料でもあるの?」
何やらスマホを弄って確認をしている。見ているのは口座だろうか。詳細を確認して──ハクは声を上げた。
「──減ってる!? は!?」
「減ってるって……あんたが依頼したんでしょ? このクレイモアっていうところに!」
「してないしてない! 依頼なんてするわけ無いだろ!?」
「そんなこと……まだ証拠はあるよ!」
見せたのはクレイモアとネット上で会話している時の写真だ。これぞ決定的な証拠。言い逃れなどできないだろう。
「……『セン』だと」
「なによ。反論でもあるの?」
ハクは何かを考えるような素振りを見せ──ロアの方へと顔を向けた。
「……お前。俺を殺しに来たわけじゃないのか」
「殺す? そんなわけないでしょ。絵さえ返してもらえれば何もしなかったわよ!」
「そうか……分かった」
ハクは銃をしまった。
「嘘はついてないようだしな」
「ちょ、ちょっと。何勝手に一人で納得してるの!?」
「俺はお前らが思ってるようなヤツじゃないってことだ。戦う必要もない」
「……その話。本当?」
「嘘なら銃はおろしてない」
「だったら戦ってる二人を止めないと」
「……そうだな。死なれちゃ後味が悪い。今から命令する。お前も仲間と連絡を繋いでろ」
「二人が相手を殺すわけないでしょ。イヴ! 迅鋭!」
ハクが言ってることが本当かは分からない。だが嘘はついていないようだ。現に電話をして油断している今でも相手は銃を向けてこない。
ならとりあえず休戦させ、状況を再確認することに──。
「……二人とも?」
──応答しない。
「カレン! カレンいる!?」
──こちらも応答なし。虫の音一つも聞こえてこない。
「なによ故障……!?」
「──奇遇だな。俺もだ」
「は?」
ハクの方もダメ。アイとアルクだけでなく、他の警備兵も反応しない。
「何かあったんじゃ──」
「違う。まるっきり応答しないのは変だ。多分これは──電磁パルス」
「電磁パルス!? な、なんで!?誰が!?」
ハクが舌打ちをする。
「──嫌なタイミングで本命が来やがった……!!」




