第23話『白い弾丸』
──少し前。
ハクの屋敷には広いダイニングがある。大人数で食事することが可能なスペースであり、お客人や家族を招いて食事したりする場所だ。
最近は自室で食事を取ることが多いので使われていない。宝の持ち腐れ、とは少し違うか。
豪華な装飾はここも変わらず。綺麗な食卓は使われてないのにも関わらず手入れされている。ハクのコレクションでもある絵画も飾られており、部屋をよりいっそう豪華にしていた。
だがそんな空間も人がいなければ静かで寂しいだけ。なにもない。音もない。広さも相まってどこか怖い雰囲気まである。
そんな空間に──迅鋭が壁をぶち破って入ってきた。
「ぐっ、いったいのぉ──」
壁の残骸を背中に敷きながら倒れている。首を鳴らしながら立ち上がり見つめる先にはアルクがいた。
「はは、強そうな見た目通りじゃ……」
「……『剣を持っているから勝てる』とでも思ったか」
手袋をキュッと締め直す。
「俺を他の傭兵と勘違いしたのが運の尽きだったな」
剣を杖がわりにして立ち上がろうとする迅鋭を無慈悲に蹴り倒した。
「せいぜい地獄で後悔してな──」
──突如、アルクの腹部から出血。何かで刺されたかのような痛みに襲われた。
「なに──」
意識が迅鋭から離れた瞬間、アルクの股間を蹴り飛ばす。
「ぐぉあがぁ!!??」
たとえ狼だろうとスーツを着ていようと。男であるならば弱点は変わらない。怯んだ隙に転がって距離を取る。
「ご……の……!!」
「弱点は変わらないようじゃの」
「てめぇ……何をしやがった……!?」
「金玉をちょいと蹴り飛ばしただけ──」
「そっちじゃねぇ……!!」
腹部からの出血は止まらない。内蔵までは達してないにしろ、軽傷とは言えないだろう。
「あぁそれか。刺しただけじゃよ。ただな」
「刺しただけ……だと?」
幻水流『水弾き』。手首のスナップを利用した突き。腕を水のように脱力させ、鞭のように弾く攻撃だ。
動かないことこそが構え。ほとんどノーモーションから繰り出される突きは知っていても完璧に防ぐことはできない。
つまりアルクが避けるのも防ぐことも不可能。スーツを着ていようがアルクに避けるすべは無い。
刺した。仕込み武器も見当たらなければ。日本刀を抜いた様子もない。動かしたのは手に持っている『桃』である。
アルクの目には桃を動かした様子は見えなかった。
(見えなかったのか……スーツすら着ていない男の動きが……!?)
自身の強さに絶対的な自信を持っていた。それが今。揺らごうとしている。
だから構えた。動揺を隠すように。恐れを隠すかのように。
迅鋭も対抗するように構える。水のようにダランと腕を垂らした脱力の姿。アルクと違って驚くほど冷静だ。
──肩が出血。
「ぐぅ──!?」
また見えなかった。防御すらできない。反応速度が間に合わないのだ。
反撃──しようとした瞬間に突きが放たれる。もちろんアルクが視認することはできない。
──次は脚。──今度は頬。──そして胸部。
次々と放たれる攻撃を防ぐことも避けることもできない。
「こっの──!!」
床を足で蹴り飛ばす。粉々の破片が迅鋭の視界を防いだ。
「チッッ──!!」
横に一閃。咄嗟に刀を横薙に振るう。そのまま進めばアルクの胸元から上と下を分けることができるはずだ。
──しかし刃は体にすら届かず。アルクの手によって止められていた。木片どころか、スーツすら軽く斬れる刀が手をかざすだけで止められている。
「『GM防刃手袋』だ。長らく愛用している手袋でな。重宝してるんだ。──今もちょうど世話になった」
鳩尾に向かって前蹴りを放つ。体重は乗ってないスピード重視の前蹴りだ。しかしスーツを着ていない迅鋭にとっては、どんな攻撃も致命傷。
血反吐を吐きながら地面に転がり落ちた。すかさず顔面を踏み潰す──ところを転がって避ける。
壁まで追い詰められ立ち上がろうとする所へハイキックが放たれた。
──壊れたのは壁。避けられはした。だが体勢を崩しかける。そこをアルクが見逃すはずもなく。足を組み替えて迅鋭に前蹴りを放つ。
──防いだ。刀で防いで直撃は免れた。だが衝撃は迅鋭に襲いかかり、後方へ数メートル吹っ飛ばされる。
「っっ──!!」
追撃しようと走ってくるアルク。迅鋭は蹴り飛ばされながらもアルクから一切目を離さなかった。
「ふぅ……」
──地面に刀を突き立てるように構える。
まるで晴れた水平線のように。静止。そして無心。雑念を捨て。澄んだ空気を取り入れる。
動きが止まった迅鋭に疑問を持ちながらも。アルクは仕留めるために蹴りを放った。
──下から上に切り上げる。
「うぉっ!?」
地面に足を突き刺して急停止。桃は外れて上へと向く。
依然として迅鋭は冷静なまま。桃を持ち直し、上から下へと振り下ろす。と、同時に『水斬甘雨』を抜刀。
上からの『桃』と下からの『水斬甘雨』は完璧なタイミングで重なり合う。
それは狼が噛み付くかの如く。二つの刃が縦に挟む。避けることなどできない不可避の斬撃。上下の牙で噛み付くかのように放たれる攻撃。その名も──。
「──幻水流『涎牙』」
『水斬甘雨』は横腹の皮一枚だけ食い込む程度に終わったが、『桃』は肩に深く沈み込むでいた。
アルクの蹴りは外れている。そして刀は食い込んでこそいるものの、まだ命を取るまでには至っていなかった。
「くそっ……!!」
力を込める──が刀はピクリとも動かない。スーツによって増強された力で止めているのだ。
「素直に力を抜かんか……!!」
「『はい分かりました』なんて言うと思うか……!?」
射程距離内にいるのは迅鋭とて同じこと。殴り殺そうと腕を振りかぶる。
──避けるためにアルクから刀を抜いた。
すかさず腰を捻った回し蹴りをアルクが放つが、これを『桃』の方で防御。『水斬甘雨』で桃を支えて攻撃を防ぎきる。
「くっ──!!」
「このっ──!!」
押し合いは不利。ならばと脚を弾いてアルクから離れた。




