第22話『猫はこたつで丸くなる』
先手はアイ。脳天めがけて爪を立てる。
──消えた。瞬間移動したかのように移動。アイの背中を取った。
背後からの剣の攻撃を回避する。──繋がる連続攻撃。横薙の剣をジャンプして回避、反撃のハイキックを顔面に向けて放つ。
掴まれた。雷撃がアイの体内で暴れ回る。
「いっ──つ!?」
ボールのように壁へ投げつけた。純白の壁に醜い凹みが出てきてしまう。
「随分とパワフルな攻撃だね──」
──追撃がやってきた。剣での振り下ろしを転がって避ける。
──追撃。
──追撃。
──追撃。
地面を叩き壊す連続の攻撃が降り注ぐ。紙一重で避けようとすると電気が身を焦がす。ならばとアイは大胆に避けていた。
最後の振り下ろし。これは左に避けた。体全体を使った攻撃なので多少の隙くらいは生まれる。そこへ反撃を──地面をえぐりながらアイの方へ切り上げる。
剣は届かない。それはそうだ。しかし電気はどうだ。剣から放出された極太の電気がアイに襲いかかった。
ほとんど質量じみた電気に弾かれて壁まで吹き飛ばされた。
「あー、もう痛い──」
──会話をする気はないようだ。怯んでいるアイに向かって剣を叩きつける。
壁に爪を立てて体を持ち上げる。剣は壁と地面を破壊しながら停止した。
腕の力のみでジャンプ。壁をまた登り、爪を立てて張りついた。
まだまだ来る。イヴも力で壁を凹ませてしがみつき、アイの場所までジャンプする。
「しつこいね。ストーカー?」
アイに向かって剣を振る。バク宙してさらに上へ登り、剣から身を離す。壁は破片を撒き散らしながら崩れた。
──叩く。
──叩く。
──また叩く。
床と同じように叩いて叩いて叩きまくる。同じくアイも避けて避けて避けまくる。
身が震えるほどの暴力。相手の顔は無表情。無機質な敵意をビシバシと感じて冷や汗が飛び出る。その冷や汗すらも身に纏われている電気で消滅した。
「──」
──壁を壊して大ジャンプ。天井に吊るされてあるシャンデリアへと飛び移った。
固定されておらず、吊るされているだけのシャンデリアは、アイが飛び乗っただけでブランコのように揺れる。
逃げられたのならば追いかけるのが人の道理。今度こそは、と電気を最大限纏わせながら飛び移る。
「しつこい女の子は嫌われるよ!」
「お互い様──!」
雷撃を纏った黒色の剣。殺意を纏った黒色の爪。シャンデリアを挟んだ二人の攻撃──間に入った物など軽く壊れるのは自明の理だろう。
崩れ、壊れ、落ちる。軽く十メートルはあろう高さから二人して落ちていく。『跳ぶ』ことはできても『飛ぶ』ことはできない二人。抵抗することもなく自由落下に身を任せた。
──イヴとアイ。遅れてシャンデリア。衝撃で破裂したガラスの破片が二人の周りに飛び散る。
「──」
「──」
着地はどちらも隙となるので動くことはできない。静止から開放されたのは──両者同じタイミングであった。
──異常を知らせる警報の音が部屋全体に響き渡った。
「は、これ──」
これが狙いか。それともたまたまか。どちらにせよアイが先手を取った。
ギリギリ反応したイヴはアイの腕を剣で防ぐ。
ポタリ。ポタリと雨粒のような水滴が上から降り注いできた。
「上であんだけ電気をぶっぱなしてたもんねぇ。特にここみたいな場所だと警戒すると思うよ。火事には」
──先程の上での攻防。アイの狙いは発生した電気を火災報知器に探知させ、警報音と共にスプリンクラーを発動させることであった。
降り注がれる液体は『純水』だ。ただの水なら電気は通ってしまうが、純粋な水ならば電気を通さなくなる、というのは有名だろう。
アイが狙っていたのはそれだ。純水を被せれば電撃は使えなくなる。戦闘能力はガクッと落ちるだろう。
「くっ……!」
狙い通り電気は行き場を失って消えていく。イヴはオーバーボルトモードを維持できなくなってしまった。
「にゃっはは!!」
ここが狙い目、とばかりに戦闘再開。爪を立てずに拳を握ったシンプルなパンチを繰り出す。
剣でパリィ。弾くことには成功した。しかし攻撃を一発で終わらせるなんて勿体ない。相手は以前変わりなく不利だ。ここが攻め時である。
二発。三発。拳だけでなく足の斬撃も混ぜて攻撃を繰り出す。電気を封じられて焦っているイヴは未だ攻撃できずにいた。
「ん──にゃ!!」
五発目の攻撃を弾く──その瞬間。イヴは体勢を崩した。
──足だ。足首にアイの尻尾が巻きついている。
気を取られたイヴでは次の攻撃を防ぐことなどできず。甘んじてアイの右ストレートを腹部へと受けてしまった──。
「ごぷっ──ぇ!?」
体を三度弾ませながら壁へ激突。衝撃で剣を手放してしまい、受け身も取れずに衝撃が直にやってくる。
「うぐ──ぁ──」
血がボトボトと下に。内蔵がやられた。意識も朦朧とする。
こんな状態でもアイはやってくる。トドメを刺しにやってくる。生かしておいて得がないからだ。
「ふぅ……なかなか手こずった。案外強かったよ。あんた」
ズキズキと痛む腹。流れ出る血。頭の標高。──イヴの敗北。そしてアイの勝利は誰が見ても納得だった。
ならば。生殺与奪の権利を持っているのもアイだ。
爪を立てて。狙うのは脳天。一撃で終わらせて。苦しませないようにする。もはや今のイヴでは避けれるはずもなく。数秒後に必ずやってくる死を──。
──否定した。
「──!?」
弾ける閃光。爆弾のような音。破裂し、弾け、頭が真っ白になる。──違う。目の前が真っ白になっているのだ。
セールスポイントだった聴覚に大きな異常。本能で『やばい』と感じる。
「何が起こって──」
──視界が徐々に晴れていく。自然と蹲るようになっていた視界から見えたのは──イヴの下半身であった。
上に。上に。相手はまだ生きている。早く息の根を止めなければ。視界を上にあげなければ──その思いは叶うことなく。
今度こそイヴの剣による振り下ろしが脳天に直撃した。
スパーク。電極間の電圧がある大きさに達した時に火花が発生する現象である。
水に濡れても電気自体は使うことが可能だ。ただ外には出せないと言うだけで。そこで考えついたのが自身の両腕を電極とし、電圧を大きくすることであった。
最大威力、最大の効果で発動させるため、アイが接近してくるまで耐える。弱ったフリをし、アイが殺しにくるタイミングで──ドン。これが閃光の理由であった。
「──ペッ」
口の中の血を吐き出す。まだ血の味は残っているが仕方ないと割り切ろう。
「……こっちも手こずった。思ったよりも強かったよ」
ほとんど不意打ち。ノーガードで脳天に喰らった。頭を伝って落ちた衝撃は地面を叩き壊すほどの威力だった。
まぁ意識を留めておけるはずもなく。アイは目をぐるぐるさせながらのびていた。
「……縛るものがないや」
かといって放置するわけにはいかない。もし起きた時にまた戦うのはゴメンだ。次も勝てる保証は無いし。
「んー。どうしよっかな」
起きてくるのには時間がかかるだろう。それまでにロアの仕事が終わるか。それとも迅鋭の援護にでも行くか──。
それは無いにしろ、時間はある。ちょっとぐらいゆっくり考えても──。
──音がした。屋根が崩れる音。壁が壊れる音。それめ遠くじゃない。かなり近い場所からだ。
「この方向って……!!」
作戦会議の時に見ていた。この方向は──迅鋭のいる場所からであった。




