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第21話『猫に気おつけろ』

 イヴの縦一閃を右腕で防ぐ。両手が義手というのは日常生活では不便だが、こういう時に役立つ。

 残った左手で腹部を引っ()く。後方に飛んで回避──しきれなかった。浅く腹に引っかき傷ができる。


「にゃは──!」


 追撃の膝蹴りが顔面に直撃。受身を取りつつも鼻血を出してしまう。

 次の攻撃は横から。側頭部を狙ったハイキック。多少の身長差は身体能力でカバー。機械の重みも合わさって見た目以上のダメージを受けてしまった。


 高そうな彫刻を壊しながら受け身。向かってくるアイに剣を振るう。


「にゃはは! 遅い遅い!」


 ──イヴの頭を掴んでジャンプ。剣はアイが居たはずの空を斬る。

 そのまま回転。頭から地面に叩きつけた。


「ぐ──っ!」


 やけくそ気味に剣を振るうも当たらず。(あばら)に蹴りを一発。今度は壁まで蹴り飛ばされた。


「いっつ……!」


 喰らったのは蹴り。つまり打撃技のはず。なのだが蹴りを受けた左胸の下辺りに刺傷があった。


「足にも爪があるんだよ。猫だからね」


「あっそ」


 冷めた言葉をひり出すものの痛みは十分すぎるほど感じている。内蔵にまでは達していないが痛いものは痛いし、血だって出る。

 だが動けるのならば軽傷だ。剣を構えるのだって簡単にできるのだから。



 五メートルほどの距離を一足で詰め、空手にある『貫手』を放つ。これは剣で弾く。軌道は逸れて壁へと突き刺さった。

 すかさず爪を立てて壁ごと切り裂きながらイヴを引っ掻く。後方ステップで避けようとするも前腕を少し切ってしまった。


 そんなことはお構い無しに連続攻撃。まるで子供のように腕をしならせて引っ掻きにかかる。

 文面は可愛いが、その恐ろしさはとても可愛いなどとは言えない。刃物を目の前で振り回しているようなものだからだ。

 だがこの程度の恐ろしさには慣れている。


 一撃目──。

 二撃目──。

 三撃目──。


 的確に攻撃を回避。そして攻撃後の小さな隙を狙って剣を──。


 ──。読まれていた。片腕で剣を防ぎ、イヴの肩に爪を立てる。


「っぐっ──!?」


 ドクドクと体外へ流れる感覚。熱にも例えられる痛み。ガッシリ掴まれていて抜け出すのは不可能。

 ならば──回避も不可能。片腕を振り上げ、イヴの顔面に爪を突き立てる。


 ──防いだ。流れるように手首と肩を掴み一本背負い。背中から地面に叩きつける。


「チッ──!!」


 倒れているアイの顔面に容赦なく剣を叩きつける。──転がって回避。回し蹴りのカウンター──回避される。

 カウンターのカウンター。剣を振る──なんと壁を蹴って壁を登った。上へ逃げられれば剣も外れてしまう。


 どこぞの蜘蛛男のように壁に張り付くアイ。違う点は指に細かい針が生えているのではなく、五本の金属爪を壁に刺して張り付いている点である。


「臆病だね」


「戦場では臆病な方が生き残るんだよ? 知らないの?」


 壁に貼り付けられた絵画。題名は『白鳥の歌』というらしい。蒼色の美しくも荒々しいタッチ。真ん中の白鳥の優雅さと言ったらもう──。

 そんな絵画を壁から無理やり引き剥がしてイヴに手裏剣のごとく投げつけた。


 ちょっともったいなそうに回避。ならば、と壁を移動して貼り付けてある絵画を連続で投げ続ける。


「依頼主さんのでしょ? 壊して大丈夫なの?」


「後でこう言っておくよ。『全部侵入者のせいでした』ってね!」


「そう。なかなかいい言い訳じゃん。それじゃあ、あんたの遺言はそれね」


 お返しとばかりにイヴも彫刻をぶん投げる。

 題名『龍の髭』。杖を持った老人の石像。きめ細やかな髭。本物と勘違いするほど精巧(せいこう)に作られた杖。体の節々に製作者のフェチズムが見える国宝級の宝──。

 ──のはずなのだが。イヴはまるで雪合戦の時の雪玉のように惜しげも無く投げ付ける。


「あー勿体ない。当たってくれたら元は取れたのに」


「物を壊すのは猫の特権だにゃん♡」


 ──両者攻撃は当たらず。どちらも金を無駄にするだけで終わってしまった。


 まぁ落ち込んでもしょうがない。弾切れになったとみるやアイは壁から飛び降りてイヴの元へと着地する。ここで運命のキス──なんてことはせず。無慈悲な回し蹴り。

 かろうじて反応したイヴだったが、防御するものの、威力までは抑えられずに吹っ飛ばされる。


 踏ん張って転けないように耐える。地面に踏ん張った後をつけながら停止。痺れる腕を我慢しながらアイの方へ顔を向ける──。


 ──いない。どういうわけだか知らないがいない。


「──?」


 刹那。頭が混乱する。しかし結論はすぐに導き出された。前に居ないということは後ろに居る──


 ──正解だ。アイは後ろにいた。──だが、もうひとつのことに気がつくのにワンテンポ遅れてしまった。自分の首にモフモフの尻尾が巻きついていることに。


「ん──にゃ!」


 両手で地面に爪を立てて側転。尻尾も当然動く。引っ張られ行き着く先は──地面だ。

 ぐるりと回転して地面に叩きつけられた。蜘蛛の巣のようなヒビ。飛び散る破片。衝撃で脳が震える。


 そんな状態で出した咄嗟(とっさ)の攻撃など避けるのは容易(たやす)い。アイはイヴの振った剣撃をバク宙で軽く避けた。



 イヴは決して遅くなどない。むしろ他の人間と比べても速いくらいだ。ならアイはなんでイヴの攻撃を軽々と避けられることができるのか。なんでイヴはアイに攻撃を当てられないのか。

 それはイヴが『速い』でアイが『すばしっこい』であるためである。

 実は単純なスピードはイヴの方が上である。しかしアイはその差を身体能力によって補っている。変則的な動きをするアイに、ただ速いだけのイヴでは攻撃を当てることができないのだ。



「っ──」


 肩からの出血。そして床に叩きつけられたことによる頭部からの出血。ダメージは少なくない。

 対してアイはどうだ。──未だノーダメージ。なんなら息すら切れていない。


「案外タフだね」


「それなりに……鍛えてるから……ね」


「損な子。(もろ)ければ苦しまずにすむのに」


 黒の爪が光る。やはり殺意に満ちた形状だ。見ていて骨が凍っていく感覚がする。


「……立たないといけない理由があるから」



 ──電気が体を走る。ひとつ。ふたつ。バチバチと音を立ててイヴの体から弾け飛んでいく。


「ふぅん。自信があるくらいだし、これだけじゃ終わらないとは思ってたけどね」


「ふぅぅ──」


 電撃はイヴの持つ剣にも纏われる。髪の色も白から黄色へ。インクのように侵食していく。

 ──瞳も黄色に。体が揺れる度に残光が透明の空に筆跡を繋いでいく。


「──オーバーボルト(帯電状態)




 ロアは説明していなかったが、スーツは種類によって『能力』と呼ばれる固有の技術を使うことができる。安いスーツには能力は無いことがほとんどだが、高級なスーツ、もしくは自作、特製のスーツには能力が備え付けられていることが多い。

 能力は人によって様々。共通しているのは「この現代の技術で再現が可能」なことである。


 イヴのスーツが持つ能力は『電気』だ。その名の通り電気を溜め込み放出することができる能力。放出した電気ならある程度は自由に操作ができる。


 今イヴが使用しているのは『オーバーボルトモード(帯電状態)』というイヴ特有の形態である。

 体内外に電気を纏わせるシンプルなものではあるが、電気を纏っているので近づくだけでもダメージを喰らう。そして体内に電気を走らせているのでスピードも向上。単純ながら強力な技だ。




 明確に強くなった。スカウターもないので戦闘力などは感覚でしか分からない。だが強くなったことだけは確かだ。猫の直感か。本能か。どちらにせよ、これまで通りといく訳にはいかないだろう。


「最初からソレをしてれば良かったのに。しなかったのか。それとも──できなかった、とか?」


「……さぁ」


 ──図星だ。的確に弱点を言い当てられて少し気が落ちる。


 イヴのスーツの弱点としては『充電が必要』なことである。

 充電が切れれば能力の使用が不可。なんならスーツの能力まで落ちてしまう。そして使用しているモード(形態)は電力を大幅に消費してしまう。

 倒しそびれば自滅。的確なタイミングで使う。スーツを最大限に使用するにはその見極めが必要である。



「ま、どうでもいいや。さっさと終わらせようよ。互いに用事があるようだし……ね?」


 意趣返(いしゅがえ)しと言わんばかりに言い放つ。


「……そうだね。先に電話でも入れておいたら。『用事はできそうにない』って」


「そっちもボスに伝えておいたら? 『先に死んじゃってごめんない』とか」


「ははは。面白い冗談」


「ふふふ。冗談じゃないよ」


 ははは。ふふふ。と、笑い合う二人。このまま仲良くなって戦闘終了──。


 ──なんてなるはずもなく。轟音と共に戦闘は再開した。

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