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第20話『ケダモノたちのレクイエム』

 ──ハクの屋敷は現在厳重な警備下に置かれてある。五十を超える警備兵。金の暴力で雇われた実力者たち。それに加えて最強の傭兵と呼び声も高い『陰陽姉弟(いんやんきょうだい)』も屋敷を警備している。

 まさに最強の布陣。言われ尽くした言い方をするならば『アリ一匹すら入ることは不可能』な要塞である。


 そんな屋敷の主人は自室にて書類の整理をおこなっていた。全ては金関係のこと。

 会社の経営に関することから、『誰かに金を貸した』とか『誰かから貸した金を返してもらった』まで種類は様々。こんなのを毎日見ていては頭もおかしくなってしまう。


「……はぁ」


 なのでまずは一休み。窓から眺める景色はなかなか良い。緑の森で囲まれてる屋敷からは美しい月が見えた。


「……満月か。綺麗だな」


 技術が発達した影響で森はどんどんと収縮されている。この森を見れるのもあと何年だろうか……空を見ているとそんなことを考えてしまう。


「いかん。俺としたことがセンチメンタルになってしまった」


 また机に向かう。気は紛れた。また業務を再開──そんな時。書類の山の隙間から、ある紙が見えていた。その紙にはこう書かれてある。


『今の日本には変革が必要だ──』


 ──と。ハクはその紙を引っこ抜き、クシャクシャにしてゴミ箱へと捨てた。


「……今日は満月だってのに嫌な予感がするな」


 とても満月は綺麗。空だって雲ひとつない。それなのに──ハクの胸にはモヤモヤとしたモノが霧のように流れてきていた。




「──んみゃ?」


 いい感じの影。いい感じの暖かさ。そんな場所でアイは寝……休憩し、アルクは本を読ん……勉強していた。

 二人でサボ……待機をしていた時。ふとアイの耳に奇怪な音が入ってきた。


「来たか」


「そうみたい。敵かは知らないけど」


「今日は来客の予定は無いそうだ」


「じゃあ敵だ」


 胸元のトランシーバーをオン。警備兵全員に警告を出す。


「敵だ。警戒しろ」


『了解』


 読んでいた本をしまう。凝り固まっていた体を引き伸ばす。


「敵の数は?」


「二人。舐められたもんだね」


「楽でいいじゃん」


「ま、そうだね」


 アルクは白い手袋をキュッと締めた。白いジャケットに白い靴。そして手袋。これがアルクの仕事服。戦いの格好だ。

 アイは特に用意はなし。機械仕掛けの義手と義足。動きやすいショートパンツにお腹の出たトップス。これがいつもの服でもあり、仕事服でもあるのだ。


「──行くか」


「お金稼ぎの時間だね」




 真っ暗な庭園(ていえん)は幽霊が出てきそうなほど恐ろしい景色だ。昼間はあれだけ綺麗だった池も今となっては恐怖しか感じない。


「……あー。ここの警備やだなぁ」


「一人だったら怖くて逃げてたかも」


「ほんとそう」


 池に住む鯉がポチャンと跳ねた。その音に身体を震わせる大人の男二人。情けないと言えば情けないが仕方ないだろう。


「早く終わんねぇかなぁ」


「だよなぁ」


「──良かったな。早めに終われるぞ」


「は?なん──」



 ──両者とも一発。後頭部での一撃で気絶した。彼らの望み通り早めの休憩となるだろう。

 休憩を言い渡したのはもちろん迅鋭とイヴ。中庭へと忍び込んだ三人は分岐地点までやってきていた。


『そこからは二手に分かれて両側から侵入してもらうね。イヴは左、迅鋭とロアは右側からお願い』


「「「了解」」」


『敷地内に入ってきてるのはバレてると思うから、迅鋭とイヴは大胆なくらいに動いて。ロアからできるだけ意識を離せさえすれば私たちの勝ちなんだから』


「任せて」


「暴れればいいんじゃな。それなら得意じゃ」


 長居するとあの姉弟がこちらへ来てしまう。目的は分断。そして足止めだ。できるなら迅鋭やイヴにとっても有利な室内で戦いたい。

 作戦通り二手に分かれる──その前に。イヴは迅鋭を引き止めた。


「バカ侍」


「その呼び方はやめんか。……なんじゃ?」


「──約束忘れないでよ」


 ロアは絶対に守り抜く。その言葉が頭の中に流れた。


「──忘れるものか」


 そう言って三人は夜の陰へと沈んでいった。




 ──出遅れた。アイとアルクは同じことを考えていた。


「思ったより早いな」


「屋敷入られちゃったよー」


 油断……それとも慢心(まんしん)。警備兵が倒されたことについては特になんの感情も湧かない。所詮(しょせん)は他人だからだ。

 問題としては屋敷に入られたこと。──二人の感覚からすれば『入れてあげた』の方が正しいか。


「どっちがいい?」


「……右側だ。こっちの方が強そう」


「じゃあ私は左。それじゃどっちが早く仕留められるか勝負ね」


「景品は?」


「アンタのお小遣いを戻してあげる」


「じゃあ姉ちゃんが勝ったら?」


「明日の夕食はお魚にする」


「しゃーない乗った」


 いまいち緊張感にかける様子だ。──それほど自信があるのだろう。



 猫は基本的に目が悪く、音で狩りをする。なのでその特性を引き継いだアイも耳がかなりいい。

 アイ自身もそのことを十分すぎるほど理解している。絶対的な自信。過信や自惚(うぬぼ)れなどでは決してない。


 (動いてる──あ、止まった)


 胸元のトランシーバーからは音がしない。これが意味することはつまり助けを呼ぶよりも早く戦闘不能にしているということ。

 相手は手練(てだれ)だ。しかも事前情報も得ている。なら自分がここに居ることも知っているはず。そして自分の特性も知っているはず。

 なのに止まった。今までも隠れる様子などなくド派手なくらいに動いていた。


 (──なるほどね。まぁさっき依頼人さんにも警告しておいたし大丈夫でしょ)


 音はハク専用のコレクションルームから聞こえる。あの場所は広めだ。非常に交戦しやすい場所とも言える。


 (目的は私たちを誘き出すこと……かな。そうだとするとマズイかも。何か罠でも敷いてるかもしれない──)



 ──その考えは杞憂(きゆう)に終わった。扉を蹴破って中に入ると──そこには彫刻や絵画を眺めているイヴがいた。

 地面には倒れている警備兵が複数。不意打ちでも喰らったのだろう。


「……罠はないようだね」


「罠なんてないからね」


 イラッとする。言い方もそうだが、何より『お前なんて罠にかけなくても倒せる』という意味に聞こえたからだ。


「私を舐めてるの?」


「別に」


「どうせ弟と分断すれば大したことない、とか思ってんでしょ。単純すぎて腹が立ってくるんだけど」


「そんなこと思ってないよ。絵を返してくれるなら痛い思いもさせるつもりないし。で、どれ? 盗んだのは?」


「騙されるとでも思ってる──?」


 ──機械仕掛けの腕。指の先端から鋭い棘のような爪が出てきた。鋭く研がれた鋭利な爪。切れ味は見ただけで分かる。


「……戦わないなら楽に終わったのに」


「とことん私を舐めてるね……!!」


 ──イヴも剣を抜く。


「ま、()るなら早くしよっか。お互い用事がありそうだし」




 アルクは屋敷内で戦闘が始まったことを感知した。場所はおそらくコレクションルーム。姉が相手なので心配することはない。今心配すべきなのは──自分だ。


 舐めていた。はっきり言って慢心(まんしん)していた。自分の強さなら大丈夫と。何があっても死ぬことは無い、と。──長い廊下の先。そこに立っている男を見るまでは。

 紫の(はかま)(もろ)そうな草履(ぞうり)。時代遅れの刀と最新型の刀。正反対の二つだが、この男が持っていると不思議と似合う。


 地面に倒れている警備兵は全員が(みね)打ち。殺されてはいない。男の優しさだろうか。「使えないな」と言いそうになる口を押さえた。

 この程度の警備兵を倒すことなど簡単だ。ちょっと腕に自信のある奴なら誰にだってできる。──だが、この男は例外だ。


 強い奴にはそれに見合った『圧』と『オーラ』を感じる。押しつぶされるかのような圧迫感。身を震わせるようなオーラ。

 その両方をこの男から感じていたのだ。幾度(いくど)とも強者と戦ってきたが、これほどのオーラの持ち主は過去に一人だけである。


「──ここは面白い場所じゃな」


 (はかま)の男はアルクを見つけると倒れている警備兵を飛び越えながら近づいてきた。


「……そういうお前はいい服だな。侍みたいだ。コスプレか?」


「なんで皆して『みたい』とか言うんじゃ。儂は本物の侍じゃ」


「はいはい」


 これも相手の作戦か。それとも策略か。どちらにせよアルクのやることは変わらない。


「──お前が刺客だな」


「刺客? まぁそうとも言えるな」


「なら……やることは分かってるな」


 ──答えるように。男は笑いながら刀を抜く。最新型の刀『桃』の方だ。


「通り名は沢山あるが……ここではこう名乗らせていただこう。──『剣鬼』幻水迅鋭。我が主ロア殿の目的のため。お主を斬る」


「『白狼』のアルク。仕事なんでな。その目的とやらを防がせてもらう」

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