第2話『イヴとロア』
華やかな街から離れたとある施設。銀の配管が網目のように張り巡らされた大きな基地だ。建物の上には赤い紋章が描かれた旗が揺らり揺らりと揺らめいて──爆風によって吹っ飛んだ。
「逃げたぞ!!」
「追え!! 絶対に逃がすな!!」
赤い特殊装備を纏った兵士たち。警察の特殊部隊にも見えるが、お世辞にも正義側とは思えないドスの効いた声をしている。
さて、そんな兵士たちが必死こいて走っている先には二人の少女が居た。
「ちょっとぉ!? バレちゃったじゃない!! どうしてくれるのよイヴ!!」
そうやって叫んでいるのは薔薇のように赤い髪を持つ女。顔は世間一般的に見て美人と言える造形をしている。更には豊満なスタイル。女性が憧れる要素を全て兼ね備えたスーパーウーマンである──見た目だけなら。
「……ごめんねロア。思ってたよりも爆発した。あの電池パワーがありすぎる」
ロアにポコポコと殴られているのは雪のように白い髪をした少女のイヴ。年齢は十四から十五くらいか。どことなく幼さが残る顔をしていた。
特徴はもう一つ。イヴの腰には黒い剣が刺さっていた。鞘に納められているので中は見えないが、その重々しさから本物の剣であることが分かる。
「まずなんで電池を充電しようと思ったの!? あれここの基地のやつよね!?」
「高性能そうだったから。ヴォッシュも喜ぶと思って」
「家でやりなさいよ!? わざわざ敵軍で敵軍の物を充電するバカがどこにいるのよ!?」
「ここに」
「おばか!!」
歩幅は大きくなく。二人とも小柄な方である。見た目も特に変なところなどない――はずだが、二人の走る速度は常軌を逸していた。
時速にすれば五十六キロ。ウサイン・ボルトが四十七キロほどなので、これがどれほど速いかが分かるだろう。しかもこの速度を一分近く維持している。
だが飛び抜けているとはいえ、兵士たちも負けてはいない。人間とは思えない速度のままロアとイヴを追いかけていた。
二人を追いかけている理由。まぁ基地を爆発されては誰だって怒るし追いかけるが、もっと明確な理由がある。
それは──ロアが手に持っている箱であった。白色のコンクリートのような、プラスチックのような。不可解な物質で作られた箱。それを二人が盗んだからだ。
「しつこいわねぇ……!!」
「この基地に女の人見当たらないからね。飢えてるんでしょ」
「あーヤダヤダ。私はまだ誰とも付き合うつもりは無いのよ」
──十数メートル先。曲がり角から銃を持った兵士が飛び出してきた。
「今だ!! 撃て!!」
アサルトライフルのような銃の引き金に指を入れる。このような狭い場所で避けることなど不可能。人外のスピードを持つ二人でも避けるのは難しいだろう。
「──やっちゃって、イヴ」
「──了解」
──腰に携えていた剣を抜く。黒い刃。漆黒の刀剣は自分の顔を反射するほどに磨かれていた。
そんな剣から──黄色い光が弾ける。同時に剣には稲妻のような黄色い模様が浮かび上がっていき──。
──刹那。目の前にいたはずの兵士たちは一瞬にして叩きのめされた。
実はイヴが持っている剣に刃はない。どちらも峰となっているのだ。兵士たちは死んではいない。だからイヴはこの言葉を使うことができる。
「──安心せい。峰打ちじゃ」
「言っとる場合か」
イヴの頭を叩いて走るロア。そんなロアに頬を膨らませながらも走り始めた。
白い雲。炎のように赤い夕焼け。とても素晴らしい夕方だ。写真に撮ってしばらく眺めていたい所だが、あいにく今はそんなに悠長にしている暇はない。
「じゃあねー兵士さん!! 箱は貰っちゃったからね!! 代わりにこれをプレゼントするわ!!」
見るからに危険そうな赤いボタンを懐から取り出し、ポチッとな。──すると地面から噴火したかのような爆発が起きる。
入口の天井は壊れて崩壊。追いかけていた兵士たちは立ち往生することとなった。
外にいた兵士たちの攻撃も軽々と交わしていき、外周を囲うフェンスへと走る。
フェンスには防衛システムとして『超吸着装置』というものがあり、反乱軍特製のチップが入っていない者が触れてしまうと、その部分がフェンスに吸着。そして基地の全域に侵入者発見の警報が鳴らされてしまうのだ。
ただでさえ狙われている状況で触れてしまっては鴨にネギ。的を貼ったシカでしかない。
「ていや!」
状況を打破するにはただ一つ。フェンスの防衛システムを無効化すればいい。てなわけでロアが投げたのは電磁パルス装置だ。
フェンスの防衛システムは一時的にシャットダウン。その間に二人はフェンスを軽々と乗り越える。
「よっと──それじゃ、じゃねバーイ!!」
人をおちょくるような笑みを浮かべながら、ロアは基地から走り去っていった。
『ツクヨミ第四基地』
と書かれた看板を通り過ぎて──。