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第19話『約束と誓い』

「これは……」


 皆の用意ができ次第出発。一足先に準備を終えた……そもそも準備する物もなかった迅鋭はフライヤー事務所の裏にある駐車場にいた。


「ほほぅ……儂には分かるぞ。『車』じゃな。前と形は違うが、同じものじゃろ」


 鉄の大きな塊。透明な板。牛車に付いているような車輪……みたいなの。

 今朝はなかった。鍛錬をしていた時には見当たらなかった物だ。不思議だ。まさか透明になれる機能もあるのか。


「未来は凄いからの。不思議でもないか……」


「何が不思議なの」


「うぉあ!?」


 ──まじまじと車を見ていた時。不意に後ろから声をかけられた。


「な、なんじゃ雷娘か……儂としたことが不意をくらってしもうたな」


「何やってたの?」


「これは『車』というやつじゃろ? 儂の時代にはなかったもんでな。ついつい気になって」


「そう……」


 正面から見たり。横から見たり。後ろから見たり。見れば見るほど不思議な物体。迅鋭はへばりつくように車を眺めていた。──後ろで剣を抜いているイヴに気が付かないほどに。



 この場所には二人しかいない。三人はまだ準備中。もう少し時間がかかりそうだ。


「──本当に初めて見たの?」


「おう。儂の時代は馬車が基本での──どうした。なんで剣を抜いておる」


 イヴの方へと顔を向ける──目と鼻の先に剣先。両側が(みね)の剣とはいえ先は鋭く尖っている。刺そうと思えば刺せるほどに。


「普通あり得ると思う? タイムスリップしてきた、なんて」


「? たいむすりっぷ? とやらは知らん。何を警戒しとるんじゃ?」


「皆が警戒しなさすぎなの。アンタ……本当は何者?」


「何者か……また難しい質問をするな──」


「──はぐらかさないで」


 声は強く。敵意を剥き出しにして迅鋭を睨みつけている。


「アンタはどこの誰。何が目的。なんであの場所にいたの。答えて」


「儂の名前は幻水迅鋭。目的は……今はロア殿を守ることじゃな。あの場所にいた理由は儂が知りたいくらいじゃ──」


「──とぼけないで!!」


「とぼけてない」


 ──剣を掴む。そして──自らの喉に剣先を押し付けた。赤い点。そこから血が一粒流れ落ちる。

 自分の潔白の証明。言葉こそ強くないが、迅鋭の言葉には説得力があった。だからこそイヴも反論できずに臆してしまう。


「っ……」


「あの時。お前らが通らなければ俺は死んでいた。ロア殿もそうだが、襲ってきたとはいえ、お前も恩人だ。俺はロア殿にもお前にも。恩を返したいだけだ」


 本心。そう分かるのに時間などかからない。嘘偽りなく喋ってると直感で理解できた。

 だから──こそ。ここで聞かなくてはならない。


「……なら。ここで言って。宣言して。『絶対に何があってもロアを死なせない』と」


「……」


「言わないなら──ここで私がアンタを殺す」


 ──迅鋭は真っ直ぐイヴを見つめた。


「──俺は死んでも主君を裏切らない。この体はロア殿の刃。絶対に何があってもロア殿は死なせない」




 ──イヴは剣を収めた。


「……ならいい」


「満足したようじゃな」


 口調も元に戻り、また和やかな雰囲気が迅鋭に纏わりつく。


「次から他人を脅す時は殺す気でやるんじゃぞ。お主、案外甘いらしいからの。さっきからずっと殺気が見えん」


「……頭に入れとく」



 準備を終えた三人が家から出てくる。


「──二人とも! 準備は万端?」


「おう。万端じゃ」


「同じく」


 何事も無かったかのように二人は答えた。


「迅鋭、その首どしたの?」


「転けてしもうての」


「本当か? イヴと喧嘩でもしたんじゃないか?」


「儂は子供じゃないんだぞ? 雷娘は知らんが」


「私はもう十五。子供じゃない」


「全然ガキじゃねぇか」


「喧嘩しーなーい。ほら行くわよ!」



 車はキャンピングカーのようになっており、後ろの扉を開けると──秘密基地のような空間になっていた。

 壁いっぱいのパソコンモニター。灰色の机には工具と医療器具が乱雑に置かれてある。座席はもちろんのこと、端には簡易的なベット、そして冷蔵庫まである。ここで暮らせそうなほどに設備が整っていた。

 まさにサイバーパンク。……なんて言った感じだが、迅鋭はそんな言葉を知らない。今の迅鋭にとって、目の前に広がる景色はあまりにも未知が多すぎる。

 固まっている迅鋭をイヴが蹴り飛ばして車の中に乗せる。


「──痛いのぉ!? 何すんじゃ!?」


「邪魔」


 全員搭乗。ヴォッシュは前の方に行ってなんかボタンやらなんやらを弄っている。


「そういえば見たことはあるけど、乗るのは初めてだっけ?」


「牛車や馬車なら何回も乗ったことがあるぞ!」


「初めてってことね──じゃあ初めてのドライブ。じっくり楽しんで」



 背筋がぞわりとする浮遊感。内蔵が震えるような気持ちの悪さ。そうして車は動き出した。

 ──空飛ぶ車。まさにそれだ。今乗っている車は空を飛んでいる。


「え? え? えぇ!?」


 建物が小さい。当たり前だが迅鋭の時代に空を飛ぶ乗り物などなかった。この景色も。この感覚も。産まれて初めて感じることであった。


「す、すごいぞ! 速い──しかも小さい!」


「反応がウブだねぇ」


「ふふっ、小さい子みたい」


 まるで子供のようにはしゃぐ迅鋭にロアたちはホンワカとしていた。




「さてと──迅鋭」


「ん?なん──」


 迅鋭に刀が投げ渡された。だが迅鋭の持っている物とは見た目が結構違う。

 (さや)は黒。材質はプラスチックのような感じ。(つか)の部分も特殊な素材が使われており、握り心地としては微妙だ。


「これは?」


「刀だけじゃ心配だろ。急ごしらえで悪いが使ってくれ」


「心配って……別に儂は問題ないが」


「俺らが心配なんだ。まぁ一度抜いてみろ」


 言われるがまま抜刀してみる──。

 ──煌めく黒刀。鋼のような金属らしい反射ではなく、プラスチックに似た材質の黒光りに迅鋭の顔が反射していた。

 形に関しては語ることも特になく、迅鋭の持っている刀と同じ。鋭さも変わらないように見える。


「どうだ?これは軍で使われてる『ガラティーン』という剣をちょいとばかし改造したもんだ」


「凄い……しかし軽いな。切れるのか?」


「物は試しだ──」


 迅鋭に向かって木片を投げる。飛んできた木片に合わせて剣を振る──木片は難なく切断。二つに分かれて地面に落ちた。


「軽く、耐久力もあり、それでいて切断力は抜群。スーツ程度なら軽く切り裂けるはずだぜ」


「万能じゃないか。さすがは未来じゃな」


 軽く迷惑にならない程度に刀を振ってみる。──握り心地はなれないが、振り心地はなかなか良い。手に根っこが生えたかのようだ。


「いい物じゃ。重心も儂の刀と同じ。よくこんなのを作ったな」


「天才だから、な」


「だが……(いささ)か軽すぎるな。重心が同じとはいえ流石にまだ慣れん」


「そこは頑張ってくれとしか言えねぇな」


「なぁに。終われば稽古を積むさ」


 新しい刀を腰に刺す。こう見るとやっぱり迅鋭は侍だ。


「……なぁ。その刀に名前付けてくれよ」


「名前?」


「『ガラティーン』だと迅鋭らしくないだろ。お前の刀なんだしさ。なんかこう……古風な名前を付けてくれよ」


「そう言われてもなぁ……」


 突然そんなことを言われてもすぐには思いつかない──はずだったが、迅鋭の頭に一つの単語が浮かび上がった。


「……『桃』」


「桃?」


「へぇ、案外可愛い名前付けるんだね」


「まぁお前の刀だしな。いいと思うぞ」


「うむ……ありがとうヴォッシュ」


 迅鋭は優しく微笑んだ。



「ねぇヴォッシュ。スーツの方は?」


「それが、スーツはまだできてねぇんだよ。市販のやつを買ってきたんだが……どこにあったっけ」


 ガサゴソと荷物の山をかき分けて漁る。


「ずっと聞きたかったんじゃが、スーツとはなんじゃ?」


「すっごく簡単に言うと身体能力を上げる服のことね。スーツを着るだけで茶碗が重く感じるくらいの老人が軽自動車を片手で持ち上げるくらいに力持ちになれるの」


「……それ凄すぎないか? どんなカラクリを使っとるんじゃ?」


「それは私にもわかんない。てゆうか私らからすれば迅鋭の方が凄いもん。スーツを着たヤクザ相手に生身で勝ってるし」


「あーなんか怖くなってきたぞ。儂よくアレに勝てたな……」


「さすがは侍ってところだな。──お、あったあった、ほれ」


 荷物の山……ではなく、引き出しから取り出したのは──ボタンだ。例えるなら『これを押したら爆発するぞ』みたいなボタン。見た感じは危険そうだ。


「これがスーツ……?」


「まぁまぁ。見ておけって」


 ボタンをまずは迅鋭の胸元に装着。金属製のボタンは特殊な原理で肌に固着するのだ。

 その状態でボタンを押すと──あらびっくり。迅鋭の上半身にヒートテックのようにピタピタのスーツが纏わりついた。


「おぉ──」


「市販のスーツなんだが、今はこれで勘弁──」


「──痛っっっっっだぁぁぁぁぁぁ!?」


 ──突然、迅鋭が尋常じゃないほど苦しみ始めた。


「痛い痛い痛い痛い!? なんじゃこれ!?」


「え? は? どうなってんだ!?」


「どうなってんのヴォッシュ!?」


「……迅鋭が痛がることもあるんだ」


「不思議」


「知らん知らん!! 痛い痛い痛い!! はよ脱がせてくれ!!」


 倒れて暴れ回っている迅鋭を押さえつけてボタンを押す――スーツは収縮。最初の状態に戻った。


「はぁはぁ……し、死ぬかと思った」


「なんでだ? 何か間違ったか……?」


「痛かったぞ……五寸釘を背中に刺されて傷口に塩を塗られた気分じゃった……」


 ボタンを外して投げつけるようにしてヴォッシュに渡す。


「もしかして『スーツアレルギー』なのかも」


「あ、有り得るなそれ」


「アレルギーだかなんだか知らんが、もうそれは着とうない!」


「弱虫」


「あ?お前も味わってみるかコノヤロー!」


「まーまー落ち着いて」



 ──そんなこんなで目的地が見えてきた。この場合は見えてきてしまったと言うべきなのかもしれない。


「スーツ無しだけど大丈夫?」


「ヤクザ相手に大立ち回りもしてたし。迅鋭なら大丈夫だろ?」


「まぁ問題ないな」


「グダグダで心配ねぇ……」


「心配しててもしょうがない。ここまで来たらやるしかないよ」


「──そうね」


 ──準備は万端。覚悟は決まった。目的は盗まれた絵の奪取。やるべきことが分かっているのなら後は実行に移すだけだ。

 刀を掴む。剣を見る。肩を鳴らし。目薬を入れ。髪をかきあげる。それぞれの思惑を抱えながら車は目的地へと走っていった──。

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