第18話『獣道を突き進め』
「みんな帰ってきたわね」
帰宅したイヴとヴォッシュ。これで全員集合──なのだが。ちょっと気になることがある。
食卓だったはずの机は異様な変貌を遂げており、色は青に、形は近未来的な変な形になっていたのだ。
「なぁロア殿」
「ん? どうしたの迅鋭」
「机……これどうなっとんじゃ?」
「……迅鋭」
「な、なんじゃ?」
「このくらいで疑問に思ってたら話進まないから」
「は?」
「それじゃあ気を取り直して」
ロアが手を叩いた。──これは作戦会議の合図。四人は目配せすらせずにフォーメーションを作り、準備を開始した。
机に備え付けられた三次元立体機検出装置をセット。さらに紙とペンを投げ渡す。買ってきたお菓子も用意。突っ立っている迅鋭を掴んで椅子に座らせる。
「──はい! 作戦会議の時間よ!」
「……聞きたいことが色々あるんじゃが」
「却下します! じゃあまずは調べたことの整理をするわね!」
迅鋭の意見も虚しく。慌ただしい作戦会議が始まってしまった。
「ブラックマーケットの履歴から調べてみたところ、ブラットさんの家から絵を盗ませるように依頼したのは『セン』っていうハンドルネームの人物。こいつの本名はカレンが特定してるのよね?」
「うん。『ハク』っていう金持ちだね。美術品集めが趣味らしいよ」
「じゃあ理由もそれか?」
「多分ね」
机の上に『ハク』の顔写真が写し出される。ホログラムだ。まだ慣れていない迅鋭は生首が出てきたと思って椅子から転げ落ちる。
「証拠はあるの? まぁ会話がある時点でお察しだけど。確証なしには動けないよ」
「その点は安心して。ちゃーんと監視カメラの映像を持ってきたから」
「……いつ考えても、俺の妹は優秀すぎる気がするんだが」
「大丈夫。私も思ってる」
腰を押さえて立ち上がる迅鋭を無視して机の上に映像が流れはじめる。
黒ずくめの男たち。トラックの荷台から屋敷へ絵画を運び入れていく様子が映ってある。
それは決定的な瞬間。決定的な証拠。将棋で言うなら王手。チェスで言うならチェックメイトといったような映像だった。
「……うん。これで仮に絵が無かったとしても、言い逃れはできないね」
「じゃあ整理は終了。次は作戦について説明するね」
──ホログラムが一回転。映像は消え去り、机には小さな豪邸が設置された。もちろんホログラムだ。
外装は白。屋根はシンプルな赤傘。この時代には珍しい古き良き豪邸と言ったところか。しかし迅鋭にとっては五十歩百歩。珍しいことには変わりない。
「おぉ!? なんじゃぁ!? い、家が、家が建ったぞ!!」
「これが外装。正面からの突破は現実的じゃない。侵入するのは左右の側面。風呂場の換気扇とキッチンの通風口。三人には別れてここから入ってもらう」
侵入する部分が赤く点滅する。目印だ。迅鋭は気になってその部分をツンツンと指で触っている。
──さらにホログラムが一回転。壁や天井が取り払われ、家の内装がよく見えるようになった。
「うぉ!? す、すまん。壊すつもりはなかったんじゃ……」
「うん分かった。迅鋭ちょっと黙って聞いてて」
中は入り組んでいないぶん、直線的な廊下や開けた場所が多く、忍び込むにはかなり厳しい。家具などを足したとしても盗む難易度は高いだろう。
「隠し通路とかは?」
「ないね」
「警備は何人?」
「五十人前後……なんだけど。ちょっとこれ見てくれない?」
家の虚像を押しのけて二人の顔写真が四人の前に差し出される。
片方は白い狼の耳をした強面の男。もう片方は黒い猫の耳をした幼そうな少女。──アルクとアイ、という名前が下に付け足された。
「こいつらって──まさか陰陽姉弟!?」
「大正解。『白狼のアルク』と『黒猫のアイ』だね」
怒られてしょんぼりしている迅鋭を除いた三人は驚きの声をあげていた。ロアに至っては頭を抱えている。
「その・・・狼と猫?とはなんじゃ?」
「陰陽姉弟よ。あの『闇賭博場爆破事件』で百名の防衛隊を退けたとされる最強の傭兵。狼と猫をベースにしているアガリビトで、驚異的な嗅覚と聴覚からは誰も逃げられないって噂よ」
「あー分からん分からん。お主らの悪い癖じゃぞ? 分からん単語を分からん単語で説明するでない」
「だって迅鋭の分かんないことが分かんないもん」
「じゃあアガリビトだけ教えてくれ」
「オッケー」
大手サイト『GOLD』からアガリビトに関する情報を引っ張って貼り付ける。
『アガリビトとは。人をベースとし、他の生物の遺伝子を追加された人造人間。主に追加される遺伝子は哺乳類であるが、鳥、虫、魚、植物などのアガリビトも存在する』
要するにアガリビトとは『亜人』だ。人間と獣のハーフ。両者のいいとこ取りをした存在である。
「……つまり鼻が良くて耳も良いのか」
「正解。陰陽姉弟が雇われてるとなると忍び込むのは困難だね」
「どうするんだ? いくらロアでも音と匂いを出さずに行動し続けるのは難しいだろ?」
「──それは簡単な対策があるでしょ?」
ニヤッと笑いながら迅鋭とイヴへ顔を向ける。
「足止めじゃな」
「うん。かなり危険だと思うけど……やってくれる?」
「この体はロア殿に預けてある。そのためなら自由に命令していいぞ」
「私は大丈夫。隣のバカ侍は知らないけど」
「だーれがバカ侍じゃ」
バチバチと目を光らせる二人を遮るロア。
「でも……うーん。心配ねぇ……」
「そいつらの注意を引きさえすれば面倒なことはなくなる。ロアなら五十人の警備くらい余裕で抜けられるでしょ?」
「それはそうだけど――」
「――雷娘は気に入らんが、意見は一緒じゃ。儂は頭がそんなに良くないからの。変に細かい作戦を練るより単純な作戦の方がやりやすい」
「俺も賛成。シンプルな方がロアも楽だろ?」
四人賛成、一人反対。多数決として見るなら賛成が勝利だ。
「……大丈夫だよロア。私は強いから。バカ侍は分かんないけど」
「あ?」
「……はぁ。分かったわ。信じてるから。危なくなったら逃げなさいよ?」
「任せて」
親指を立てる。
「そういうわけじゃ。大舟に乗ったつもりでいてくれ」
「──よし!」
ロアは前に手を出した。察したようにイヴ、カレン、ヴォッシュはロアに手を重ねる。迅鋭も空気を読んで『?』と頭に浮かべながら手を重ねた。
「絶対成功させるぞ!!」
「「「ワン! ツー! フライヤー!!」」」
「わん? つ、つー? ふらいやぁ!?」
掛け声というものは気合を入れるためにするもの。緩まっていた空気は引き締まり、全員準備を開始した。




