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第17話『捜査の基本は足なんだよね』

 『捜査の基本は足だ』と刑事の間では言われているらしい。これは物探しにも流用することができる。

 まずは状況を先に見ないと始まらない。てなわけで──ロアと迅鋭は盗みの現場、つまりブラットの家までやってきた。


「いい家ですね」


「お恥ずかしい限りで……」


 家は住宅街の中にある一つの一軒家。大小様々な形の四角形が無造作にくっつけられたような歪な家。昔の感性を持つ迅鋭にとっては『気持ち悪い』としか思えない形であった。


「み、未来はこれが普通なのか……?」


「え、うん。女の私から見てもかっこいい家だと思うけど」


「こ、これが? かっこいい?」


 周りを見渡してみても、同じような家がずらりと並んでいた。はっきり言って気味が悪い。無機質な感じがなんとも言えない恐怖を駆り立ててくる。


「これが普通……未来は変わっとるのぉ」


「空き巣はどっから入ったんですか?」


「こっちですね」


 案内されたのは裏庭。地面から高さ百五十cmほどの場所に取り付けられてある窓であった。

 素材はガラス……によく似たもの。見た目だけならガラスと遜色(そんしょく)ないだろう。


「物理吸収ガラスか……」


「そうなんです。結構高かったんですが防犯のためにと」


「物理吸収ガラス?」


「物理的な衝撃を吸収するガラスのことよ」


 物理強化ガラスを発展させ機能を向上させたガラス。それが物理吸収ガラスだ。

 特殊な内部構造によって衝撃を吸収。物理強化ガラスの弱点であった『点の衝撃』と『横からの衝撃』にも非常に強い耐性を持っている。


「そりゃ凄いの。……待て。空き巣とやらはこれを壊したのか?」


「いえ違います。フレームそのものを外してたんですよ」


 物理的に壊せないなら枠組みそのものを外す。まぁ理にはかなっている。


「ってことはプロの犯行ね」


「そうなのか?」


「フレームを外すってのは簡単なことじゃないの。ここの内部は鍵みたいに複雑になっててね。無理やり取り出したら壁そのものに傷が入ったりするんだけど、これは無い。別に直してもないんでしょ?」


「はい。最初から傷はありませんでした」


「確かスーパーに行ってる間に入られたのよね?時間はどのくらい?」


「ええっと……多分二十分ほどかと」


「早いわね。プロの犯行に間違いないわ」



 外の情報収集は終わり。今度は中に入って調べることにする。


 普通の廊下。どこにでもあるリビング。壁に貼り付けられた絵画。キッチンには異常はなく。風呂場も特に見所なし。

 二階の自室には孫のフランケンが描いたであろう絵が自慢するように飾られていた。心做(こころな)しか二人が見ている間、胸を張っていたような気がする。


「うーん……警団連が調べた後だからねー。証拠になりそうなものも残ってないや」


「そうですよね……」


 ここに来て手詰まりとなってしまった。情報もこれ以上はない。次の一手を考えるにしても――。

 ――と、考えていた時。絵画をじっくりと眺めていた迅鋭が口を開いた。


「これはいくらするんじゃ?」


「これですか?」


 指を指したのは掲げるように貼り付けられたフランケンの絵だった。


「どうでしょう……かなりするんじゃないですかね」


「下の階にあるやつも孫の絵だろう」


「はい、そうです」


「ふむ……」


「何か分かったの?」


「──ちょいと疑問が」


 壁にもたれかかる。


「金目の物を盗まれたと言っておったな」


「はい」


「なんで他の絵は盗まれてないんじゃ?」


「あ……!」


 考えてみればそうだ。金目の物を盗まれたと言っていたのに、なぜか絵画は盗まれていない。


「フランケンとやらは有名なんじゃろ。さっきから並べてたやつは全部そうなんじゃないか?」


「は、はい! そうです!」


「フランケンを知らん儂が見ても分かるほど特徴的な絵じゃ。有名なやつの絵なら盗むのも当然じゃと思うが」


「そうね。犯行はプロの仕業のはず。だったら金になるはずの絵を盗まないのは変ね。大きいのはまだしも、小さいやつまで放ったらかしなんて」


「そもそもがおかしいんじゃ。なんで盗人(ぬすっと)はこの家を狙ったんじゃ。儂から見ればこの家は異常じゃが、お主らから見れば普通の家なんじゃろ? なんでわざわざこの家じゃ?」


「もしかして──初めからこの場所が狙いだったってこと?」


「ですがなぜ? 私がフランケンの祖父というのは身内とか知り合い以外に知られてないはず」


「身内か知り合いに悪人がいたか、どっかに忍者がいたかじゃな」



 ──ピピピ。と、電子音がなり始めた。耳を二回タップして応答する。


「はーい。ロアよ」


『残念な情報だよロア。『ブラックマーケット』を調べてみたんだけど、絵が売られてる、なんて情報はどこにもなかった』


「そう……」


『結構調べてみたんだよ? 大手のところから、小さい規模のところまで。でもどこにも見当たらなかった』


「……盗み依頼の履歴(りれき)とかって調べられる?」


『盗み依頼?』


「ブラックマーケットにならあるでしょ? お金を対価に物を盗む業者が。ああいう奴らの履歴(りれき)を見てほしいの」


『えー。かなり面倒だし危険極まりないんだけど……』


「お小遣い弾んであげるから」


『ほう、それは聞き捨てならないね。このカレン様にまっかせなさい!』


 嬉々とした声はプツリと音を立てて消え去った。



「ブラックマーケットってなんじゃ?」


「インターネットの深淵(しんえん)。闇の部分よ。表では違法な武器とか人身売買とかがおこなわれているの」


「ふーむ。インターネットとやらがそもそも分からん」


「……ま、情報収集はできたし、とりあえず帰るわよ」


 ここでやることはもうない。後は家に帰ってカレンの報告を待つだけだ。


「あ、あの」


 声につられて振り返る。


「……お願いします」


 ──もう何度も聞いた。何度も言うほど大事なことなのだろう。だったら返す言葉は決まっている。


「──任せてください」




 家の扉を開けるなりカレンが走ってきた。


「いいタイミングで帰ってきたね!いい情報があるよ!」


「『いい』時に帰れたようね」


 なんて『言い』つつパソコンの前まで歩く。画面に写し出されているのは迅鋭にとっては意味不明な数字と文字の羅列(られつ)──嘘だ。ロアにとっても意味不明な羅列(られつ)であった。


「なにこれ」


「ロアの言う通り盗みの依頼を調べてみたんだよ。そしたらあらびっくり。わりと大手の『クレイモア』ってチームに依頼が来てたの」


 青く光る文字をクリック。すると──画面には二人の会話が文字となって出されていた。

 片方は『クレイモア(おさ)』で片方は『セン』という名前。まぁただのハンドルネームだろう。問題はそこじゃなく、会話の内容だ。


「ええっとなになに……『ある組織からの依頼だ。とある家から絵を盗んでほしい』──なるほどね」


 ──予想通り。いや、予想をはるかに超える成果だ。まさかこんなに早く特定できるとは思ってもみなかった。


「よくやったわねカレン。お手柄よ」


「へへーん」


 一番の功労者であるカレンの頭を撫でながら、ロアは高らかに笑う。


「迅鋭! 夜に予定は入れてないわね?」


「え、お、おう」


「犯人も特定した。居場所もすぐに割れる。あとは──盗まれた物を取り返すだけよ!」

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