第15話『泣けるぜこれは』
食事を終えたフライヤーはバタバタとしていた。突如として来た依頼。しかも依頼人は今日来るときた。さらにもうすぐ来る。そんでもってイヴは学校に、ヴォッシュも仕事にもうすぐ行かなくてはならない。
当日予約で時間もいきなり。かなりマナーのなってない依頼人であるが、金の成る木に縋りつかないほどフライヤーは金持ちではない。
てな感じで用意していたのだが……ここに来てハプニングが。お茶とお菓子を用意しようとするが、両方とも切れている。
「お茶もお菓子もないよロア」
「えぇ!? なんでぇ!?」
「儂が食べた」
「はぁ!? なんで、なんでぇ!?」
「だって食べていいってロア殿が」
「そんなこと──」
──言ってた。昨日、依頼人と話している時に言っていた。「後であげるから」と。まさか帰ってきてすぐに棚の方へ向かっていたのはそれだったのか。
「そうだったわ言ってたわ……まさか帰ってすぐ食べてたの?」
「疲れたから」
「……んーもう食べちゃったもんは仕方ない! ヴォッシュ! コンビニへゴーよ!」
「マジか──恨むぞ迅鋭!!」
お札だけ渡されたヴォッシュ。とても文句を言いたげな顔で玄関へと走っていった。拙いフォームだ。普段から走ってない証拠である。
「彼奴にも鍛錬をさせるかの」
「それは……ありね」
一時間ほど経過。イヴとヴォッシュは無事遅れずに出発。これなら焦らなくても良かったのでは、というヴォッシュの意見は無視する。
──玄関のチャイムが鳴った。昨日と同じく警戒する迅鋭。なのでやっぱりロアが玄関まで出迎える。
「突然すみません。依頼していたブラットです」
「ブラットさんですね。大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
年齢は八十くらいか。杖をついて歩くほどの老人だ。白髪としわくちゃの顔。枝のように細い体には不安を覚える。
「狭くて申し訳ありませんねぇ」
「いえいえそんなこと」
「よっこらせ」と固めのソファへ座る。お茶とお菓子を出されると「ありがとうございます」と言ってくれた。……これでマナーのなってない人ならブチ切れていたが、優しい人だったので朝のドタバタは水に流すことにする。
さて──そんな行儀の良い人がいきなり依頼を出してきたのだ。しかも当日の朝に、だ。相当切羽詰まった依頼なのだろう。
「それで、本日はどのようなご要件で」
「その……絵を取り返して欲しいんです」
「絵?」
ブラットはお茶をすすりながら話をする。
「私の孫は画家でしてね。『フランケン』は知ってます?」
「フランケン――あ! 駅のホームに書かれてるやつですか?」
「そうなんです。孫は昔から絵が上手で……コンクールを総ナメしたこともあって。私の誇りなんです」
「私もフランケンさんの絵柄が大好きなんですよね。今度の『フランケン展』も見に行かせてもらいます!」
「ははは。ありがたいことです」
かなりの大物がやってきた。これならお金を弾んでくれるかも、なんて悪どい考えがよぎってしまう。
「でもフランケンさんの絵が盗まれなんかしたらビックニュースになると思うんですが……」
「盗まれたのは孫の絵じゃなくて……私の絵なんです」
「ブラットさんの?」
「私も昔はそれなりに売れた画家でして。他の人よりも絵は上手いと自負しております。まぁ孫と比べれば月とスッポンのようなものですが」
ホログラムのスマホをロアへと向ける。そこに写されているのは孫のために描かれた絵だった。
繊細なタッチ。色の独特な使い方はお孫さんにも受け継がれているようだ。理屈とかじゃなく『本能』で美しいと感じる。そんな絵だった。
「三日後に孫が結婚するんです。だから結婚祝いにと」
「す……凄い……」
「ありがとうございます」
見惚れているロアにブラットは経緯を説明し始めた。
「この前、スーパーから帰った時……部屋が荒らされてたんです。金も盗られてたので空き巣だと。ただお金はいいんです。もう老人ですし、最悪養ってもらいますし。ただ……この絵も盗まれていまして」
「うわっ……最悪ですね」
「警団連にも捜査を依頼したんです。ですが『時間がかかる』と……。これから絵を描いていては孫の結婚式に間に合いません。どうかよろしくお願いします」
これが急に依頼を出てきた真相か。なんとも泣ける話ではないか。今朝のドタバタは記憶から消え、ロアの中からやる気が芽生えてきた。
「フライヤーはこと『取り返し』に関してはプロだとお聞きしたのですが……」
「もちろん! 噂以上のプロです!!」
「あぁ良かった。依頼料はいくらでも出します。どうか絵を取り返してください!」
「任せてください!! このフライヤーが必ずや絵を取り返してみせます!!」
――同時刻。千華町の隣に接する『大往町』。ここにはホームレスやストリートチルドレンなどが多く住んでいる『箱庭地区』と呼ばれる場所が存在する。
戦争の跡地と勘違いするほど壊れた家、ビル。灰色のコンクリートは剥き出しのままそこに佇んでいた。
ボロボロの服。シラミだらけの髪。居座る人々はお世辞にも綺麗な格好などしていない。それほど劣悪な環境。明日の食事ために人を殺すなどザラにある。
政府からも見放されてしまったこの地区にて。不相応な見た目の男が威風堂々と歩いていた。
黒を基調とした高級スーツ。帽子にサングラス、靴から腕時計に至るまで。体の全ての箇所に高級ブランド品を身につけている。
この治安の悪い場所にてそんな格好をしていては猛獣だらけのサバンナを生肉を身につけて歩いているようなものだ。
「おい。金目のもの……身ぐるみ全部置いていきな」
──だからこうやって絡まれる。ボロの布切れに身を包んだ男二人が道を遮った。手にはナイフ。刺されたら一溜りもないだろう。場所が場所なので衛生面も良くないし。
「金目ねぇ……ありきたりなことを言おう。『金目のものなんて持ってないですよォ』」
「身ぐるみ全部置いてけって俺らは言ったんだ。二度同じことを言わせるな」
「そうだったな。すまんすまん。よく身内や友達からは『面倒くさいなお前』って言われるんだ。でも俺だって治そうとしてるんだぜ?こんなんだから妻や娘にも逃げられ──」
「警告はしたぞ……!!」
──痺れを切らした男二人が襲いかかる。だがナイフは簡単にペキンと男に折られてしまった。
「おいおいスーツに普通のナイフは悪手だろう? それとも飯を食わなすぎて判断力も鈍ってたのか?」
「う、うるせぇ! ぶっ殺してや──」
「──落ち着け。ほら」
──なんと懐から出したのは二センチはあろう札束であった。
「金は惜しまない主義でな。独り占めすんなよ。仲間にも分け与えてあげろ」
「……え、貰ってもいいのか?」
「やるよ。地獄にも優しさは必要だからな。まぁ俺は地獄なんて信じちゃいないが。だってこの世がそもそも地獄みたいなもんだし──」
「あ、ありがとう! この恩は忘れねぇ……本当にありがとう!!」
ありがたい。それはそれとして長くなりそうな話は聞きたくない。
なので男二人は感謝の言葉を出せるだけ出してから逃げるようにその場を去った。
「……話くらい聞いてけよ」
ポツンと一人。コンクリートの世界で男は呟いた。




