第14話『ご機嫌な朝食』
時計の針を進めよう。──現時刻七時十分。朝日はいつものように顔を出し、優しくも厳しい朝を知らせている。
こんな気持ちのいい日は眠るに限る。布団を頭まで被って目を瞑れば天国のような世界が──。
「──起きんか馬鹿者」
──来るかと思ったが、腹部にかかる衝撃で現実まで引き戻された。
「な、なに!?」
「いつまで寝とるんじゃ。もう朝じゃぞ。これだから若いもんは」
まだ髪もボサボサ。パジャマでオシャレなどしていない。メイクだって──というよりここは自室だ。乙女の自室に見た目《《だけは》》若い男が刀を持って立っているとは何事だ。
「なんで居るの」
「ロア殿に頼まれたんじゃ。『起こしてきて』って」
「そういうことじゃなくて、女の子の部屋に勝手に入らないでよ」
「声掛けても起きんかったじゃろうが」
「だからといって……あーもういい。昔の人とは話通じない」
これまでにないほど最悪な目覚めだ。でも目覚めは目覚め。頭はスッキリと覚醒した。
「まったく、部屋も散らかっておるではないか。いいか? 部屋は心を表すんじゃ。部屋が綺麗だと心も綺麗になる。部屋が汚いとそれだけで──」
「──あー、もううるさい!」
ゴミを捨てるかのように迅鋭は廊下へと放り投げられた──。
髪を整え、メイクもし、制服も着る。朝の身支度は終わり。てなわけで朝食を摂るためリビングへとやってきたのだが。
「あれ。カレンが居るの珍しいね」
「どっかのバカ侍に叩き起された……」
「バカ侍……いいね。その響き。私も使う」
ポヤポヤと頭を揺らしているカレンが座っていた。
イヴの言う通り、ここにカレンが居るのは珍しい。朝食を食べないわけではないのだが、仕事の関係上、カレンはいつも二人より遅く朝ご飯を食べるのだ。
「『朝食はいらない』とか聞いて焦ったぞ儂は。どこか体の調子でも悪いのかと」
「おかげさまで。元気すぎて最高の気分だよ」
「それなら良かった」
「昔の人って皮肉も分からないのかな」
「さぁ」
「はいはい、喧嘩しないのー」
机に並べられる食事。白飯に始まり、ワカメの味噌汁、玉子焼き、鮭、トマトを添えたサラダとそうそうたるメンツ。まさに『こういうのでいいんだよ』を体現したかのようなラインナップだ。
その中でひとつ。見たことの無い物があった。
「……え、虫……?」
小鉢に盛り付けられた……なんだこれ。見た目はイナゴやバッタに似てる。だが足の節が二つほど多い気が。ぶっちゃけ気持ち悪い。
「あぁそうか。迅鋭は『ハイクビ』を知らないのか」
「はいく……なんじゃそれ」
「遺伝子を弄って作られたバッタの亜種だ。低コストで栄養豊富。大量に生産することも可能な超優良食材なんだぞ」
「飛蝗か……飛蝗……」
当たり前だが迅鋭にとっては馴染みがないもの。なので警戒するのも無理はない。
「今から百年くらい前は食糧難だったらしくてねー。その時に食べられてたらしいわよ」
「……そうか」
「よし、じゃあ全員揃ったことだし食べますか」
手を合わせる。
「「「「「いただきます」」」」」
この所作だけは昔から何一つとして変わっていない。少しの安心感を迅鋭は感じた。
「お醤油とって」
「ほい」
「あ、ロア。今日は部活で遅くなるから」
「寄り道せず早めに帰ってきなさいよ」
「はいはい」
まぁそりゃそうだが、四人は当たり前に食事をしている。迅鋭は未だハイクビを眺めていた。箸でつついてみたり、挟んで持ち上げてみたり。
意を決して口の中へと放り込む――外はネバネバと。中はトロッと。不思議な食感だ。しかし見た目に反して味は良し。クリーミーながらも塩気が聞いてて美味だ。
「ロア殿は凄いのぉ……すごく美味いぞこれ」
「え? そう? ……ありがと」
ド直球に褒められて照れてるロア。
「ハイクビには見覚えとかないよなそりゃ……迅鋭の時代って何が食べられてたんだ?」
「米が基本じゃな。あと味噌汁と漬け物。魚もよく出とったな。明治の頃は肉も出てての。牛鍋はそれはそれはもう美味で――」
「あれ? 『一汁一菜』じゃないの?」
「それは江戸の頃じゃ。明治には肉が普及し始めてたんじゃよ。というよりよく知っとるのぉカレン」
素直に褒められてカレンも照れる。
「へへ……迅鋭ってお爺ちゃんみがあるよね」
「実際にお爺ちゃんじゃからな」
「三百年も前に産まれたんだから。若くても貫禄があるんだろ。貫禄が」
「若いかぁ……いい言葉じゃな」
「……ふふふ」
全てを知っているロアが思わず吹き出しそうになる。
「そういえばヴォッシュ。ペンダントの解析は終わった?」
「まだだ。もう少しかかる」
「できるだけ早めにね。箱の方は?」
「もっとダメそう。見たことないロックをかけられてる。とんでもなく面倒な代物を持ってきてくれたな」
「そう……依頼人とも連絡が取れないし、なんなんでしょうね」
突然来た未知の会話。玉子焼きを頬張りながら迅鋭は尋ねる。
「箱ってなんじゃ?」
「あなたと初めて会った時、私たちは依頼を受けてたのよ。『反乱軍の基地からとある箱を盗んでほしい』って」
「あぁ、あの時の」
「気になったんで箱を分析してみようとしてるんだが……これがまた厄介でな。手こずってるってわけだ」
「壊せばいいじゃろう。未来にはスーツとやらがあるんじゃろ?」
「一応依頼の品なんだから壊すわけにはいかないでしょ」
「ふぅむ。確かに面倒じゃな──こら雷娘。好き嫌いはあかんぞ」
トマトを避けて食べていたイヴが反応した。
「食べ物には敬意を表すんじゃ。『いただきます』と『ご馳走様でした』はそのための言葉じゃぞ。皿に出された物はきちんと食わねばならん」
「……はいはい」
反論しようにも正論すぎて言葉が出てこない。仕方なし、とトマトを嫌な顔してつまみ始めた。
「今日は依頼とかないのか?」
「ないわよ。連続して依頼が来てくれたら、私もパートとかせずに済むんだけどね」
「それもそうか」
そう言って味噌汁を飲もうとした時──ロアのスマホにメッセージが写し出された。
「ん? なになに──ふぁ!? 依頼!?」
なんと早いフラグ回収だろうか。思わず吹き出しそうになる。
「マジか!? 二日連続で依頼が来るとかいつぶりだよ!」
「こ、これはもしや──迅鋭のおかげ!?」
「ん? なんじゃ、そんな珍しいことなのか」
「珍しいことよ! あんたに幸運の女神が微笑んでるのよ! あー拾っておいて良かったー!」
「そんなに褒められると照れるのぉ」
新参者は可愛がられる運命なのか。新たな依頼が入って胴上げをする勢いで褒めまくる。
──一人を除いて。
「……」
褒められている迅鋭。そんな迅鋭を値踏みでもするかのようにイヴは見ていた。




