第13話『それ知らなかったの?』
第2章開幕です!全18話ですので、気長に楽しんでください!
ロアの朝は早い。時間にして五時半。まだ朝日も完全に顔を出してない時間に目を覚ます。アラーム音は最近ハマっているジューシーズの『アイマイミーマイン』である。
「うんむ……」
眠い目を擦りながら起床。まだまだ鈍い視界を擦りながら洗面台へ。冷たい水を顔にかけて眠気を吹っ飛ばす。あと寝起きは口の中がネバネバするのでうがいも忘れない。
「……髪邪魔だなぁ」
長くなった髪をクシで解く。最近は面倒くさくなってきたので、ここらでいっちょショートヘアにするのもいいかも、とロアは考えていた。
「さて、今日も一日頑張るぞっと」
髪よし。顔よし。体よし。今日も美人が立っている。──というわけで洗面台でのルーティンは終了。次は台所へと向かう。
最初にやることはイヴのお弁当作りだ。高校は未来においても弁当制。一応食堂や購買もあるそうだが、弁当の方が食事バランスも良くてヘルシーだ。
ついでに朝食も作らなくては。どいつもこいつも朝が弱いので、早朝からまともに動けるのはロアしかいない。なので必然的に食事係はロアとなっている。
「玉子焼き~。鮭~。あと何にしよう……適当にハイクビでも炒めようかな」
イヴは野菜が多すぎると嫌な顔をする。カレンはほうれん草が苦手。ヴォッシュはパンを出すと文句を言う。
考えれば考えるほど面倒だ。イヴも十五になるのだから好き嫌いは減らすべきだと思う。他二人はもってのほかだ。だからといって作らないわけにもいかない。朝食を抜くと仕事にも学業にも影響がでる。
「みんな文句ばっかりだもんね~……ふふ」
それにロアはワガママを楽しんでいる節がある。小さい頃に憧れていた保育士になっている気分だからだ。
料理に髪が入らないように結んで、いざ料理開始──しようとした時。ロアの耳に不可解な音が聞こえてきた。
場所は駐車場からか。歩くような。空を切るような。とにかく不思議な音だ。
「まさか……泥棒!?」
こんな万年貧乏な事務所に泥棒か。それともフライヤーが有名になってきたのか。後者なら嬉しい──などと言ってる場合ではない。
手に取るのは包丁。コソコソと音の方へと足を進める。イヴを叩き起して対応させても良いが……イヴの寝起きは機嫌が悪い。下手すれば相手が死ぬ。それはそれでヤバい。
ドクン。ドクンと高鳴る心臓を抑え──勇気を振り絞って外へと飛び出した。
「──どうしたんじゃ?包丁など持ちおって」
──杞憂だったようだ。外に居たのは迅鋭。つい昨日新しく入ってきた新人であった。
「なんだ迅鋭かぁぁ」
それはそれはもう安心の嵐。体中の力が抜けて地面にへたり込む。
「おはようロア殿。いい朝じゃの」
「よくないよォ……危うく正当防衛で人殺しになるかもだったじゃん」
「そう簡単に人は殺せんよ」
「なんか説得力あるね」
座り込んでしまったロアに手を貸して立ち上がらせる。
「何やってたの?」
「素振りじゃ」
「ほれ」と鉄パイプを見せる。
「近くの砂場に転がっとったから拝借してきたんじゃ」
「砂場……あぁ空き地のことね。まぁ持ち主いないし別にいいか」
「程よく重くて素振りにはちょうどいいんじゃ」
ちょうど良い──なんて言ってはいるが、迅鋭が持っている鉄パイプの重量はなんと二十キロ。普通にかなり重い部類である。子供一人ぶんの重さと考えるとどのくらいか分かりやすいだろう。
「しかしロア殿も朝が早いの」
「朝食を作らないとだからね。迅鋭は好き嫌いとかある?」
「ない。儂は食べさせてもらえるだけで十分じゃから」
「別にワガママくらい言ってもいいのに」
……昨日は袴で隠れて見えなかったが、やはりいい体をしている。引き締まった美しい筋肉。滴る汗がこれほど似合う筋肉も稀だ。美形な顔も体にマッチしている。ヴォッシュも少し見習って欲しいものだ。
「素振りは毎日してたの?」
「ん? まぁの。どんなことも基礎が一番重要じゃからな……なんて言っては見たものの、ここ数年は体も弱ってまともに竹刀も振れんかったがの」
「弱ってって……その体でよく言うわ」
「この前は雷娘に苦戦してもうたし、昨日のだって若い頃なら七呼吸もあれば全員倒しきれてたはずじゃ。床に伏せてた分やはり弱ってしもうとる」
「だからそれは無理だって言ってるのに」
「無理なんてこの世にはないぞ? 今の儂は凄まじく調子が良いからの! なんたって体が絹のように軽い! 数十年は若返った気分じゃ!」
「若返ったって……今何歳よ」
「えっと確か七十二くらいじゃったかの」
「ふーん。意外と歳とってるわね」
「そうじゃろ。見た目より若く見られることの方が多かったんじゃ」
「へぇ、羨ましい」
もう少し迅鋭の様子を眺めていたい──と思ったが、まだ朝食を作っていないことに気がついてしまった。
「じゃあ私朝ごはん作ってくるから。出来たら呼ぶわね」
「かたじけない」
苦手なものがない。これは楽そうに聞こえるが、実は悪魔の言葉だ。高い自由度のゲームをすると、逆に何をしたらいいのか分からなくなるように、この言葉はむしろ何を作ったらいいのか分からないトラップなのだ。
昔の人ならば和食か。しかし迅鋭は幕末から大正まで生きた人。ならば洋食もありなのでは。いや、ここはやはり未来特有の食べ物で迅鋭を驚かせ──。
──待て。ちょっと待て。なんだかサラッと流した気がするが、とんでもないことを言ってなかったか。
「──七十二歳!?」
素振りをしていた迅鋭もビックリするほどの声量。振っていた鉄パイプも振動する。
「ど、どうしたんじゃ?」
「あんた七十二歳なの!?」
「そうじゃが……」
「んなわけないでしょ!? その見た目で!? 吸血鬼とか人魚じゃん!」
「その見た目と言われても……こんなしわくちゃの爺なぞどっからどう見ても──」
ロアから手鏡を渡される。
「手鏡か? なんでこんなもの──おぉ! これはすごいのぉ! 儂の若いころの姿が写っとるぞ! これも『みらいのぎじゅつ』と言うやつじゃな!」
「それただの手鏡」
「ただの手鏡……手鏡……手鏡か。つまり今の儂を写しとるんじゃな?」
「うん」
「そうかぁ……そうか──ええええええええええええええええええええええ!!??」
──ロアを超える声量が住宅街に響き渡った。現時刻五時半過ぎ。朝のアラームにはちょっと早いかもしれない時間であった。




