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第12話『私は主君の刃となりて』

 『波紋』による変則的な動きに対応することができず、ヤクザたちは一人、また一人と数を減らしていく。

 撃っても当たらず。見つけても消える。得体の知れない相手に恐怖が疫病(えきびょう)のように伝染していった。

 恐怖は体を(むしば)んでいき。この場にいればいずれ殺される──そう悟るのも遅くはなかった。


「も──もういやだァァ──!!」


 銃を捨てて逃げ出す。逃げれば後でどうなるか──そんなことよりも今の恐怖が彼には耐えられなかった。

 しかし自分から音を出すなど言語道断。ネズミが旗を掲げながら猫の前を通るようなもの。目印の着いた場所まで歩くことなど子供でもできる。男は自ら己に印をつけてしまったのだ。




「随分と苦戦しているようですね」


「ま、伊達(だて)にツクヨミの基地に侵入したわけじゃないようだな」


 レオは葉巻を吸っていた。真っ白の煙が煌びやかな夜空を侵食していく。


「吸うか?」


「禁煙中ですので」


「つまんね」



 倉庫の扉が開かれる。さて、わざわざペンダントを入れ替えた女はどんな姿か。美人だったらお得だ。なんて気持ちで葉巻のカスを落とす。

 ──結果は予想を大きく外れていた。出てきたのは小柄な男。部下にはこんな男などいない。


「……誰だお前」


「侍だ」


「侍ねぇ……」


 血に濡れた刃を一振。赤い水滴が地面に振い落される。


「……あんた。知ってただろ」


「はい」


「ったく、部下が無駄死にしちまったじゃねぇか」


「元々無駄な命なんですから、死んでも変わらないでしょう」


「おいおい酷い言い草だな」


 半分以上は残っている葉巻を地面に落として踏み潰した。


「まぁ……約立たずだったとはいえ、一応は俺の部下だ。仇くらいは取らないとメンツが保てないからな」



 まるで怨霊のように佇む迅鋭。そんな迅鋭に臆することなくレオは近づく。勇気か。それとも怖いもの知らずか。命知らずか。


「俺の名前はレオ・ダーバン。黒馬組の組長をやってるもんだ。あと数分の付き合いだがよろしくな」


「数秒の付き合い、の間違いだろ」


「──言うじゃねぇか」


 両拳を強く叩きつける。骨と骨がぶつかる音。ルーティンだろうか。──違う。これは合図である。

 レオの体は動作と共にパンプアップ。身長はさらに高く。筋肉は山のように大きく。浮き出た血管は稲妻のように線を引く。


「時代劇ごっこもこれまでだ。そんな古臭い武器で部下を殺したのはだけは褒めておいてやる」


達磨(ダルマ)みたいな体になったな。そんなに手足を斬られたいか?」


「俺が着てるスーツはファーブル社自筋(じきん)式マークV(ファイブ)。鋼程度では傷一つ付けられん。達磨(ダルマ)になる前にお前がサンドバックになるだけだ」


 地面を踏めば揺れる。骨を鳴らせば空気が揺れる。ただそこにいるだけで空間が揺れる。もはや怪物。降り注ぐ圧は人間のソレではなかった。


 だがそんな奴を目の前にして、迅鋭は変わりな──いや、変わってはいる。明確にして明瞭(めいりょう)な殺意が感じ取れる。それなのに立ち姿に一切の黒さはなく。ガラスのように透き通っている。

 あまりにも純粋。あまりにも純白。これが殺し合いを、さっきまで人を殺していた男の姿か。目の前にして戦おうとしているレオですら魅入(みい)ってしまった。



 迅鋭が構える。その構えに反応したレオも構える。両者準備完了。あと数秒後には戦闘が始まる。


 レオは体を大きく見せるように両手をクマのように広げた構え。防御は捨て、攻撃に特化したものだ。その強靭な肉体を持っているからこそできる構えである。

 対する迅鋭は体を引き、刀を水平にした『突き』の構え。手のひらに柄頭(つかがしら)を付け、狙いを定める。迅鋭が放つ攻撃は『突き』以外にありえない。それが分かっていてもなお防げない攻撃を迅鋭は放つのだ。




 倉庫の影から戦いを覗いているロア。ロアは呼吸が止まったのかと思うほどの緊張感に晒されていた。


 (一秒が長く感じる……)


 勝負は一瞬で決まる。確定された予想が脳裏を突っ走る。ロアが考えた予想は一片の狂いなく。予定調和かのように実現する。


 ──迅鋭の刀がカチリと音を立てた。

 ──レオの立つ地面に木の葉が転がってきた。


 空気中の(ちり)すらも停止するような空間で。始まりの合図は突然に轟く。どこにでもありふれた音が生死を分ける戦いの始まりを知らせた──。




 ──拳と刀が交差している。血が流れているのは刀。つまり──。


 ──勝者は迅鋭だった。

 迅鋭の刃はレオの顔面、眼球の部分を貫いていた。どれだけ筋力を増やそうとも眼球の強さまでは上げられなかったようだ。


 幻水流『華水突(はなみず)き』。刀の底、柄頭(つかがしら)を手のひらで押すことによって射程距離、そして突きの威力を上げる技である。

 刀を握らずに『押し込む』ので外せば終わり。なおかつ一撃で仕留めなければ大きな隙を晒すこととなる。

 高度な技術、超人的な見極め能力、そして「絶対に当てる」という圧倒的な自信がなければ使用することができない技だ。



 無謀にも思える賭けに勝ったのは迅鋭。敗者のレオは地面に膝を付く。


「──」


 残った片方の目で。迅鋭の顔を見つめていた。


「ク……ソが……よ」


「……」


「やるじゃ……ねぇか。認めて……るしか……ねぇな……」


 これから死ぬ。そう思えないような笑顔で。レオは言い放った。


「地獄でもまた殺りあおうや……!!」




 刀を引き抜く。付着した血と脳の一部を振るって弾き飛ばした。


「……で、お前もやるのか?」


「……やめときましょう。ペンダントは諦めます」


「やけにあっさりだな」


「時間外労働はしない主義なので。気分もあまり乗りませんし」


 男が指を鳴らす。すると道の奥から超高速で走ってくる物体──バイクが男の前までやってきた。

 バイクはドリフトしながら急停止。生き物のようにエンジンの音を鳴らしながら主人が乗るのを待っている。


「待て。名前くらい名乗ったらどうだ」


「それはご勘弁を。私のところは秘密主義なんです。それに……もう二度と会うこともないでしょうし」


 男はバイクにまたがると、夜の暗闇の中へと音を立てながら消えていった。




「……」


「じ、迅鋭……?」


 ロアはおそるおそる影から出てきた。


「……お、すまん気が付かなんだ。終わったぞ。ちょっと時間がかかってもうた」


「別に……いいよ」


 殺戮者(さつりくしゃ)のような恐ろしい顔から一片。心優しき青年の顔へと変化する。その変化に安心しながらも、少し怖いと思ってしまう。

 迅鋭は納刀しながらロアへと歩み寄って行った。


「……見ての通り。儂は人を(あや)めることしかできん。お主にも迷惑を多くかけるだろう。それでも置いてくれるのか?」


「……」


 迷った。少し迷った。平然と人を殺すような男。そんなのを招き入れてもいいのかと。

 ──だが助けられた。この人に。迅鋭に。そして近くで見たから分かることもある。

 確かに恐ろしい部分もある。謎な部分も多い。でも優しいのだ。まだ出会って日の浅い自分を。死ぬかもしれなかったのにも関わらず助けてくれたのだ。


「私も命を助けられたしね。それに──なにか一芸くらいあった方が賑やかでしょ」


「……ありがたき幸せ」


 ──迅鋭はロアの前に(ひざまず)いた。


「我が(やいば)はロア殿(どの)のべく。ロア殿(どの)主君(しゅくん)とし、誠心誠意(せいしんせいい)をもとは(つか)(そうろう)



 月明かりが二人を照らす。周りの音が歓喜をあげる。この出会い。この忠誠を祝福するかのように。

 それとも──これから始まる波乱万丈な物語を楽しみにするかのように。

これにて第1章は終了。次はもっと本格的なフライヤーとしての仕事の話です。可愛いキャラが出てくるかも……?

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