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第100話『兄妹』

 ──同時刻。カレンとヴォッシュは迅鋭の戦いではなく、緊急ニュースに目を移していた。


『連邦本部にエンテイが出現!?』


 それはあまりにも恐ろしい言葉。日本人なら確実に絶望するものであった。

 日本の中枢に悪意の塊がやってくる。ただ挨拶に来るような男じゃない。絶対に何かしらの悪意を与えに来たのだ。


 しかもフライヤーにとっても最悪な内容。そして──イヴが連邦本部まで行った理由も分かった。

 エンテイが襲撃することを予感したイヴは最悪の結果を止めるために連邦本部へと向かったのだ。


「イヴ……ロア……!」


 まだロアはこのことを知らないはず。知らないまま連邦本部へと向かったのだ。

 せめて伝えるために迅鋭とロアへ通話を繋げる──。



 ──それをヴォッシュが止めた。


「お、お兄ちゃん!? 何を──」


「……」


 無言のまま、ニュースを見ている。

 倒れている警備員を抱えて走る救急隊員。もう助からないだろうと思えるような怪我でも必死になって救出している。

 後からやってきた警団連も隊列を組んで連邦本部へ入ろうとしていた。だがあくまでも即席の部隊。頼りにはならないだろう。


 皆がやれることをやろうとしている。エンテイを倒すため。それよりも未来の日本を守るためにだ。

 イヴもそんな正義感で向かった。ロアはそんなイヴを助けるために走った。迅鋭はそんな二人を助けるために戦っている。


「……カレン」


 ──今からやることは。全て自分のためだ。

 皆が他人のために動いている。だが今からするのは全て自分の自己満足だ。


「俺は……お前の兄貴だよな?」


「え? な、なんで急に」


「カレン」


 そう言って迫ってくるヴォッシュにカレンは目を逸らさずに答えた。


「……そりゃ、そうだよ」


「じゃあ──迅鋭より俺を選んでくれるか?」


「……え?」


 車の奥へと歩くヴォッシュ。備え付けられていた小さなタンスを開け──灰色のキューブを取り出す。


「今からエンテイのところへ行く」


「は……え、な、なん……で。迅鋭がまだ──あ」


 ヴォッシュの言いたいことを理解したようだ。


「本当はな。アイツをエンテイにぶつける気だったんだ」


「え……?」


「覚えてるか? ロアとイヴの前に迅鋭は急に現れた。最初は俺も警戒してたが……アイツは何度も俺の期待を越えていった。レオを倒し、白狼を倒し、デクスターを倒して、果てはマザーすらも倒した。……期待してたんだ。アイツがエンテイの前に立って、エンテイを倒すことを」


 「だけど」と繋げながらヴォッシュは画面を見る。そこには『蒼脈』と形態変化したヴィンクルムに苦戦する迅鋭の姿があった。


「だが……アイツはヴィンクルムには勝てない。勝てるにしても、時間がかかる」


「そんなの──」


「お前も分かってるだろ」


「ぅ……」


 カレンは言い返せずに口ごもる。


「待ってたら間に合わない。だから──俺自身の手で復讐する」


 キューブを前に突き出した。見るからに分かる高密度なエネルギー。これは──スーツだ。


「俺が作った『アトミックキラー』だ。何年もかけて開発した。これさえあれば絶対にアイツを殺せる」


「絶対……に」


 兄の実力はよく分かっている。そんな兄の『絶対』という言葉。『殺せる』という圧。

 それはカレンの心に重く、深くのしかかってくる。


「ここに居たって、どうせ迅鋭は死ぬ。無駄なことをするくらいならエンテイを殺しに行こう」


「そ、そんな言い方……」


「忘れたかカレン!! 俺らは父さんと母さんをアイツに殺されてるんだぞ!!」


 突然の叫びにカレンは体をビクリと跳ねさせた。


「これはチャンスなんだ!! アイツはおそらく内閣総理大臣を脅そうとしてる!! 殺そうとしてるかもしれない!! 大きな隙ができる……!!」


 必死に迫るヴォッシュ。今までに見たことないほどの怒りにカレンはビクビクと震えていた。


「頼む……頼むよカレン……!! お前は俺の……妹だろ? 唯一の家族だろ? 父さんと母さんの無念を晴らさせてくれ……頼む」


 肩を掴んで懇願する。泣きそうな顔の兄。また見たことの無い表情。絶望と涙はカレンの心に深く沈み──黒く染った。



「……わ、かっ、た」


「……ありがとう」


 そう言うとヴォッシュは前へ行き、行き先を設定し始める。


「ぅ……」


 了承はした。だが迅鋭が心配なのは変わらない。

 浮かび上がる車。連邦本部まで走り出すその時まで、カレンはショッピングモールを見つめ続けていた。



* * *



 ──また同時刻。イヴとオブスキュラの戦いもヒートアップしていた。


 雷撃を纏った剣を振るう、振るう、振るう。残像がまだ残っているうちに次の攻撃が放たれる。

 オブスキュラはアーム二本で防ぎながら残りのアームで反撃。金属の鞭がイヴの背中に叩きつけられる。


「ず──ぎっ!?」


 壁までぶっ飛ばされるイヴ。ダメージ、よりも痛みが強い。背中の皮膚を引きちぎられてるかのようだ。


 そこへ──ハンマーが降り注いだ。

 ギリギリ回避。雷の残留する足跡をつけながらオブスキュラへ接近。剣を振り上げて近づく──。


「なっ!?」


 ──動けない。足に銀色の何かが纏わりついている。

 そこへ変形したハンマーが激突。イヴは血反吐を吐きながら壁へと殴り飛ばされた。



 砂煙を剣で振り払う。スーツ無しなら即死していた。痛む体を持ち上げて、口の中に残った血を吐き捨てる。


「けほっ、け、ほっ」


「ふふっ、面白いくらいに引っかかるわね。正直ちょっと自信なくなってたけど……貴方と戦ってると私はそこそこ強いって思えるわ」


「……あぁそう? 私にセラピーの才能があるとは思わなかったよ。ありがとう」


 大きく踏み込んで一気に接近。十数メートルの距離を怒りのまま三歩で詰める。


 変形した斧での下段攻撃。これはジャンプして──そこへランスへと変形したアームでの突きがやってきた。

 剣でランスを逸らし、火花を散らしながら──上段への雷撃を纏ったハイキック。


 アームの変形が間に合わず、そのままの状態で防御。電流と共にアームが弾けた。

 着地して剣を持ち直し、横薙ぎを振るう。


「っ──?」


 今度は間に合った盾で防御。だが振りと同時に放たれた極太の雷撃がオブスキュラを後方へと弾き飛ばした。


「馬鹿力め──っ!」


 ──続く雷撃。地面を破壊しながら網のような電撃が向かってきた。

 四本のアームを使ってジャンプして回避。アームを食い込ませて壁へと張り付く。


 二本のアームは大剣へと変形してイヴへと伸びる。もう二本のアームは円筒形へと変形させ、光のビームを発射する。

 大剣を回避。そして防御。光線銃を回避しながら大ジャンプし──オブスキュラの場所へと剣を叩きつける。


 砂煙の中から出てきたのはオブスキュラ。アームで壁を移動しながらイヴから離れる。

 追いかけてきたイヴ。渦巻く電流を剣に纏わせて振りかぶる。

 ──アームが顔面と剣の持ち手を掴んだ。同時に掴んでいた壁が崩れ、二人は落下する。


「──っ!?」


「意外に脆いわね……っ!」


 先にイヴが落下。地面に小さなクレーターを作りながら、地面を引きずり、イヴを投げ飛ばした。

 ──壁へと衝突。エレベーターホールまで投げ飛ばされたようだ。


 追撃のアームが槍へと変形して襲いかかってきた。それを回避。アームを掴んで手前に強く引っ張った。


「っ……!」


 ブラックホールのように引き込まれる体を天井と壁を掴んで食い止める。

 ──その隙に一瞬で背後まで移動。背中に剣を叩きつける。


「っ、ぎっ!?」


 無防備に直撃。痛みに耐えて地面を壊しながら停止──イヴはまたもや高速移動。オブスキュラの顔面に蹴りを叩き入れる

 オブスキュラの体はエレベーターの中へと突入。──イヴも同時に突入し、マウントを取るように体を踏みつけた。剣を振り上げて電撃を纏わせ──。


 ──その前にアームが衝突。天井へと叩きつけられ、剣は虚空を振るった。

 体を天井に引きずりながら壁へと叩きつけ、また反対側の壁へと向かう。イヴに攻撃しようと伸びてくるアームを狭いエレベーター内で全て叩き落とした。


「こっ、のっ──!!」


 体内に電撃を圧縮。オブスキュラの攻撃を弾きながら──解放。狭いエレベーター内で『大放電』を放つ。


「バカ──っ!?」


 オブスキュラは即座にアームを展開。自分を覆うように防御壁を張り巡らせる。

 ──高圧の電撃を受けたエレベーター。本来の回路は高電圧に耐えきれずグチャグチャに。与えられてた行動パターンすら忘れ、ボタンを押してもないのに急上昇し始めた。

記念すべき第100話。応援してくださって、ありがとうございます。

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